第78話 『……実は私』
毎日、朝の8時台に投稿予定
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ガチャガチャとした金属音は、鍵が鍵穴へと差し込まれた音か。
……まさか家主が戻ってきたとか?
慌ててどこか隠れる場所を探している間に、カチリという音が聞こえた。
「――――」
……頭上で扉の開く気配。
階段裏に空いていたスペース――積んである箱の間の、ギリギリの空間に二人でなんとか入り込んでいた。間一髪ってところか? 鍵をかけておいてよかった。
扉の閉まる音は聞こえない。ゆっくりと、丁寧な動作で開け閉めしている様子からすると、どうやら屋敷のメイドが降りてきたらしい。チラリと顔を覗かせ窺ってみると、予想通り、白いフリルの付いた黒い給仕服が見えた。
手には食器が乗せられた盆。地下室の奥の扉へ歩いていくのを見る限り、どうやら絵描きのために食事を持ってきたらしい。奥にはまだ通路が続いているのだろう。扉を締め、姿が完全に見えなくなったところで、ようやく一息ついた。
「ふぅ……なんとか……――っ!」
「…………?」
潜り込んだスペースは、例えるならば掃除ロッカー一つ分程度。
そこに二人で入っているのだから、思った以上に距離が近い。
……向かい合わせにしていると、非常に居心地が悪い。
「あの……提案があるんですが」
「……なに?」
「……背中合わせに入り直しません?」
「駄目だよ。直ぐに戻ってくるかもしれないんだし」
我ながらアホらしい提案だとも思ったりしたけど、このままではいろいろと危ない。身長差があって、目線を下ろさなければ額までしか視界に入らないものの――息遣いが聞こえてきそうなほどに接近しているわけで。
「……じゃあ、猫の姿になりますから」
「あー……。実は私、動物に触るとなんだか鼻がむずかゆくなるの」
薄く笑いながらそんなことを返される。
それって、猫アレルギーってことか!?
今まで思いっきり膝に乗せて撫でたり、頬擦りつけたりしてたじゃねぇか!
――そう大声で言いたくなったけども、そこはぐっと堪えておく。思えば、初めて会った時もクシャミをしていた気がするし、先輩がここで嘘をつく理由もない。
先輩は『少なくとも今の状態なら我慢できる』と言っているし……つまるところ、メイドが戻ってきて地下室から出ていくのを、この状態のままでひたすら無心で待つのに他ならないわけだ。
「早く出て行ってくれ……」
「しっ! ……何か聞こえない?」
先輩に言われ耳を澄ませると――確かに、奥の方で声が聞こえた。
「――お身体の調子は大丈夫でしょうか」
扉越しなので声がくぐもってよく聞こえないものの、『夕食の時にお下げいたします』なんてことを断片的に聞き取ることができた。それから互いの笑い声がちらほら。そこはかとなく、仲が良いような雰囲気が漂っている。
時間が経つごとにそれはどんどんエスカレートしていき、なんだか別の意味で居心地が悪くなってきていた。なにゆえ、こんな状況で他人がイチャイチャしている様子を盗み聞きせねばならんのだ。
「はよ……! っ!?」
突然、先輩に両耳をばちんと塞がれる。
音はしなかったと思うが、軽く鼓膜をやられたぞ。なんて女だ。
『……先輩!?』と声も出さずにどういうつもりか尋ねてみるも、向こうは答えようとしない。なんだかどんどん顔が赤くなっているのを察するに、だいたいの状況は理解できた。
とはいえ、ここで下手に抵抗したからといって、なにが変わるわけでもないだろう。どちらかというと、何故だか困ったような表情をしている先輩に気をとられっぱなしだった。
……結局、解放されたのは三十分ほどしてから。
ようやく音が帰ってきたものの、まだ少し耳鳴りがする。
ずっと立っていたこともあって、もう散々だった。
「……なんなんですか、いったい」
メイドが階段を上がり出ていくのを確認した上で、小声で先輩を咎める。わりと真面目に怒っていたのだけれど、先輩は誤魔化すように笑顔を浮かべるばかり。……まだ耳の先の方が赤かった。
「うーん……。なんとなく、かな?」
なんとなくで鼓膜を潰されてたまるか。
ずるりと収まっていた場所から抜け出し、服についた埃を払う。
「はぁ……。夕食の時にまた来るらしいですけど」
「こ、この部屋から出ていくなら今のうちってことだねー」
元の調子を取り戻しつつある先輩は、地下室に置かれている売約済みの絵を一枚二枚写真に撮っていた。
「テイルくん。最後に一つだけ、わがまま言っていいかな?」
「……? 一応、聞くだけ聞きますけど――」
「いまひとつ、決めてに欠けるかなーって思ったから」
先輩のわがままというのは、なんてことはない。屋敷の主人の書斎に忍び込み、顧客のリストかなにかを確認した上で、そのまま二階の窓から脱出するというものだった。
別にそれぐらいなら、当初に予定していた工程に支障がでるわけでもなし。流石に『金を盗んでいこう』なんて言い出したら止めるつもりだったけど、今の屋敷にいる人員から考えても問題はないと思う。
「で、書斎の場所は?」
「大丈夫、だいたいの見当はついてるの」
そこも事前に調べておいた甲斐があったというもの。軽く話し合い、流れを確認した上で、実行に移すことに決めた。
『そんなに時間はかからないと思うから』と先輩が言ったように――目的の書斎を探すのは、地下室の時よりも幾分か楽だった。流石に、階段を上がるときは最大限に警戒していたけども、気をつけていたのはそれぐらい。書斎の扉自体が他の部屋と比べて、輪をかけて高級なものだったのだ。
「まさに“入ってください”と言わんばかりの扉だな……」
金持ちという生き物は、とことん細部にまで拘りたがるものなのだろう。……呆れたもんだ、逆にそれが仇となっているとも知らないで。
「うんうん、内装からなにから思った通り!」
それでいて、肝心の鍵の方は他の扉と同じお粗末なものだったのだから哀れなものである。当然、先輩の魔法じみた開錠技術によって、一瞬で突破されていた。
「それじゃあ、少しだけ待っててね」
「はいはい……。お任せしますよ」
この部屋で自分ができる仕事なんて、それほどないだろう。どの書類がどう重要な意味を持っているのか、なんて読み解く力なんてないし。物の位置を動かさないように注意しながら、部屋の中を眺める。
高級そうな革製の椅子。丁寧に仕上げられ、光を反射するデスク。
本棚には革綴じの本がいくつも並んでいた。
そして部屋の傍らに置かれた大型の水槽――中にはラグビーボールほどの大きさもある魚が飼育されている。……なんだかギザギザした歯が口の中にびっしりで、今にも襲い掛かってき――
「――っ!! 先輩!」
案の定、飛びだしてきやがった!
なんてもん飼ってんだ、ちくしょうめ。
ちょうど水槽を背にしていた先輩に向かっていったため、対処にも余裕が無かったことは認める他ないだろう。持っていたナイフでスパッと。そりゃあもうスパッと二枚におろしてしまった。
「……やっちまった……」
「あ、ありがと……」
目的の書類があったのか、それをデスクに広げてパシャパシャ撮る先輩。起きてしまったものは仕方ないと、魚の死骸を拾い上げて水槽に戻しておいた。アーメン。
「……もう撤退でいいですか?」
「もっちろん、首尾は上々! 百点満点、ハナマル――ではないかもだけど」
そうなれば、もうここには用はない。部屋の主が戻ってきたときに、何かあったことに気付かないわけはないだろうから、もう開き直るしかないだろう。残すは脱出のみである。
――書斎の窓の外は、ちょうど塀のある側だった。
「先にテイル君がお願い!」
「わかりました」
窓の外に誰もいないことを確認。そのまま飛びだして、音もなく着地。
周囲から人が来ないのを確認してから、先輩にサインを送る。
「――――」
亜人でもない先輩が、直接地面に飛び降りるには無理があるのだろう。というわけで、塀の上に一度渡ってもらい、そこから飛び降りたところを自分が受け止めた。
「結構たいへんだったけど――ほら!」
「……なんです」
お姫様抱っこのように受け止めた腕の中で――先輩がにやりとした笑顔を浮かべてこちらを見上げていた。
「やっぱり一緒に来てもらって正解だった!」




