第124話 『ヒトゴロシ』
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「グロッグラーンに戻るぞ! こいつらは――」
「ここに拘束しておきます……!」
ハナさんが妖精と二、三言小さく言葉を交わすと、あっという間に植物の蔦が地面から湧き出てくる。そして何重にも野盗をぐるぐる巻きにして、身動きが取れぬよう地面にピッタリと拘束していた。
「むぐぐ……」
――野盗たちが、声にならない声を上げる。
蔓が猿ぐつわの役割も果たしているいるので、大声を出して助けを呼ばれる心配もないだろう。試しに許可を得てからナイフで傷を付けてみたけども、耐久力もそれなりにあるようだった。
亜人の爪でも、これなら抜け出すには丸一日ぐらいはかかるか。
「急ごう、このままだと住人が危ない……!」
あの野盗の言葉を信じるならば、リーダーはグロッグラーンの村に向かっていると言っていた。自分達を迎え撃たずに、一人だけ別行動した理由は……? 残された男たちの様子から見るに、見捨てたというわけでもないらしい。
『お前らを雇った村の奴等に、落とし前を付けさせに行った』
そのままの意味で受け取ると、自分たちの強盗生活を邪魔したことによる逆恨み。お門違いもいいところだとは思うが、同じ思考回路で考えてもキリがない。
自分たちが捕らえるために乗り込んできたのが、この顛末の原因の一つと考えてしまうと血の気が引く思いだった。
とにかく、被害が出る前にリーダーを捕らえるのが最優先だ。
いくらあの村の住人がいけ好かない人たちだったとはいえ、被害に遭っても良いというワケじゃないのだから。
「ヒューゴは――」
「もう走ってるぜ!」
いつの間にかアイツの背中が遠くに。ちゃんと地図を覚えていたのか、ヒューゴにしては方角が合ってるのが驚きだった。
「――アリエスっ!! ハナさんとロアーに!」
「分かってる! しっかり掴まっててよ、ハナちゃん!」
「はいっ!」
アリエスとハナさんは空から、ヒューゴと自分は林の中を駆ける。野盗の拠点から村までは、それほど離れてはいない。二十分も走り続ければ到着するだろう、と予想していたのだけれど――
「ふぅ……はぁ……!」
五、六分ぐらいしたところで、ヒューゴの表情に疲れの色が見えてきた。
「ヒューゴ! アンタ体力なさすぎよ!」
「うっせぇー! 俺も乗せろぉ!」
そりゃあずっと飛んでるんだから、体力の消費は走るよりマシだよなぁ……。
「残念! 二人乗りですー!」
「ごめんなさい、ヒューゴさん……」
「くっそぉぉぉぉぉ!」
走りながら喧嘩するとか、まだ余裕あるじゃねぇかこいつ。
自分もずっと走りっぱなしだけども、まだ息切れする程じゃない。ただ、ヒューゴを置いていくわけにもいかないので、アリエスにロアーの速度を落とさせて。そうして走り続けること十数分――
「はぁ……走りきってやったぞオラァ!」
ヒューゴが倒れる前に、グロッグラーンの村になんとか辿り着いた。
――いや、辿り着いてしまった。誰とも会わないままに。
「キャアアアアア――――!!」
「――っ!!」
甲高い悲鳴が響く。どこから、なんて考える必要もない。
芳しくない状態に、内心で舌打ちをした。
「もう村の中に入ってるぞ!!」
「急ぎましょう!」
「う、うう……」
「――っ! 誰か倒れてるぞ!」
村の正門から少し入ったところで、村の男達が倒れているのが見えた。何人かは腹や腕から血を流しており、野盗のリーダーにやられたのは明白だった。
「外から来た男が……急に斬りかかってきて――」
「ひどい……」
「ハナさん、魔法で治療できるか?」
「はい……任せてください」
そう答えて治療に集中するハナさんに、一応の用心としてアリエスについてもらう。ヒューゴと村の中へと入っていくと――男の怒声が響いてきた。
「俺たちを始末しようたぁ、なかなか肝が据わってんなぁ、神父さんよォ! えぇ? 大人しくしてりゃあ、自分の命だけは守れたってのになぁ――!!」
短剣を持っている亜人――耳は丸く、灰色の毛が全身を覆っている。あれは……ハイエナか? 偏見かもしれないけども、野盗の親玉には相応しい気がしないでもない。
「神父さまはそんな卑怯なことは決してなさいません! 悪は悪と、正義の心をもって立ち向かってくださるお方です!」
「アリューゼ……」
野盗と激しく剣を打ち合っているのは、なんとアリューゼさんだった。その後ろの地面には、血を流しながら右手を抑えているラフール神父がいた。
自分たちが村に着く前から戦闘が始まっていたのだろうか。アリューゼさんの息は途切れ途切れで、肩を大きく上下に揺らしていて――
「――ふぅっ!」
亜人としての身体能力にアドバンテージがあるのか、鋭く突き出されたアリューゼさんの剣を、野盗の短剣が激しく打ち払う。
「もらったァ!」
「マズいっ!!」
まだ間に割り込むには距離が足りない。必死に走るも、既に野盗の剣は追撃のために振り下ろされる直前で。このままではアリューゼさんが、と思った次の瞬間――
「ぐぅっ……!!」
なんと、ラフール神父が割り込んで盾になっていた。
教会から支給されたのであろう厚手の祭服が、激しく切り裂かれた。背中を大きく袈裟斬りにされ、痛みを押し殺したような声が漏れる。
「っ――! あ゛ああぁぁ!!」
――その瞬間は、ひどくあっさりとしたものだった。自分の動体視力もあってか、妙に静かに、ゆっくりに、そして鮮明に映った。アリューゼさんが突き出した長剣が、野盗の身体を真っ直ぐに貫いた、その瞬間が。
ここからでも確認できる。
相手を絶命に導く、致死の一撃。
善と悪。襲う側と守る側。
真剣な、命のやり取り。殺し合い。
野盗は殺されても仕方のないことをしたのだろう。
それでも――人を殺す瞬間を見て、ドキリとしないわけじゃない。
……俺は“それ”が嫌で嫌で、家を飛び出したのだから。
「――神父さまっ!? ……っ。いま治療します……!」
死体から剣を抜くことすらせず、大怪我を負った神父の前に跪くアリューゼさん。彼女が手を組んで祈ると、その身体から服の布地を越えて魔法光が湧き上がる。それは――魔法陣とは少し違う、紋様のようなものが、全身に広がっているようにも見えた。
「……これが神告魔法か……?」
それは淡く薄緑色の光を放つと、神父を中心にしてドーム状の空間を作り出した。みるみるうちに、背中にあった傷が小さくなっていく。ハナさんの妖精魔法でも傷を治療する様子は見ていたけども、それとは数倍は速度が違う。
魔法陣は身体の紋様がその役割を果たしているのだろうか。詠唱はいらない、祈るだけで魔法が発動していた。どういう仕組なのかは理解が追い付かないが、確かに特別な者にしか扱えない、ということだけは分かる。
「これでなんとか……っ」
魔法の行使による光が収まっていく。ラフール神父の治療を終え、大きく息を吐いて立ち上がろうとしたアリューゼさんが、ぐらりと蹌踉めいた。
「アリューゼさん……っ!」
「大丈夫ですか!?」
「え、えぇ……神父さまも、一命を取り留めることができましたので」
「それじゃあ、早く神父さまを教会のベッドへ――……」
アリューゼさんに駆け寄り、無事を確認したところでアリエスが言葉に詰まった。
「えっと……なんなんだろ、この嫌な感じの空気……」
その視線の先にいたのは――野盗の被害に遭わぬよう、家の中に退避して傍観していた村の住人たちだった。彼らの視線は、全て死体から剣を抜くアリューゼさんに向けられたもので。嫌悪と畏怖の感情が顕わになっていた。
彼女が少し身動きするだけでも怯え、悲鳴を上げる。それは――同じ村で生活している住人ではない。外から入ってきた“敵”に対して行うような反応だった。
「わ、私は……」
彼女が一歩踏み出すと、ざざっと住人が距離を離す。
その中には、塀の外で彼女に助けられたメアリもいた。
『ひっ』と声を上げるメアリ。その視線は、花を渡していた時の面影などは欠片ほども残っておらず、怯えた色を見せている。
「あ――」
メアリが母親の影に隠れたのと同時に――ヒトゴロシ、と。誰かが小さく呟いたのが聞こえた。
「――――っ!」
……違うだろうが。それは違う。
彼女は守るために戦っただけだ。
ラフール神父を。この村を。
「誰のために彼女が戦ったと――」
他の誰もが動かないから、自らが剣を取るしかなかった。
そこに――責められる謂われはないはずだろう。
『ありがとう』と感謝の言葉を口にしないどころか、『人殺し』と罵るだなんて。
本当にどうなっているのか。そこまで嫌っているのか。
「――っ」
唇を噛み締め、今にも泣きそうな表情になって、彼女は翼を広げ飛び上がってしまう。羽ばたき向かった方向からして、塀の外の小屋に帰るようで。それをいち早く察したのか、珍しくハナさんが村の入口へといの一番に走り出した。
「アリューゼさんっ!!」
「ハナちゃんも!?」
――どうする。あとを追うか?
教会の方からは、シスターが二人、急ぎ足でこちらへと来るのが見える。
――――――――――――
アリューゼさんのあとを――
▷追う。ハナさんも、アリューゼさんも放ってはおけない。
追わない。アリエスたちに任せて、まずは神父を教会に運ぼう。
――――――――――――
「すみません。あとは私達にお任せください。――みなさん! 傷の治療は済んでいますが、揺らさないようにお願いします!」
片方は神父からサフィアと呼ばれていたか。もう片方の名前は分からないが――その二人が神父に駆け寄り、住民たちへ搬送の指示をする。
流石に教会の関係者に言われたことならばと、住民たちが動いたのを確認して、自分たちはハナさんとアリューゼさんを追うため走り出した。




