第146話 『私がおかしいのか?』
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――いったい、どれぐらいの間意識を失っていたんだろう。ロアノがいたあの白い空間は、もう影も形も無く。気が付くと、全員が揃った状態で、学園の中庭に倒れていた。
「ここは……学園の中庭か……?」
時刻は真夜中か。周りに人の姿はなく、あたりは静かで。聞こえるのは噴水の、水の跳ねる音だけ。
「私たち、戻ってきたんでしょうか?」
「当たり前だろっ」
ヒューゴが勢いよく立ち上がり、天を指さす。
……あんまり大きな声だったので、慌ててアリエスが頭を叩いていたけど。
「俺たちは“過去”に……帰ってきたぁぁぁ! ――あでっ!?」
「こんな時間に騒いで、誰かが出てきたらどうすんの!」
――けれども、確かに俺たちがしばらくの間、ここではないどこかへ飛んでいたのは事実だろう。ヒューゴが指さした、その先に見えるのは白い月。自分達が噴水を通ってきたときにあった、あの“赤い月”は無い。
本当に、過去に戻ってこれたのか……?
「……まだ夢だったと考えた方が信じられるわね」
どこか半信半疑にある中で、クロエがやれやれといった様子で肩を竦める。先程までの出来事は全部夢。といっても、全員が同じ夢を見るだなんて。
「“赤い月”じゃなくなったのだって、過去じゃなくて未来――もしかしたら終わった後なのかもしれないし」
「いーや、神様が言ってたんだぜ! 間違いないって!」
「……流石に数日の間、眠っていたのだとしても。ずっとここに俺たちが放置されているわけもないしな」
「ふぁ~あ。……そうそう、自分の目で確かめるのが一番ね」
どちらにしろ、夜が明ければはっきりするだろう。アリエスなんて、欠伸を噛み殺しているし。というわけで――
「……寮に戻るか」
「みなさん、おやすみなさい。また明日ですね」
――今日はこれで、解散となった。
「やったぜ! 俺はまだ終わっちゃいねぇ!!」
そして案の定、翌日は朝からドタバタしたもので。朝から【知識の樹】に集まると、さっそくヒューゴが騒がしかった。
……つまりは、見事過去に戻れたというわけである。日付を確認してみると、試験の三日前。四日間の時を遡るというのは、なんとも不思議な感覚だった。
「わー……本当に戻ってこれたんだね……」
「普段の行いが良いからだな! 奇跡だって起こせる! ひゃっほう!」
その奇跡はアリエスが起こしたようなものなんだが。情報収集の段階から、ヒューゴは何もしてなかったわけで。そう考えると、こいつが一番嬉しそうにしているのを見るとイラッとするな……。
「おぉい……。まだ朝だぞぉ、皆の衆。元気なのは結構だけれど、少し気が早いんじゃないのか? ふへへ……」
そうして騒いでいるのを相手している間に、ヴァレリア先輩も奥の部屋から出てくる。髪は上げているけれど、ところどころ跳ねて。その眼は焦点もろくに合ってないようだった。……半分ぐらい寝ぼけてるな、これ。
「――っ! そうだった! 先輩、大丈夫っすか!」
先輩の姿を見るや、何かを思い出したようにポンと手を打つ。だいたいコイツがこんな反応をするときは、ロクなことを口走らない。
「先輩が血まみれでよ! そんで山ほどいる魔物に囲まれてて――」
「あー! この馬鹿っ!!」
過去に戻れるなんてこと、おいそれと人に話すものじゃない。多少の例外はあれど、秘密はその必要があるから秘密になっているわけで。勢いで全部話してしまいそうだったヒューゴを、アリエスと協力して抑えつけた。
「なんだぁそりゃ? 変な夢でも見たのかにゃあ?」
「……え?」
――あれ? 先輩には身に覚えがない?
遠目ではあったけれど、確かにあれはヴァレリア先輩の姿だった。本人の様子から、別に誤魔化しているようには見えないし……。
「……今までで、そんな出来事は無かったんです?」
「はぁん……? ないない!」
ということは、アレは未来の映像だったのだろうか。
「魔物なんて、私の前じゃあ何体いたって同じ同じ。んっふっふ……。まとめて消し炭にしちゃうんだからなぁ。そうだろう?」
……まぁ、先輩の魔法だったら確かにそれぐらいのことはできそうだけど。けれど、逆に言えば――その先輩がそこまでピンチになる状況が起きるってことでは?
「はいはい、ここらへんでその話は終わり! ヒューゴも、試験で赤点取るわけにはいかないんでしょ!」
「っ!? そうだった……! やべーやべー!」
「…………」
いろいろと聞きたいことは山ほどあったけれど……。いつ起きるかも分からない出来事については聞きようがないわけで。『魔物に囲まれる予定がありますか?』と聞くのもアホらしい。
『さて、と……』と、わしわしと頭を掻きながら立ち上がる先輩。
「まぁ、何があったのかは知らないけれど、ほどほどにな? 私は昼まで寝るから――って……」
「…………?」
あれだけ怠そうにして、のそのそと扉へ向かっていた先輩が――まるで凍りついたかのようにその場で固まっていた。
「……おい、テイル」
「おっしゃあ! 俺は今! 猛烈に燃えてるぜ!!」
先輩が指さした先には、机に向かって試験勉強を始めたヒューゴの姿。
「ヒューゴが勉強をしているんだが、こいつはいったいどういうことだ? 私がおかしいのか?」
「あ、あぁ……」
そりゃあ、先輩の頭も大概におかしいですけど、とは言わなかった。流石に口に出したら、自分もただじゃ済まないだろうしな。それに――
あれだけ高を括っていたヒューゴが、数日でここまで変わってるんだ。先輩が自分の頭を疑いたくなる気持ちも分からないでもない。
「ま、まぁ……。流石のヒューゴでも、危機感を持ったんじゃないですかね……」
一度痛い目に遭わないと、人はなかなか変わらないとは言うけども。
まったくもってその通りだよな。時の神様々々である。
「それじゃあ、俺は試験の内容を聞いてくるんで」
「こんなに面白い光景を目の当たりにしてるのにか!? もうこの先、一生見られないかもしれないぞ!?」
「せ、先輩……」
なかなかに酷い物言いだった。横で聞いていたハナさんも苦笑している。たしかに次の試験の時には元に戻っていそうだから、ヒューゴには全く同情できないんだけれども。
「そんなこと言ったって、俺だって試験が控えてるんですからね」
――試験内容を憶えていたって、実技だから殆ど関係はないけれども。それでも、前回と同じ流れに沿った方がいいような気もするし。こういうタイムスリップ系の話では、あまり前と違った行動をし過ぎるとロクなことにならないはず。
それに、授業をサボれるほど図太い神経はしていないのだ。自分は。
――そうして、試験直前の授業も終わり。
「そういや、言い忘れていたが――」
そろそろ説明がくるのかと思いきや、予想外の出来事が起きたのだった。
「今回の試験はナシだ。全員合格ってことで、もう学園長には伝えてある。――ひっく。よかったな、お前ら」
「…………は?」
……試験がない? 確かに過去に飛ぶ前には受けた筈だ。
何かがあって先生の気が変わった? ここまでの変化が起きるのか?
「……え? 試験は無し?」
「その分楽ができて、俺はありがてぇがな」
教室にいる生徒の殆どが戸惑っていた。けれども、文句を言う奴は一人もいない。面倒な試験もナシに合格と言われれば、そりゃあ喜ぶのも普通の反応だろう。
……しかし、それも事の成り行きを知らないからこそ。
実際に一度試験を受けている自分からしたら、違和感しかない。
なぜだか、嫌な汗をかいていた。
「ええと……。生徒の実力を見るとか、そういうのは……?」
完全に思いつきだった今年の試験の内容は? 戻ったのは四日ほどのことだ。先生やにはるん先輩に〈クラック〉についてアドバイスを貰ったのは確かである。そりゃあ、偶然という可能性も無くはないけれど……せめて理由を聞いておきたい。
「そのつもりだったが――何度も同じことをするのは性に合わないからなぁ」
「――っ!?」
その先生の発言が、自分の度肝を抜いたのだった。




