おまけ ちらつく影に
毎日、朝の8時台に投稿予定
たまに大幅にずれる可能性があるので、ブクマ推奨です
――コン、コン、と。
短くノックする音が聞こえた。
いったい誰だろう。私がここを使っているのを分かってやっているのだろうか。
……いや、知らないわけがない。
今はゴゥレムの素材強度を上げる為に工房を使っていて、それを示すための貼り紙もしているというのに。舌打ちしたい気持ちを抑えて、きっと扉の向こうで立ち尽くしている誰かを中へと通す。
「……入っていいわよ」
わざわざここに訪れる身の程知らずは誰だろう。扉を開けて入ってくる“彼”の顔を見て、結局は予想の範疇を越えなかったことに小さく溜め息を吐いた。
「お、お邪魔します、ココ先輩」
――テイル・ミドナス。私の学年より一つ下の、定理魔法科の男子生徒だ。学年も違い、科も違う。私とは全く繋がりが無いはずなのに、不思議なことにこの学園の生徒の中では一緒に動くことが多い。
……と、言うのも原因は私の祖母にある。
何を隠そう、私の祖母――ココ・ヴェルデをこの学園に連れてきたのが彼ら【知識の樹】なのだから。私が憎み、いつか死体を掘り起こしてでも一度殺してやろうと思っていた彼女を連れてきたのが、彼らだった。
まさか予定よりもずっと早くに、ココ・ヴェルデと邂逅できたのは、意外、そして僥倖だったけれど。卒業までこの憎悪を煮えたぎらせておこうと考えていた私は、いささか拍子抜けもした。
……母の墓の前で、ふざけもせず、涙も流さず、淡々と謝罪の言葉を述べたのを見ただけで、半分ぐらいは薄れてしまったのだ。殺してやろうとまでは思わなくなってしまったのだ。
最近になってだと、どうやら知り合いの息子だったようで。まるで自分の孫の扱っている様子も見える有様。……まぁ、別にそれは私にとってどうでもいいのだけれど。だからといって、私にまで軽々しく接するのが許されると思ったら大違いだ。
「――なに? わたしも暇じゃないのだけど」
話しを聞くだけならば、実験の手を止めるほどでもない。彼の方を見ずに、適当なところに座っていろと言うと、素直に離れたところに座っているので訪ねてみた。こんな私の実験風景を見るために、ここに来たわけじゃないだろう。
「……自分の魔法を、技術を磨くとき、先輩はどうしているのかを聞きたくて」
「なに? 修行についての助言を受けにきたの?」
それならお門違いもいいところだろう。
自分のことも自分で考えられないのなら話にならない。
そんな親切をする理由がどこにある?
「まだアイツに聞けば早い話なんじゃないの? 戦闘についても、向こうの方が経験もあるのだし。それだけなら帰って――」
「いや、そういうことではなくて……」
歯切れが悪い。そういうことではない? いったいどういう意味なのだろうか。
「……じゃあ、いったいどういう意味なのかしら」
手は止めないままに、彼へと視線を移す。
「あ、あの、実験に集中しているのならすいませんっ」
「別に貴方が気にすることじゃないわ。ただ、気が長い方じゃないから早めにね」
魔力を伝達させるための素材に魔力を流す作業、繊細な操作を要求して直ぐに高温を発するけれど、加減を間違えでもしない限り大丈夫だろう。
言葉にしにくいことなのか、一つ一つ慎重に選びながら考えを紡いでいく。
「……戦えば戦うほど、鍛えれば鍛えるほど。自分の父親や兄の影がチラつくんです。結局は同じ道をなぞっているだけなんじゃないかって」
――あぁ、兄と父というのは、グロッグラーンで現れた男たちのことか。不覚にも魔力切れを起こして倒れていたから、はっきりとは確認ができなかったけれども。後から出てきた方は、相当の強さを持っていた気がする。
なるほど、結局は目標にしているわけではないのに、それらが先に立っていることに不安を感じているわけか。逆に、そんなくだらないことを考える必要なんてあるかと訪ねようとしたところで、その後に続いた彼の言葉に、一瞬だけだが思考が空白になった。
「――先輩の戦い方、やっぱりココさんと似ているから」
「…………は?」
素材に魔力を流していたことも忘れて、ぐつぐつと心の奥底から怒りが湧き上がってきたことにしか意識が向いていない。
私がアレを参考にして? そんな馬鹿なことを、誰が。
「……ふふ、ふふふふ……」
「うわっ!? せ、先輩――!」
器に入っていた素材が高温になって、どろどろに溶けていた。器も溶け出して、地面にぼとぼとと滴り落ちていくが、そんなことはどうでもいい。
「……私がアレを? そんなわけ……ないでしょう……!」
冷たい脳内に、溶岩のように熱い血が流れ込むような。そんな感情の揺らぎを、必死に抑える。後輩にまで怒鳴り散らすなんてみっともない。自分の思考をコントロールできてこそ、一流の魔法使いというやつだろう。
「私が、あの女の真似をしているとでも……?」
「い、いやいやいや――そういうワケじゃなくてですね……!」
…………。
この素材じゃ駄目ね。関節が前より数割増しで滑らかに動くのはいいけど、耐久性に難あり。きっとそう、私が加減を忘れてやり過ぎたわけじゃあない。決して。
「――もう無茶苦茶だわ。片付づけるのに邪魔だから、早く出ていってくれる?」
「す、すいませんでした――!」
散々だ。この子も真剣に悩んでいるようだし、しっかり腰を据えて話すべきなのだろうけど――私の細胞の大半が、それを拒否している。申し訳ないけど、今日はこれで帰らせた。
――――。
窓の外、肩を落として歩いていく。
……なんだか、こちらが悪いことをしたみたいじゃない。
「……はぁ」
この学園に入ったときから、魂使魔術師としての能力はそれなりにあった。ヴェルデの名をどこかで聞いた者もいて、驚かれ、納得されたこともあった。その時は、既に死んでいる奴のことなんかどうでもいいと流していたが、翌年の半ばには更に状況は変わっていた。
死んだと思っていたココ・ヴェルデの登場。当然ながら容姿が似ていることもあって、『ココ・ヴェルデの孫』という声は爆発的に増えた。……ただ、それを無視し続けただけのこと。
自分があの女の影を追っているだなんて、微塵も考えたことがなかった。だからさっきは、呆気にとられたのだ。
確かに私がゴゥレムを操り始めたのは、たしかに祖母の遺した手記を読み、憧れたからだ。そんな時期もあったからだ。それを私の原点と言ってしまえば、そこまでだが――認めていいのか。いや、認められるわけがない。
だけど……そこまで拘る理由は?
そう考えると、答えが見つからない。なんとなく、ここで道を変えてしまうのは違うと思ったのだけは確か。『知ったことか』と流してきた問題を目の当たりにして、今になって祖母の姿がちらつく。非常に鬱陶しい。
あの子の悩みというのは、こういうことなのかと今更気づく。
……先輩として問われた以上、私が言語化しなければならないのだろう。いったいどんな気持ちで、この感情と向き合っているのか。どうあるべきか、なんてことは分からないけど――私がどうしたいか、というのは必ず出てくる筈。
――尊敬? そんな馬鹿なことがあるわけがない。
――敵意? それもある。祖母のゴゥレムと同じ型を使っているのはなぜか。
何故、何故、何故を重ねる。
「私がしなくてはいけないのは……“ヴェルデ”の名を超えること」
――いうなれば、踏み台。
追いついて、叩き潰すための目標以外の何物でもない。
奇跡の復活を遂げた天才ゴゥレム使い。なんて耳に障る響きだろう。そんなあの女を“過去のもの”にしてやるために、私は強くなることを決めたのだ。
時代が進めばいろいろなものが進化していく。ゴゥレムの材料にしても、より良い性能、より良い効率が解き明かされ。技術にしても、磨かれ、洗練されていく。新型が旧型に負ける道理などないのだ。
……本来はそうなのだけれど。“あれ”が未だに、その例に引っかかっていないことだけは認めなければならないだろう。奥歯が軋む程に腹だたしいが、あれは確かに強い。
始まりは祖母の手記からだといっても、そこから今までの進化の道のりは私だけのもの。私独自が発展させた、一人のゴゥレム使いとしての道だ。なぞるべき道なんて……あったとしても私が塗りつぶしてやる。
あぁ、そうだ。才能を受け継いだとか、そんなことは関係ない。
一人の魔術師として、高みを目指す。ただそれだけ。
ココ・ヴェルデなんて、所詮は競争相手の一人に過ぎない。
「――そうよ」
先駆者の影がどうしたのか。そんなもの、自分が成長するための養分に過ぎない。それだけがわかれば十分だろう。
あの子がもし、またここを訪れるような物好きなら――はっきりと、こう答えてやろう。自分が何者なのかと、それを定義できるのは自分だけなのだと。
「私は――ココ・ヴェルデの孫である前に、一人の魂使魔法師だ」




