第172話 『別に、今まで通り』
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――結局、訓練は自分たちの組が一番キツかったようで。
他では当然のように、グループ三つ分ぐらいの人数が制限時間いっぱいを乗り切っていたらしかった。……ミル姉さんがあの後の訓練に参加できなかったのだから、そりゃあ天と地ぐらいの差は出るだろうなぁ。というのが、それを聞いた感想。
むしろ、あれだけあっても最後まで生き残った自分たちに驚きだ。まだ普通な方だと思ってたんだけれどなぁ……。閉会式は後日まとめてやるということで、その日はウィルベル先生に薬をもらって強制的に寮へと送られるドタバタ具合。
(唯一、ルナだけ無理矢理寝かされた状況で運ばれていった。機石人形ということで、治療もヒトとは違うやり方が必要なんだろう)
――というわけで、後日の【知識の樹】。ヴァレリア先輩も珍しく揃った状態での全員集合。あの時はごたごたしていたせいで、ちゃんと話せなかったし。朝から喧しいことになっているんだろうな、と思っていたのだけれど――
「…………」
「…………?」
ヒューゴもアリエスもソファに座って、もどかしそうにしていた。ハナさんの姿は、と見るとお茶を淹れている最中である。自分も軽く挨拶をして、右に倣えでソファに座り、ゆっくりとハナさんが戻ってくるのを待った。
「ゆっくりと話をするときは、お茶を飲みながらが一番だって。学園に初めて来た時、ローザ先生が教えてくれたんですよ」
丁寧に、一人一人の前にカップを置いていく。ふわりとした甘い香りが、鼻孔をくすぐった。いつも微妙に香りが違うのは、ハナさんのこだわりらしく。元になる茶葉と、毎朝その時その時でアクセントとなる花を摘んできているとか。
「……先日は迷惑をかけてすいませんでした」
全員が腰を落ち着けたところで、ハナさんがゆっくりと口を開いた。
「そんな、謝らないでよ。今までだって、互いに支え合ってきたんだから……当然のことでしょ? ……んん、おいし」
あれだけ仲間だなんだと言って言われて、他人行儀に謝られるのも気恥ずかしいものがある。実際、精霊によって大怪我を負ったように見えてはいても、その前のミル姉さんによる被害が大半だったのだし。ハナさんが謝るようなことなど、ほとんどありはしないのだ。
――むしろ、ハナさん自身がどう感じているのか。
「学園長の様子を見ても、あれが別に問題になっているわけでもなし。今まで通り、学園にいることはできるんだよな?」
「もともと私がこの力を制御できないのなら、といった考えの物だったので……。こうして仲良くなれた以上は、森に帰る必要もないと思います」
ハナさんのその言葉に反応したのか、残念そうな顔をしながら精霊がくるくると回りながら現れた。細かな葉や花びらがふわりふわりとあたりを舞う。
「あ、“お母さん”! 自由に出てきてよくなったんだ。おめでとー!」
「んふふふ……。“お母さん”ねぇ、いいじゃないか、“お母さん”」
精霊と呼ぶのもなんだか手持ち無沙汰な感じなので、何か呼び方はないのかと考えたのだろう。だからって“お母さん”というのもどうかと思うけど。
「……そのような呼び方をするな。我には“ヴィネ”という名がある」
「名前あるんだ」
「妖精であった頃には無かった。これは……かつて私と一つになった竜の名だ」
――竜。その名を、本人の口から聞くだけで、実感が違う。自分達が自然区で戦ったのは、正真正銘、竜の力の片鱗。そして、いまやそれはハナさんの力でもあるわけで。
「すげぇよなぁ。学園中のハナさんを見る目が変わるぜ! ――あだっ」
アリエスがこつんとヒューゴの頭を小突く。
これも学園に入学してから何度目のやりとりだろう。いつも通りの光景。ヴァレリア先輩がお香でへべれけになっているのだって。自分が呆れたように天井を見上げるのも。ハナさんが『あらあら』と困ったように言うのも。全部をひっくるめて【知識の樹】の日常だった。
……変わることを嫌がって、今までああしてきたんだ。
それなら答えは決まっているだろう。
「別に、今まで通り。直ぐには変わらないでいいさ」
ハナさんが精霊魔法師だったからといって、自分達がなにか対応を変えないといけない道理はない。ハナさんの方を無理矢理変えたり、なんてこともしない。
他でもない、ハナさん自身が答えを出したのだから。
俺たちは、友人として、仲間としてそれに従うだけ。
「少しずつ、自分の力で、だろう?」
――大丈夫だ。これまでのように受け身でなくなっただけでも、ハナさんの周りからの目は変わっていく。きっと良くなっていくだろうけど、そうでなければ自分たちでサポートすればいい。
「新しい仲間を迎えたわけだし、頑張っていこうね!」
という流れで、ヴィネを歓迎の拍手で包んでみたり。パチパチと拍手されるのは本人にとっても予想外だったのか、居心地が悪そうに横長のソファの中心にずぶずぶと沈んでいく。それをみて、ハナさんも笑顔になって。
「それでは、乾杯の意味を込めて――」
新しく注がれていくお茶。全員で、カップの中身を一口。
陽だまりのような暖かさと、ふわりとした甘い香りが胃へと流れ込む。
身体の芯からじんわりと解れていくように――全員が、ほっと息を吐いた。
激熱対抗戦編 了




