第129話 『そんなわけがないでしょうに』
毎日、朝の8時台に投稿予定
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「ほら、テイル君はもっと端によって」
一気に飛び上がり、あっという間に地上から数メートル。村を眼下に見ながら夜風を受けていると、ココさんから注意を受けた。
ココさんの操る鳥型ゴゥレムの背には、自分を含め四人が乗っている。操縦者であるココさんは当然のこと、あとは自分とハナさん。そして強制的に連れてこられたアリューゼさんだ。
空を飛べるものの中では、わりと大きめのゴゥレムではある。けれども、流石にこの人数だと少し狭く感じた。グルグル巻きから解放された彼女が掴まるスペースを開けるために、言われた通り端に寄ったのだけど――
寄れば寄るほどココさんが詰めてくるため、これ以上逃げ場がない状態になっていた。
「途中で落ちたらどうするんですかっ」
「テイル君なら高い所から落ちても大丈夫そうじゃない? うふふっ」
「おいっ!?」
冗談交じりそう言いながら、楽しそうに笑うココさん。そうしてひとしきり笑ったあとに、神妙な面持ちになった。アリューゼさんが、不安そうな面持ちでこちらを見ていたからだ。
「……先に謝っておくわ。ごめんなさいね」
それは突然にさらったことではなく(そっちも謝れとは思うけど)、ゴゥレムの乗り心地についてなどでもなく――
「真実とは、時に惨酷なもの。できれば見たくないようなものだけれど。そうと分かっていても、暴かないといけない時もあるのよ」
……この先起こることを予感しての、彼女への謝罪。
「それは魂使魔法師としての決まりの一つでもあるし、私個人の感情による部分もあるんだけどね」
「コン……ダクター……?」
神告魔法師の見習いとはいっても、他の魔法についてはそれほど明るくもないらしい。聞きなれない単語に、アリューゼさんは首を傾げていた。
「――ほら、着いたわ」
当然ながら、教会の周りには誰もいない。野盗の脅威に怯える必要も無くなったからか、正面の扉は鍵がかかっている様子も無かった。
「これから開くのは――地獄の釜の蓋よ」
すんなりと開いた入り口から、講堂へと足を踏み入れ。
ココさんはそう言いながら、薄く笑う。
寒々とした講堂の中には、時間帯からして当然のことだが人影はなく。燭台には明かりなどは全て消されている。外から差し込む月明かりだけが、屋内を照らしていた。
「誰かいないのかしら!」
日中とはまた別の、荘厳な空気の中でココさんの声が響く。
広い広い講堂の壁から、天井から、何度も反響して。やがて鳴り終わり、しぃんと静寂が戻ってきたところで――側廊の先から、ゆっくりと扉が開く音がした。
「こんな時間においでになるのは、どなたですかな」
さほど大きな声でもないのに、はっきりと届く穏やかな声。
その足取りは力ないけれども、多少動けるぐらいには回復したらしい。
「神父さま……」
ラフール神父が修道服に身を包み、こちらへと歩いてくる。
「アリューゼ……怪我はしていないようだね。みなさん、野盗の件についてはシスターたちから聞いております。ありがとうございました」
礼を言われ、こちらこそと畏まる。本来だったら『すいませんでした』とこちらから謝罪するところなのだけれど――
「ねぇ、今この教会にいるのは貴方だけかしら?」
ココさんが前へと躍り出て、前置き無しに神父に尋ねた。自分達よりも見た目の幼い女の子が出て来るだなんて、想像していなかっただろう。戸惑い、こちらへと視線を向けてきたので、返事として『答えてくれ』と無言で頷く。
「……えぇ、シスターたちは帰らせました。地下に野盗を捕らえているのを除けば、確かに私しかおりません」
「あぁ、それなら好都合だわ」
初対面であるココさんとトト先輩に、『失礼ですが、あなた方は……?』と神父は遠慮がちに尋ねる。
自分達と関わりがあることは薄々気づいているようだったけども……。先輩はともかくココさんは講師には見えないからなぁ……。
「私達も、依頼を解決するために学園から送られて来たの」
「これはまた、お若い方々が……」
「別に私達のことはいいわ。それよりも――アリューゼのこの翼、どういうつもり?」
まるで『明日の天気はどんな感じ?』と尋ねるような、そんな気軽な口調だった。そこには怒りも、悲しみもなく。神父の反応にすら興味が無いようにも思えた。
「……はて、どういうつもりとは?」
「極々まれに生まれる寵愛者が、これまで前例のない“黒い翼”を持って生まれた? 神に愛された奇跡の子? そんなわけがないでしょうに」
ココさんのゴゥレム――アルメシアが神父に刃を向けていた。
「ココさん、突然なにを!?」
突然のことにアリューゼさんが声を上げた。しかし、その場にいた誰一人として構う様子もなく。神父がどういった反応に出るか、といったことに集中していた。
「みなさん……?」
「あの黒い翼、貴方の仕業よね?」
「いったい何を言っているのか……」
全員が見守る中、ココさんが淡々と質問を続けていく。ただの日常会話のような口調が、酷くアンバランスな印象を与えていた。慎重さ、なんてものを無視した無邪気さを装って。しらを切ろうとする神父に、さらに追い打ちをかけていく。
「身体の一部が黒ずむのは、魔物化へ至る兆候の一つよ。……貴方、生まれたばかりのこの子を、殺して蘇らせたのでしょう?」
「――――っ!?」
自分達も、トトさんから聞いた時は耳を疑った。
……とても惨酷な事をしているのは分かっている。
アリューゼさんが父親のように思っていた神父が、彼女を不幸な境遇に陥れた全ての元凶だったのだと。半ば尋問のような形で問い詰めて。誤解だったらどれほどいいだろう。しかし、自分たちは真実を暴けるだけの証拠を持っていた。
「それも一度や二度なんてものじゃないわよね。ねぇ――」
きっと事前に言えば、彼女は嫌がるだろうと思ったから。だからこそ、何も言わず連れてきたのだ。できれば、本人の口から全てを話して欲しかったけれども、最初にしらを切った時点でその希望も無くなった。
「蘇生の代償に、羽根が黒く染まっていくのを眺めるのは楽しかった?」
――――。
神父に問いかける声音が、冷たいものへと変わっていた。まるで刃物のように。向けた相手の生命を脅かす、そんな鋭さを孕んでいた。
アリューゼさんも、自分たちも、揃って息を呑む。
まるで地獄の閻魔のように罪状を突き付ける様に、圧倒されていた。
自分たちには到底出せない凄みがある。身体の大きさ、見た目の若さなんて関係ない。積み重ねてきた修羅場の量が、圧倒的に違うのだろう。
「偶にいるのよねぇ。身体や魂を扱っているうちに、全能感に浸って好き放題するのが」
宿でありとあらゆる推測を話したのち、自らの欲望のままに他人の身体や魂に危害を加えるのは、魂使魔法師の間でも厳しく戒められているのだと、ココさんは教えてくれた。
魂使魔法は本来、ゴゥレムを操るだけの魔法ではない。人の魂、生物の魂、ありとあらゆる生と死。元々はそういったことを専門にしていた魔法だった。だからこそ、こういった名前なんだと。このあたりは学園でも説明してたっけか。
大昔の戦争――魔族との戦争の前に、ヒトと亜人の戦争もあったらしい。その時には、魂使魔法は亜人側しか使っておらず、死んだ敵兵の肉体と魂を自分たちの戦力として使っていたこともあったのだとか。
時代が進んでいくにつれ、そういった魔法は禁止され、落ち着いてはきたものの――今でも、魂使魔法師というだけで忌み嫌われることもあるのだと肩を竦めてたっけか。
「まさか神父がそんなことしているとは、世も末だわ」
――旅のついでではあるけども、そういった悪い影響を与え続ける魂使魔法師を撲滅し、現状を変えたいと言っていたのだ。
初めは漠然としか理解できなかったけど、この村でいろいろ見た今ならばよく分かる。人の命を弄ぶことの醜悪さが。
「……アリューゼの翼は、私が教会にひきとった時から黒いものでしたが」
いつの間にやら、神父の顔から表情が消えていた。淡々とそう口にするも――それも逃げ口に過ぎないと、すかさずココさんが決定的な証拠を見せる。
「それじゃあ、なんで――まだ白い羽根が残っているの?」
「――っ!?」
神父も知らない事実。アリューゼさんが大切にしていた、白い羽根のこと。
蘇生の代償である以上は、誰かが生き返らせなければならない。そして、そんな魔法が使えるほどの高位の神告魔法師となると、もう答えは決まっていた。
「そんな……馬鹿な……」
「諦めなさいな。天才の私が来た時点で、貴方の運命は決まってたのよ」
そこで初めて、神父の顔に動揺の色が生まれた。傍にいたトト先輩が、アリューゼさんの翼の中にある白い羽根の部分を見せつけるようにすると、みるみるうちに神父の顔が青ざめていく。
「なんだ……その白い羽根は……!」
怒りの声と同時に神父の身体が淡く光り始める。その身体に浮かび上がったのは、神告魔法師の証である魔法の紋様。そちらに気を取られていた自分達より一瞬早く、トト先輩が別の気配に反応していた。
「っ……来るわよ」
「あれは――」
――教会の奥、神父が出てきた扉から新たな人影があった。
「地下に捕らえていた野盗……!?」




