第138話 『きっと化けるぞ』
毎日、朝の8時台に投稿予定
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「――やっちまった……!」
後輩たちに『記事が書けるような七不思議のネタを取ってくる』と啖呵を切ったのが数分前のこと。勢いで言ったはいいが、実際のところ自分の持っているネタなんて無いわけで。
……前にちらっと話した時は何があったんだっけ。
『学園の地下にドラゴンがいた』とか、『過去に戻れる噴水』だとか、『くぐると性別の変わる扉』とか、いろいろあったのは憶えている。
問題は、どれも眉唾ものの噂話に過ぎないってことだ。“蒼白回廊”のように実際の被害者がいたわけでも、“鏡界線の影法師”のように目撃者がいたわけでもない。
それこそ――ロランに笑われても仕方がないぐらい、信憑性の薄い話だ。
「んむむ……」
こりゃあ、探すのは骨が折れるぞ……?
「――で、お前は何をやってるのかにゃあ? んん?」
いつの間にか目の前の魔法陣に手が伸びていた。無意識の自分の行動に、ヴァレリア先輩が待ったをかける。
そうだった、先輩がヒューゴに魔法のお手本を見せている最中だったか。
「人が出した魔法陣に何触ろうとしてんだよぉ。このむっつりスケベめ」
「むっ――!?」
なんだか、とても失礼なことを言われた気がするぞ!?
「ちょ、ちょっと試したいことがあって……」
むっつりスケベだなんて言われたら、手を出しにくいだろうが。……大丈夫だ。なんにもやましいことも、やらしいこともしていない。大げさに言えば、自分のこれから先の生き死にが関わってくる重要なことなんだから。
エクターとの戦いの最中に、とっさに掴んだ自分の新しいスタイル。
盗人の生まれだから、だなんて関係ない。自分に備わっていた力がどうだったとしても、それ自体に善悪なんてのはないんだから。ようは、持っている奴がどう使うか、ということだ。グロッグラーンの村では、それをハナさんに教えてもらった。
「んふふふ……面白いじゃないかぁ。ほぅら、やってみろ」
――つまりは、決して悪用はしないと自分に誓った上で。このスタイルをものにしよう、と考えているわけで。そんな時に魔法陣が目の前にあったら、手を伸ばさないわけがないじゃないか。
「――〈クラック〉」
魔力を流すときの呪文は、きっかけに過ぎない。スイッチ自体は、自分が使いやすいものなら何でもいい。ただ、〈レント〉との区別をするために、自分が思いついた呪文がこの〈クラック〉だった。
相手の使う魔法陣の弱い部分を突いて侵入し、支配権を奪い取り、無効化したり逆に自分が行使する。まんまコンピューターのクラッキングから拝借したものだけど……。だからこそ、自然に扱うことができるんじゃないかと考えたわけだ。
この〈クラック〉が実用レベルになれば、魔法使いとの戦いの時に大きなアドバンテージを取れるようになるんだけど……。
なるんだけど……――
「おやおや? なぁんにも起こらないじゃないか。んふふ……失敗かにゃあ? んん、テイルくん?」
……ダメだ。先輩の魔法陣が堅すぎる。
なんというか、魔力を流そうとしても押し返されてしまう。
全く侵入できる気配がない。
「ちょっと、調子が……悪いみたいですね」
本当なら先輩に相談したいぐらい重要なこと。だけども、逆に言えば先輩に対しての秘密兵器にもなりうるわけで。手の内を明かすわけにはいかない今は……先生にでも相談してみるか?
「――へぇ。面白いことを考えたじゃねぇか。……ひっく」
「さ、酒臭ぇ……!」
酒気の混じった息を吐きながら、教室の机に腰掛けて。
テイラー先生は、感心するような声を漏らしていた。
「あれは初めの頃の授業だったか。ひっく……。〈レント〉による陣の使用権の専有について、授業をしたのを憶えているな?」
「……もちろんです」
鼻をつまみながら返事をする。失礼とか、そんなの考えるだけ無駄だ。
先生が言ったのは――キリカが魔法を使おうとしたが、先生の〈レント〉によって陣が使えなくなった授業のこと。あのときは必死で、具体的に思い浮かべたわけじゃない。けれど、その授業の記憶が頭の片隅にでもあったからこそ、ピンチの時に〈クラック〉を思いついた。
「魔力で上回る奴がだなぁ、下の奴の占有権を奪うのは簡単なんだよ。力づくで剥ぎ取ってしまえばいいからな」
ぐびりと酒瓶を煽る。
今日だけで何本の瓶を空にしたんだろうか、このダメ教師は。
「――ぷはぁー。……あの時はその説明しかしなかったが、確かに――この方法で占有権を盗み取ることも、可能っちゃあ可能だ」
少しだけ歯切れの悪い言葉だった。可能っちゃあ可能?
「なんで、その時は説明しなかったんですか?」
「普通の奴なら、まずやらねぇからだ」
――先生が言うには、魔力が通っている状態の陣を奪うというのは、だいたい行使される直前の場合が殆どだからなんだとか。そんな状況で陣を直接狙う暇があるぐらいなら、行使される魔法の対処を考える方が現実的。そう言われれば、確かにと頷かざるを得ない。
「相手の魔力を押しのけずに“盗む”には、魔法陣の弱い部分を突かなくてはならず。そのためにまず、構造を理解しなけりゃならねぇ。しかし戦闘時の一瞬でそれをする考察力や魔力の優位性があったとしても、相手が魔法を使う前に実行する速度が必要だ。生半可じゃ全然足りねぇぞ?」
――速度。そう、速度だ。
確かミル姉さんにも、それを言われたんだったか。
これが自分の強みになるのだと。他の人には持てないものなのだと。
「これを実戦でやろうなんざ、亜人のお前だからこそ考えられるもんだ。速度ならキリカも大概だが――あいつの場合、魔法陣を奪う暇があるなら殴ってるからな」
「た、確かに……」
相手が魔法を打つ前に倒せるキリカには、そういう必要さえない。……仮に、キリカの速度に追いつけたとして。あの、腕にかけられた魔法を強制的に解除することも可能なんだろうか。
「ま、誰もやらないこと、できないことを持ち味にするのってはだなぁ。結果がどうであれ、面白いもんなんだ」
誰もやらないこと。できないこと。
俺だけができること。俺がやること。
面白いかどうかは別として、意義は確実にあった。
「――極めてみろよ、きっと化けるぞ」
最後に大きく酒瓶を傾けて一気に飲み干して。
先生はニヤリと笑っていた。
さて、このやり方を練習するとしても、一つ問題がある。
……魔法陣がないと、盗みようがない。
誰かに魔法を使ってもらわないといけない。
先生に手伝ってもらえるか相談したのだけれど、『俺は忙しいんだ』と一蹴されてしまった。絶対に嘘だろ、おい。酒瓶を抱えながら、フラフラとどこかに消えてしまったし。
「はぁ……」
そうなると、先生レベルで様々な魔法を扱える人が必要になる。
できれば魔法陣の構造の複雑さを、ある程度自由に変えられて、一瞬で陣を出し入れできる人物が望ましい。そんな人が――いた。知り合いに一人だけ、ピッタリな人物(?)が。
「なるほどなるほど……。それでこのボクを! 頼ってきたというわけですね!」
困ったときの、にはるん先輩。学園内で魔法を扱わせれば、右に出るものはいないとまで言われるほどの使い手。フィジカル面の弱さから、うまく力を発揮できないことがたまにあるけど、自分の修行相手にこれほど適した相手はいまい。
「魔法の使用権の奪取ですか……もちろん、ボクもできますとも!」
試しに分身の魔法陣を出してみる。すると先輩はもっていた杖を陣にコツンと当てる。〈レント〉の言葉と共に、魔法陣ににはるん先輩の魔力が流れ込み――
「〈ブラス〉!」と声を上げた瞬間、先輩の姿が二つに増えた。
もともとは先輩に教えられた魔法だったのだから、先輩は熟知しているし。失敗した結果の産物だったので、自分が奪われることなんて想定していないし。できるだけ奪われないようにイメージしながら魔力を流したのだけれど、先輩の前では殆ど無いに等しかったようだ。
「なんだかんだで、気に入っているようですね……」
「……姿を消すのは、俺にはまだ早いらしいです」
やれやれと肩を竦める先輩に、頭を下げながら魔法陣を要求する。
先輩が魔法陣を出して、自分が〈クラック〉を試みる。最初は何も意識しなくても盗めるような簡単な陣を。そこから段階的に複雑な陣へと進み――弾かれた時は、陣のどの部分が脆いかをレクチャーしてもらいながら、再び〈クラック〉に挑戦してみた。
「この形式の魔法陣はですね、結局は複数の構造を半ば無理やりに繋げているわけで、その繋ぎ目がどうしても歪になってしまうわけですよ」
「ふむふむ……」
――十回目のチャレンジでなんとか成功。
「こっちはギリギリまで魔法を行使する速度を重視しているため、魔力を流す一番外側の円が少々雑な作りになっています」
「なるほど……」
こっちは分かりやすいな。三回で成功だ。
にはるん先輩が教えてくれた魔法陣の弱点。そこを始点して魔力を張り巡らせる。まるで氾濫した川のように、陣の隅々まで自分の魔力が行き渡るのが分かった。
しっかりと傾向を掴んでおかないと。
実戦だとゆっくり分析している暇なんてない。
最初の一撃は無理だとしても、二撃目には対応できるようにはなっておきたい。
「なんというか……試験対策みたいですね」
「こっちの試験対策にいそしむのもいいですが、テイル君にはもう一つ頑張らないといけない試験もあるでしょう。たしか五日後でしたか?」
……頑張らないといけない試験? 五日後?
「ま、科の学術試験なんて、ボクにとってはお茶の子さいさいでしたけどね!」
「…………え?」




