第134話 『ツケが回ってきたようでね』
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「オオオオオオオォォォっ!?」
まるで爆発したように広がる魔法光の中で、エクターの絶叫が響いた。
――まだ生きてる!?
手加減をしたつもりなんて一切ない。直撃だと思っていたのに、とっさに致命傷を免れたようだった。魔法陣の方も、精度が高いとは言えなかったし……なんにせよ、しぶといと言う他ない。
「テメェ……一度ならず二度までも……」
ボロボロになった身体で起き上がろうとしても、思うように力が入っていないのは明らかだった。流石にこれ以上の戦闘は無理だろう。こちらとしては、今後二度と近づきさえしなければそれでいい。
……とはいえ、兄がそれで諦めるとは考えにくい。
この負傷だって、いつか完全に癒してまた復讐に来るのでは。
それなら、一生治らない傷を付けてでも――と考えた時だった。
「傑作だぜ……くは……ははは……!」
「……なにがおかしい?」
こちらを指差し、突如笑い声を上げ始めた。癇に障る笑い方だった。
問い詰めるも、口角を吊り上げたまま愉快そうに笑い続ける。
「テイルよォ……テメェ、口では嫌だと言っておきながら……。結局は、他人の物を盗むことしかできねぇんじゃねぇか!!」
エクターの言葉に、心臓が激しく脈打つ。
「――っ。違うっ!!」
「違わねぇなァ!! どれだけお前がこの血を忌避してようが! この生き方からは逃れられないんだよ!! テメェは!!」
勝つにはこれしかないと判断しただけ。
決して、盗みたくて盗んだわけじゃない。
それじゃあ、他にどうすればよかった?
「――違う。違う、違う、違うっ! お前たちなんかと一緒にするなっ!!」
「無駄だぜ。生まれたこと自体が、お前にとって間違いだったってことだ!」
エクターの言葉が呪詛のように纏わり付いてくる。
生まれてきたことが間違いだった? この世界に転生してきたことが?
俺だって、好きでこんな身体に生まれてきたわけじゃない……!
選べるなら……こんな一族なんかには……!
「――そんなことはありませんっ!」
どろどろとした黒い感情の中に、陽の光のような暖かさが差し込む。
「……ハナ……さん……?」
エクターの言葉に囚われかけていた自分の目を覚ましたのは、他でもないハナさんの声だった。……危ない。こっちに近づいてきては駄目だ!
「……テメェみたいな奴に何が分かる? 世界の黒い部分も知らないような、ただのガキが……。言ってやれよ、“俺たち”が今まで何をして生きてきたのか――」
『――私が勝手にそう思っているだけで』
冷や汗が頬を伝う。もう半分ぐらいは手遅れなのかもしれない。
真実を知られて、周りから一人残らず離れてしまうことの恐怖。
『本当のことを伝えると、嫌われてしまうんじゃないかって――』
「他人を傷つけ、殺し、奪い! そうやって生きてきた一族だってなぁ!!」
「俺はそんなことしていない! だからお前たちから逃げ出したんだ!!」
必死に、必死に否定して。自分は違うと言い張っても、この身体が証明してしまっている。それが分かっているからこそ、エクターの笑いが収まることはない。
「生まれた時からそうなってんだよ! 出来損ないであってもだ! 口ではどう言い繕ったところで、お前もじきにそうなる!」
「違――」
喉が枯れそうになるぐらいに声を張り上げて。
周りが見えなくなるほどに、頭の中が煮えたぎって。
「生まれなんて関係ありません!」
そんな自分を引き戻すのは、ハナさんの声。
「誰にだって、他人に決して見せたくない過去がある! 隠しきれない過去だって! それでも――それを乗り越えられないことなんて、絶対にありません!」
「そうかよ……」
「……っ!」
舌打ちとともにエクターの目が据わった。兄がこういう態度をしたときは、必ず誰かが傷ついていた。手を出す一歩手前の状態なのを、自分は知っていた。
「それじゃあ、お前で試してやろう――」
「やめろっ――!!」
予想した通り、怪我を負った右手に抜き身のナイフが光る。
間違いなく、ハナさんを狙って放たれる。
それが分かっていたからこそ――
「見捨ててりゃあ、良かったものをよォ!」
「もういい! お前は殺す――!」
エクターの手から離れたナイフを弾いて。次の瞬間には、その隙を狙って飛びかかって来ていた。黒い毛に覆われた手先から、鋭い爪が伸びている。せめて相打ちでもいいからその喉をと、同じく爪を出して応戦して――
「――そこまでだ」
その爪が、エクターに届かず止められてしまう。
突然現れた誰かに、エクター共々に腕を掴まれていた。
兄、ではない。しかし、そこにあったのは、よく知る顔。
「父……さん……」
「親父……」
自分や兄のように、全身が毛に覆われているのではなく。
顔元に少しばかりの髭を生やした人の顔がそこにあった。
父が魔法を使った気配など一切ない。亜人としての能力も殆ど使っていないだろう。それなのに、ここまで近づかれて、腕を掴まれるまで存在に気が付かなかった。気配はほぼゼロ。そしてその速度――
「――――っ」
音もなく接近された恐怖が全身を駆ける。間近でその業を見せつけられ、戦慄すると同時に、絶対に会ってはならない者と出会ってしまったと絶望が湧きあがってきた。
「――動くな。誰一人として、だ」
「……っ!」
冷たい刃のような声が、静かに響く。辺りを見回すその視線が、皆をその場に縫い付け。誰も身じろぎ一つしない。
――殺される。この場にいる、全員が……。
「いきなり出てきてなんなのかしら。もう決着は着いたでしょうに」
「ココさん……!?」
“忍び足”の頭領とも言える父の前で。誰も声を上げることのできなかった中で。たった一人だけ例外がいた。ココさんだけが――先程から全く様子を変えることなく、物怖じもせずに父へと話しかける。
「……なんだ、テメェ」
「エクター、俺は動くなと言ったぞ。もちろん、お前もだ」
「保護者が出てきて手を出すというのなら、私が相手になるけど?」
空気がひりつく。どちらも修羅場をくぐり抜けてきたプロとしての空気を纏っていた。いつ戦闘が始まってもおかしくない。身構えたいのは山々だったが、父の言葉もあり身体が上手く動かなかった。
そんな中で、ぽつりと問われたのは――
「……もしや、ココ・ヴェルデでは?」
父さんでさえもココさんの名前を知っていた。やはり実力者の一人として、世界的に有名なのだろうか。それこそ、裏の世界でも名前が通っているほどの。
「そういう貴方は?」
「アジート・ミドナス……憶えておりませんかな」
生殺与奪の権を握る者としての、高圧的なものではなく。その口調は、対等な者に対しての礼儀が込められていた。……いや、これはどちらかというと――
「あぁ、アジート……。確かにそんな名前――。亜人の一族と話した憶えもあるかしらね。テイル君の名前を聞いたときに、なんだか聞き覚えがあったのよねぇ。二、三年前だったかしら」
「……三十年ほど前です」
二人に面識があったことに驚いた。
だから、自分の名前を聞いたときになにやら嬉しそうだったのか。
「そうそう、貴方がちょうどテイルくんと同じぐらいの時だったわね。――で、どうするのかしら? どうしてもと言うなら私が相手をしてもいいのだけど」
「……まさか。そんなことはしませんとも。もとより、我々の目的は違いますので」
教会の神父の悪行がどこからか漏れていたらしい。それの確認と暗殺が目的だったものの、既に自分たちが解決していて。だからこそ、父たちにとってこれ以上戦う理由も存在しない。
――唯一、兄だけは自分へ襲いかかってきたけれど。
それは父の判断ではなく、兄の私怨による独断にだったとのこと。
「……そう。それじゃあ、私が回収して持ち替えるのも問題ないわね?」
「えぇ。死亡の確認さえ取れれば、問題はありませんな」
それならば、と。ココさんが例の鳥かごをマントから取り出す。
カーテンを開けると、疲弊した様子の神父が中でうずくまっていた。
「魂の状態で私がこの中に保管しているから大丈夫よ。蘇るようなこともないわ」
「左様ですか。それなら安心して任せられます」
「ババアァァァァァ……! それをよこせぇ!!」
地面に倒れ伏した身体を引きずりながら、恨めしそうにトト先輩が叫ぶ。
「そんな腐った魂――救う必要なんてどこにも無い! ここで完全に潰しておく!」
「やれやれ、ね。救う価値があるかどうかを決めるのはあなたじゃないわ」
「そちらの彼女は……」
「……孫よ。ちょっと教育不足のツケが回ってきたようでね」
肩をすくめながら、ココさんが苦笑する。
「……どうやら互いに苦労をしているみたいですな」
「ふふっ。どこも同じなのね」
父が自分の方を眺めながら。ココさんはトト先輩を見下ろしながら。
なにか通じ合っているかのように、互いに呟いた。
……こんな父の姿を、見たことがあっただろうか。
ともあれ、これ以上戦う必要もないらしい。自分を含め、アリエスたちも胸を撫で下ろしているのが見えた。動いている死体人形はもう一体もいない。長い夜が、ようやく終わりそうだった。
「エクター。帰ってからどうなるか、分かっているな」
「…………!」
息を呑むエクター。その目には怯えの色が見え、その場でけじめの一つでも付けさせられるかと思っていたが、黙って担ぎ上げられるだけに終わった。
「――テイル」
「……は、はい」
肩に兄を担ぎ、背を向けたままの父が、こちらの名前を呼ぶ。自分が家にいたときと同じ、威厳のある父としての重くずっしりとした声。
「戻ってこいとは今さら言わん。外でやりたいことが見つかったのなら、別にそれでも構わん。どこへでも行き、好きに生きるがいい」
家としてはこれ以上こちらから関わることはない、という宣言だった。これから先、父や兄の影に怯えて生きていくことはないと、そう言っていた。
「ただ――」
「……?」
「母には、俺の方から“生きていた”と伝えておく」
「…………っ」
――何も言わず出て行ったことに、後ろめたさが無かったわけではない。いくら前世の記憶の方が濃いとはいっても、こちらの世界でも父は父で、母は母だ。
「『元々身体が弱い方だった』と自身に言い聞かせてはいても、それでもしばらくは泣いていた。外で強く成長していたと言えば、あいつも少しは安心するだろう」
「あ、ありがとう……ございます」
礼を背中で受け、黒い影は森の中へと消えていったのだった。




