幕間 ~午前:とある翼少女の生い立ち~
毎日、朝の8時台に投稿予定
たまに大幅にずれる可能性があるので、ブクマ推奨です
「はぁ……」
窓から降り注ぐ昼前の日差しの中で、一人溜め息を吐く。
先日から重たい気分が、いやに纏わり付いていた。原因は分かっている。……この手を血に染めたこと。村から逃げるように帰ってきて、ハナさんたちを拒絶してしまったこと。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
ベッドの上でうなだれて。背中の翼で日を遮る。
暗い暗い陰の中で、何を考えるでもなく。
ただ時間が過ぎていくのを感じた。
「…………」
――私の背中には翼が生えている。
黒い、黒い、大きな翼が。
この羽根が白ければよかったのに、と考えたことがないわけじゃない。
でも、物心ついた時から黒かったのだから仕方ない。
神父様がそう言ったのだから、そうなのだろう。
黒い翼も、私の一部なのだから。それを私が否定してはいけないよ、と。
それは限られた者にしか与えられない、神様からの特別な贈り物なのだから、と。
「神様からの贈り物……」
――翼のことを考えると。
私はいつも、小さい頃の出来事を思い出す。
憶えているなかで一番古いのは、五歳かそこらの頃。
父親代わりの神父様と、二人での教会生活をしていた頃の記憶。
小さい頃は、なぜか外に出してもらうことができなくて。教会での教えも退屈なものに思えて。それでいて、ことあるごとに欠伸をするような。
少し恥ずかしいけれど、私はそんな子供だった。
とにかく、じっとしているのが苦手で。翼を覆うモコモコとした服は窮屈でしかたなかったけれど、それでもあちこち走り回る子供だった。
「あんじーる?」
「そう、君のように翼を持った神使のことだよ」
この広い世界では、私のように背中に翼の生えているヒトが沢山ではないけれどいるらしい。だから、いつか一緒に飛べるように。飛び方だけはしっかり身に付けておいた方がいいと、神父様は言っていた。
翼は産まれた時から体の一部で、羽ばたけば空を飛ぶこともできた。教会の中で飛ぶのも、日中は禁止されていて。極力人に見られないならと、夜間の間のだけならば、講堂の高い天井の下でなら飛ぶことを許されていた。
あれは七歳か八歳の頃だったかな。
ようやく教会の外に出ることを許されて。
村の外にある森で、初めて屋根もなにもないところで飛ぶのを許された。
「あまり遠くまで行くんじゃないよ。森は危険が沢山あるからね」
「だいじょうぶ! だってこんなに自由に飛べるのだもの!」
背の高い樹に生っている果実だって、私ならひとっ飛び。すぐそばにまで近づいていって、簡単に採れる。枝に引っかかったりなんてしない。こんなにも上手く飛べる。
魔物だって空にまでは襲ってこない。外はこんなに楽しいことがあるのかと、そう思っていたのは最初の数日だけだった。
その出来事が起きたのはある日の朝――
「――――っ!? きゃあ!!」
「アリューゼっ!?」
魔物と間違えた村の住人が、私に向けて矢を射ったのだった。
幸い、矢は翼を掠めただけで、傷を負うことは無かった。
ただ、驚いて地面へと落ちてしまい、身体を強く打ってしまったのだけれど。
そういうことが過去にあり、余程のことが無い限りは飛ばないようにしていた。そもそも歳が十二を過ぎたあたりから、そういうやんちゃは、はしたないから控えようと思い始めたのもあった。
『アリューゼ。君にはこれからずっと、辛い出来事が付きまとうかもしれない』
その言葉は、地面に落ちた私を魔法で治療していた時にかけられた言葉だったか。目に見える風景も、耳に聞こえる音も、何もかもがぼやけて。じんわりと痛みが引いていく感覚。夢見心地に近い状態で聞いたのだから、うろ覚えな部分もあるけども、だいたいこんなことを言っていたような気がする。
そういえば、白い羽根を見つけたのもその時だった。
自分で包帯を巻き替えるときに、たまたま見つけた一筋の希望。
『けれど、彼らを決して恨んではいけない。“特別なもの”というのは、時に他からの恐れを呼び起こしてしまう。君は選ばれた寵愛者なのだから、全てを愛し、全てを許せる広い心を持つんだ』
『……はい。分かりました、神父様』
神父様は、まるで父親のように優しく私に接してくれた。私も神父様の期待に応えられるよう、敬虔なシスターで有り続けた。だからこそ、村の人たちから辛くあたられても、耐えてこられたのだ。
……けれど、その神父様も傷つき倒れて。私を支えてくれる者は今はいない。幼いころから育んできた信仰心と、この翼に残された白い羽根だけ。
「お母さん……」
物心ついたときには、両親は既に死んでいると教えられた。本当に赤ん坊の頃にしか、その声を聞いたことがない。何一つ、記憶に残っていない筈なのに、ふと誰かに名前を呼ばれているような錯覚をしてしまうことがある。
……親の愛情に飢えていた時期が、確かに私にもあったのだ。
神父様からは大切に扱われていたけれど、母親の代わりとまではいかなかった。
具体的に、どんな声、と表すことはできないけれど。きっとこれが、記憶の片隅にある母の声なんだと思って、自分を頑張れと奮い立たせる。
柔らかな羽毛の中にそっと指を沈ませる。
触れていると、こんなにも心地の良い柔らかさなのに。
それを知る者は、極々数えるほどにしかいない。
「アリューゼさん……起きていらっしゃいますか?」
まるで道端に咲く、淡い色をした野花のような。
そんな優しさに満ちた声がした。
「……ハナさん?」
小さく返事をすると、扉の向こう側から『よかった』と安堵の声。きっと扉のすぐ近くまで来ているのだろう、自分もそっと手をあててみる。
植物の知識に長けていて、優しい心を持っている女の子。初めて出会ったのがほんの数日前にも関わらず、友達のように私のことを心配してくれている。
「……聞いてください。アリューゼさんは決して一人じゃありません。周りと違うことで辛い思いをしても、その気持ちを……共有できると思うんです」
こうして尋ねに来てくれて、心のどこかでは嬉しい気持ちもあった。
けれど、それと同時に申し訳なくも思う。
こんな私が、誰かに心配されることなんて……。
本当は、あってはならないことなのに。
この手を血に染めたことは、先日の件が初めてではない。もちろんその全てが、金品や食料を目的にした野盗だったけれど――村を守るためという理由があれど、何度もその手を汚してきたことを知ったのなら、きっと軽蔑するだろう。
黒い翼を見たって、それで何か言うこともない。
この人たちとなら、きっと良い友達になれると思っていたのに。
そんな彼らの目の前で、『人殺し』と言われたことがなにより辛かった。
……私が今までどんな生活をしていたのかを聞けば、きっと嫌われてしまうに違いない。依頼で来たとはいっても、私とそう歳は変わらない。私と彼らでは、住んでいる世界が違うと思っていた。
「すいません、ハナさん。私はあなた達とは――」
「……私は――」
だから、にわかには信じられなかった。
そんな彼女の口から、そんなことが語られるだなんて。
「……人を……殺めたことがあるんです」




