第150話 『薄々は見当が付くけど――』
毎日、朝の8時台に投稿予定
たまに大幅にずれる可能性があるので、ブクマ推奨です
時間は陽がまだ高く昇る昼下がり。
【知識の樹】へと戻りはしたものの、ヒューゴはすっかり気を良くして、『さぁ猛特訓だ』と外へと飛び出し。アリエスはロアーの整備にと、地下の練習場へと降りていた。
珍しく静かな時間、というのも――珍しくヴァレリア先輩も部屋の中にいたけれど、いつもに増して酷い状態だったわけで。椅子に座り仰向けになって、何色だか分からない煙を口から吐き出している。……もう末期だな、この人。
……とりあえず、実質ハナさんと二人きり。
先程のことについて話をするには、これ以上ないタイミングだ。
「ハナさん……さっきはなんで止めたんだ?」
自分だって、大騒ぎになるぐらいなら耐える方だけれど――あそこで怒らないで、いつ怒るんだと。ヒューゴだったら、その場で『言われっぱなしでいいのかよ!』と激高していたに違いない。
これまで何度も、何度も、何度も辛い戦いを経験してきて。
その中でハナさんに助けられたことだって、一度や二度ではない。
【知識の樹】の一員として、必要な不可欠な存在であることはヒューゴもアリエスも認めている。ハナさんだって、それを分かっていないわけじゃないはずだ。
「私は皆さんのように凄くもなんともないですし……。それに、これまで足を引っ張ってきたのは事実ですから……」
じ、自己肯定力が恐ろしく低いっ……!
「そ、そいつは違うぞ、ハナさん。自分を過小評価し過ぎてる。ハナさんの凄さはよく分かってるし、いつも頼りにしてるんだ。周りからは、たまたまそれが見えていないだけ、そうだろう?」
機石兵器を倒せたのも、ハナさんの魔法があってこそ。
一番近い記憶でいえば、数ヶ月前に死体人形に囲まれたときだって。
「見てない奴らはそれこそ好き勝手に言えるけどさ、実際にハナさんが魔法を使っているところを見ればはっきりとするさ。訓練日当日まで待てなければ、呼び出したっていい――」
「だ、駄目ですそんなこと……!」
「力づくで解決するなんて、駄目です。私は……誰かを傷つけるぐらいなら、我慢することを選びます。……私は大丈夫です。慣れてますから」
「あっ、ハナさんっ!?」
どこに行くとも告げずに部屋を出てしまう。流石に後を追ってまで話をする気もない。そこまでいくと、しつこ過ぎて逆効果だろうし。それより戻ってくる前に、何かいい方法を考えておかないと……。
――と、考えていた矢先だった。
「おやおやおやぁ……? ふへっ……もしかして……テイルくん、振られたのかにゃあ……? へへ……へへへ……。振られてやんの……」
もうもうと煙を吐き出しながら、ヴァレリア先輩がへらへら笑っている。目は虚ろ、口は半開き。だけれど、とても楽しそうで。
う、うっぜぇ……!
「別に、振られたわけじゃないです。ちょっと励ますのに失敗しただけで……」
「それを世間では振られたと言うのだよ……うんうん」
「今の状況をなんとかしようにも、本人がそれを嫌がっているのなら。どうにも手を出すことはできないんじゃないのかぁ? んん?」
どこから聞いていたのだろうか。というか、どこまで理解できているのだろうか。
「テイルぅ……。たしか前に依頼から戻ってきた時に話してただろ? 由緒正しき殺し屋一家の生まれって」
「言ってないです。そこまでは言ってない」
やっていたのは専ら盗みで、自分は殺しまではやっていない。
少なくとも自分や兄はやっていなかった。今となってはどうかは分からないが。
まぁ、その術を教えられていたのは確かだけど。
それを活かすこともなく、自分は家から逃げ出した。
……活かしたくないから、逃げ出した。
「自分にそういう過去があるとして、少しでも人に隠したい時期があったわけだ。目立たず、興味を持たれないように――《特待生》やそれに近い者は特に」
「…………」
……ハナさんの過去。村の者から嫌われ、隔離され。差別や迫害を受けた後、妖精の魔法を制御できずに、人を殺めてしまった過去。途切れ途切れに、なんとか絞り出すように話していたことが思い出される。
「んんん……。なれようと思っても、なれるもんじゃあない。個人で背負うにはあまりに重たいものだとしても。他人に背負わせることができるものでもない。分かるかにゃあ。分かるよなぁ、テイルには」
自分にもそんな経験がある、と言わんばかりの口調だった。
少なくとも、この学園に通っている間のハナさんは誰から見ても人畜無害だ。そんな心配をする必要も、別にないとは思うんだけれど……。
「誰かが無茶をして、その誰か自身が傷つくのは自己責任だ。だけれど、誰かが無茶をしすることで、別の人が傷つくこともあるんだよ。だーれも得をしない、そんな結果もあるわけだ。難儀難儀」
「ぐっ……」
つまりは、俗に言う“余計なお世話”というやつだ。
今までもそうやってきて、その結果として問題を解決してきて。いつも良い結果を残してきたけれど、今回ばかりはそうではないと。ヴァレリア先輩が釘を刺してくる。
「ま、本人が『無茶をしても平気だ』と思えるなら話は別だけど。……さて、私は寝るぞ。さっきまで寝てたけどなぁ、んふふふ……」
具体的な解決策も提示されないまま、ヴァレリア先輩がのそのそと奥へと引っ込んでいく。……解決策なんて無いと言っているようなものだけど。
それでも、何かしたいと思うことは間違ってはないと思うんだけどなぁ。
『はぁ……』と大きくため息を吐いたところで、誰かの足音。
「――あれ、ハナちゃんは?」
先輩と入れ替わるようにして、今度はアリエスが上がって来たのだった。
「……そのことなんだが……――」
一通りの経緯と、先ほどの会話と。アリエスに概ねの流れを話す。ハナさんとしては、きっと知られたくないことだったとしても、話しておくべきだと思った。
「うそ……。ハナちゃんが?」
『全然気が付かなかった……』と呟きながら、がっくりと肩を落とすアリエス。周りの声に気づかなかったのはしょうがない。自分たちのような耳を持っているわけじゃないし。
「なんで……って、薄々は見当が付くけど――」
「例の下馬評も少しは原因になってるだろうな」
「あっちゃあ……」
しまったと言わんばかりに頭を押さえて。自分の迂闊さを後悔しているようだった。本人が普段から気を配っているだけに、こういうことに気が付けなかった自分を責めるのはアリエスの悪い癖だ。
「それって本人も知ってるんだよね……。……もう!」
『だから少し様子がおかしかったのかぁ……』と親指の爪を噛みながら呟く。
アリエスにも知らない事がある。ハナさんが、人一倍他人の視線に対して敏感になっている、その理由。本人が未だ勇気を出せず、隠したままにしていることが。
自分だけが知っているのも、フェアじゃないなとは思うけれども……。話せる部分、話せない部分の線引きが難しい。
「このこと、ヒューゴは?」
「……言ってない。知った途端に暴れかねないし」
自分もハナさんに提案したこと。直接相手に対して物申すのが、一番効果的なのかもしれない。けれど、それが当人にとって正しいのかはまた別の話だと、ヴァレリア先輩も言っていたし。
「ま、そうよね……」
――とはいえ、一人だけ蚊帳の外、というつもりでもなく。ヒューゴはヒューゴで、別の出来ることがあるんじゃないかと考えてのこと。
「ハナちゃん自身が我慢できるって言うなら、信じるしかないんじゃない。ようは訓練の時にちゃんと結果を出せれば、周りからの評価も変わってくるってこと」
運の良い事に、訓練場所は学園の自然区。木々が生い茂る、弱肉強食の世界。
ハナさんの妖精魔法とは、最高に相性がいい。ホームグラウンドってやつだ。
……まぁ、だからこそなのかもしれないけれど。
――結局、そのあと戻ってきたハナさんはいつも通りだった。




