おまけ ~ハナ過去話(後編):学園へようこそ~
毎日、朝の8時台に投稿予定
たまに大幅にずれる可能性があるので、ブクマ推奨です
――風の、匂いが変わった。
「ようこそ。我が箱庭――“パンドラ・ガーデン”へ」
「え……!?」
私が森を出ることを決意した次の瞬間には、景色が一変していて。話や絵の中でしか知ることの無かった、大きな大きなお城の前に。二人でいつの間にか移動していたのでした。
どうして? さっきまで森の中にいたはずなのに。
後ろを振り返ってみても、私の暮らしていた村の影も形もありません。今いる丘から少し遠くを見下ろした、その先に広がっていたのは――石造りの建物の連なりが広がっている城下町です。広場があって、水路があって。これまで過ごしていた場所とは、何もかもが違う。
「さぁ、門をくぐろう。その先が、君の新しい家となる学園だ」
「ここが……パンドラ……ガーデン」
先ほど見下ろした町にはよく見えなかったけれど、こちら側にはたくさんの人がいました。みんな、私と同じぐらいの若い人ばかり。
初めて見た村の外側は、とても賑やかで。
どこを見ても笑顔ばかりで、だけれど怖くもあって。
あの中に飛び込んでいく姿が想像できず、一歩後ずさりをしてしまう。
「――君のように、他者と過ごすことに抵抗を覚えてしまった生徒もいないわけじゃない。それが普通だと信じている生徒もいた。君のように、他者との相違点が原因で迫害され、人里を離れざるを得なかった生徒もいる。そんな生徒の為に用意した枠もあるんだ」
学園の中にある五つの棟について説明してくれながら、『才能とは、そんな“くだらないこと”で潰されていいものじゃない』と微笑んでいました。
「この学園では“特待生”と呼ばれているんだけどね。君は自身の能力とは違うと否定するかもしれないが、君の中にいる“精霊”という存在は実に大きい」
「でも……今の私は……普通の人と変わりません」
こんな私が、新しく招かれたここでも特別な扱いを受けて。それで、何かを変えることができるのだろうか。――それは、私の望んでいたものとは別のものに感じました。うまく言葉にできないながらも、そういう旨を伝えて。
「それでは、一般の生徒と共に普通の学園生活を送ってみるかい? 僕はそれでも構わないけど。環境が違うだけで、学ぶ内容はそれほど変わりはないからね」
「――はい」
決して、嫌というわけじゃない。けれど、私自身はどれだけ言われても、それに見合う能力を持っているとは思えないし。期待に応えられるかも不安だったのです。
『《特待生》になりたければ、いつでも言ってくれてもいいんだからね』と、最終的な確認をされて。私は四つある科のうちの一つ――妖精魔法科に入ることを決めたのでした。
「それよりも――今の君はボロボロだ。まずはお風呂でさっぱりしてくるといい。そのあとは、自慢の食堂へ案内しよう」
食堂――ご飯。それについても悩みがあります。何度も何度も、懸念事項ばかりが増えていって、なんだか申し訳ないです。
「あの……私……」
――――。
きっと森から出ただけでは治るわけがない。お肉も、お魚もきっと食べられないということは、食材を目の前にしていなくても薄っすらとわかります。考えただけで、少し気分が悪くなっていました。
「ふむ。動物の食材を口に入れることができなくなった、と……」
食堂で生徒に振る舞う料理を作っているエストさん。今の時間は手が空いているということで、食堂のテーブルを囲んで相談を聞いてくれます。精霊などの詳しい話は省いて、ことのあらましを学園長さんが話してくれました。
村を離れて、森の中で暮らしていたこと。
その生活の中で、動物の肉を食べられなくなったこと。
もっと大変なことはありましたけど、主に話したのはこれだけ。ざっくり伝えられると、エストさんは『まぁいいんじゃない』と肩を竦めて微笑んだのでした。
「別に世の中で一つ二つ食べられないものがあったって、死ぬわけじゃないからね。……でも、料理人としては君たちにはいつも美味しいものを食べて欲しいかな。そうだな……スープとかはどうだい?」
「以前は飲めていましたけど……今は……」
『よし、それじゃあ話している間にちゃっちゃと作るよ!』
「食物連鎖の厳しさ云々については、君の方がよく分かっているんだろうね。でもまぁ、既に食材になってしまったものについては仕方がないし」
エプロンを身に付けながら、厨房の奥へと入っていきます。手元が見えないような場所まで行ったのは、私に気を遣ってくれたのでしょうか。
「さっきまで生きていた魚だって鳥だって、スパッと捌いて料理にしちゃう。その方が鮮度もいいし。僕だって躊躇うことはない。だって感謝してるからね」
「感謝……」
「彼らの命のおかげで、僕はこの学園のみんなを笑顔にすることができる。より立派な魔法使いになるための、活力を与えることができる。そんなふうに割り切ることはできないかな。やっぱり難しいか」
そう言いながら大きな鍋を出すと、炎の妖精さんがひょっこりと出てきました。目配せをするなり、小さな魔法陣が浮かび上がって――竃から赤い炎が沸き出てきました。
「ヒトの食材になるために生きてきたわけじゃない。そんなのは、当たり前のことさ。でもヒトは食べないと生きていけない。それだって当たり前のこと。食材になった生き物だって、かつてはヒトを食べていたのかもしれない。この世界の本質は“持ちつ持たれつ”なんだよ」
――君がいて。僕がいて。そのほかの生物がいて。
自分のために誰かがいて、誰かのために自分がいる。
自分に為に犠牲になった誰かは。『誰かの為になる自分』の為に。
大きいな大きな環の中をぐるぐるしていて。
何人たりとも、そこから外れることはない。
心配しなくても、君だって外れてはいない。
「ほら、話している間に、スープおまちどうさま!」
「ごろごろとした野菜を詰め込んで、お腹に溜まる優れもの! 身体の心から温まって、全身に栄養が染み渡る。作り方もそう難しくないし、家庭の味方だね」
『さぁ、召し上がれ』と料理を差し出されて。
ゆらゆらと湯気を上げた温かいスープは、顔を近づけただけで美味しそうな香りで私を誘惑してきます。鼻を通って、喉の奥へと降りていって、そのまま香りだけがお腹に充満していくような。生命を感じる。でも嫌な感じは一切しない。
導かれるように、恐る恐るスプーンを伸ばす。
「……おいしいです」
幾つもの旨味が複雑に絡み合って。次から次へと口の中で踊る。この味が、何かの生き物の命からきているものだと頭では分かっているけれど、そこまでの抵抗感はない。
「君の考えを直ぐに改める必要はない。もともと抵抗があったんだろう? いきなり自分の意識を考えるのは大変なことだ。体力がいる。少しずつ、少しずつでいいから戻っておいで」
「お腹が満たされたら次へ行こうか。次は――図書館だ。君のことをよく理解してくれる者が、そこにいる」
「すごい……。本がいっぱい」
右を見ても左を見ても本、本、本の山。村のみんなの本をかき集めても、棚一つ埋まることはないであろう。それぐらい大きな本棚が、何個も何個も並んでいる。きっと一生かかっても、読み切ることができない量です。
――本は嫌いじゃない。紙の手触り、そこに書かれた星の数ほどの物語。ヒト一人が一生をかけて集めた知識が、文字としてそのまま共有できる神秘。本を一冊読むと、その筆者の人生を辿ったのと同じ。それが、数えきれない程貯蔵されているのでした。
「凄いだろう。圧倒されたかな?」
「天井が――見えないです……」
桁外れの本の量と、それだけあってもなお、埋もれることのない広い空間。思わず口をついたように、天井はどこまでいっても見えることはない。まるで外にいて、空がそこにあるかのようです。
私がこの図書館の光景に見惚れていると。学園長さんに呼ばれて、カウンターからお年を召された方が出てきます。背が高くて、白い髪を後ろで纏めて。眼鏡の奥からこちらを観察して
「妖精魔法については、この人から学ぶといい。ローザ・シャープウッド先生だ」
「先生……」
なんだか、落ち着く匂いがふわりと鼻をくすぐる。
この場所の空気が、とても身体になじんでいくような。
先生と呼ばれた人の周りをフワフワと飛んでいるのは――。
あら、妖精さん。ぺこりとお辞儀をすると、こちらへと近づいてきてくれる。
歓迎してくれているようだった。ふふっ、ありがとうございます。
「……ヨシュア。なんだい、この子は。まるでこの子自身が妖精のような懐き具合じゃないか」
「なに、ほんのシンプルな問題さ。“精霊”に好かれてしまってね」
「この歳で……? そりゃ驚いた。」
「いざというときは、貴女に説得をお願いしたい」
「……やれやれ。年寄りを酷使しすぎさね。――まぁ、こんな婆の使い道といえば、それぐらいさ。任せときな」
『あなたはまた、そんなことを言って』と苦笑する学園長さん。
「さて、まずは妖精について理解することから始めようか。今教えられるのは、基礎的な知識だけ。使役することについてはもう必要ないだろう。妖精の“声”は、十分に聞こえているみたいだ」
――――。
「まぁ茶でも飲みな。自然区に小さな茶畑があってね。季節ごとにいいのが採れるんだ。私ら土の妖精魔法師にとっては、こういうのは得意中の得意だろう」
「腹を割って話すには、茶を振る舞うのが一番さ。さて、話してみな。今までに何があったのか。妖精との、精霊との付き合い方を教えるのはその後だ」
テーブルに用意されたカップを手に取り、ゆっくりと口に運ぶ。いい香り。村にいたとき、お母さんと、お父さんと一緒にいたとき、こうやって机を囲んでみんなでお茶を楽しんでいたときのことを想いだした。
「私がいたのは――」
――――。
ゆっくり、ゆっくりと、一から順番に話していきました。
話を進めるにつれ、図書館の妖精さんが集まってきて。まるで森に逃げる前の時のような、居心地のよさがあって。あの時のことを思い出すのに、それほど苦労はありません。
一通り話が終わると、紅茶のカップを口元に運んでいたローザ先生は、静かにカップを置いて、静かに息をつきます。
「ここにはアンタが特別だからといって、気にするようなのは少ない。誰しも特別な事情がある。ここではアンタも、“その他大勢“”のうちの一人さ。生活する上で、気にするようなことは一つもない」
「……多少無茶したところで、誰かが止めてくれるさね。さて、メモを取る準備はできたかい? 文字は書けるね?」
「――はい」
「まずは“精霊”の成り立ちから教えてあげようか――」
その数日後――正式に、私の入学式が始まるのでした。




