第117話 『そんなに遠いところからはるばると』
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――それは、二年生に上がってから二ヶ月余りが過ぎたあたり。折れた腕もすっかり完治した頃だった。
「君たちも二年生に上がったことだし、そろそろ“こういった依頼”も任せてもいいと思うんだけど……いかがかな?」
高額報酬の依頼が来ていると学園長室に呼ばれ、メンバー全員でその依頼書に目を通してみると――そこにあったのは、これまでとは少し毛色の違う内容。
「この世界で生きていくためには、魔物だけを相手にしているだけでは不十分なんだよ。悪意を持ったヒトと対峙することもある。時にそれは、魔物以上の驚異にだってなるんだ」
「村を襲う野盗の退治……」
とうとう相手が人になってんじゃねぇか。
……流石に、魔物と人じゃあワケが違う。人を死ぬ場面を見たことはあるが、自分が直接手をかけたことは一度だってないし、たとえこんな世界だとしても、そんな経験をしているようなのはいないだろう。
はい分かりましたと、二つ返事に受けるのも憚られる。
「――別に殺害を目的としているわけじゃあないから、安心してほしい」
そんな自分の考えが表情に出ていたのか、学園長はそう付け加えた。
「捕らえてどこかに突き出すか、そうでなければ多少痛い目に遭わせて村に近づかないようにすればいい。君たちの能力があれば、それぐらいなら可能だと僕は見たんだけどね」
所詮は野盗の集まり、それほど大規模なものではないが、負傷者が出たということで、解決に乗り出さなくてはならなくなったとのこと。
こうして依頼を取ってきた以上は、誰かを送らなくてはならない。他の者を選ぶにしろ時間がかかると言われてしまっては、頷かないわけにはいかなかった。
「若い君たちには幾らでも選択肢がある。けれど、第一に。誰かを助けることができる、その力があるということも知ってから、この学園を卒業して欲しいんだ」
「……で、そのグロッグラーンって村にはまだ着かないのか?」
日中にも関わらず薄暗い森の中で、ヒューゴに尋ねられた。
……一応、出発前に地図には目を通しているはずなんだけどな?
『グロッグラーンの教会に依頼主がいるから。そこでヨシュアの使いと言えば、伝わるはずだよ』
そう学園長に言われた村は、学園から遠く東にあるとのことで。馬車で行けたのは、その手前にある大きな森の入口まで。そこからは徒歩で森を抜けるしかなかった。
魔物を蹴散らしながら進んでもう三時間ほど経過したところで、ヒューゴが声を上げたのだった。音を上げた、というよりも退屈し始めたんだろうな。所々にヒトが通るための道はあるのだけれども、視界はずっと木々に埋め尽くされているのだから。
「途中で方角が逸れてるってこたぁないから、もう少しだとは思うけどな」
長いこと森で暮らしていた自分もいるし、ハナさんの妖精もナビゲートしてくれるから、心配することは無いと思うんだけど。
「この先に開けた場所があるみたいですよ」
――ハナさんは、土の妖精と契約している妖精魔法師。生命を育む大地の力。森の植物も、彼女の契約の範囲内。屋外――こと森林などにおいては、これほど頼れる存在もなかった。
「おし! そこで一旦休憩しようぜ!」
「さんせーい!」
「休むのもいいけど……アリエス」
意気揚々とスキップしているところに水を差すのも気が引けるけれども、これもリーダーが指示しないといけないことだろう。
「まずは空から場所を確認してくれな」
「りょ、りょうかーい……」
このメンバーの中で、そらを飛べるのはアリエスだけだ。空高くから辺りを見渡すことができる、というのはシンプルだけども最適な状況把握の手段。使えるのなら、使わない手はない。
……とはいえ、今は学外だし、魔力の消費を抑える腕輪もない。
森の中での移動ですら乗りたがっていたのだから、止めさせるのには苦労した。
――そうして、ハナさんの言ったとおり。ちょうど木々の密集度合いが低く、青空を望める開けた場所に出た。
腰掛けるのにちょうどいい岩が幾つかあり、そこにヒューゴとハナさんが腰掛ける。自分も荷物を置いてから、ロアーを展開しているアリエスの方へ寄る。
荷物から出したソフトボール大の機石装置。アリエスが魔力を流し込むと、機石を覆っていた甲殻が少しずつ開いていき、機石バイクの形を成していく。
持ち運べるように圧縮できるって、割と凄い技術だと思うんだけど。その気になれば、旅行鞄サイズの機石装置から小さな小屋ぐらいは出せるんじゃなかろうか。
「よしよし、それじゃあ快適な空の旅に行って――」
ロアーに跨がり魔力を流していたアリエスだったが、こちらをじっと見つめて。
「……テイルも乗る?」
「一人で行って来い」
なんでお前と二人乗りに興じないといかんのだ。
当初の予定よりは早く進めているものの、ここで遊ぶ余裕があるわけでもない。
『上空からの観測が終わり次第、出発するんだからな』とアリエスを急かすと、アリエスだけじゃなくヒューゴからも『ええぇぇぇ』と声が上がった。隣に座っていたハナさんも苦笑いである。
「お前らなぁ……」
……学園長の話では、少し遅れてココさんとトト先輩が応援に来るらしい。逆を言えば、それまでは自分達だけで慣れない依頼を進めていく必要があるわけで。張りつめすぎるのも良くはないが、気を抜き過ぎだと思うのは自分だけなのだろうか。
「――で、どうだった?」
「割と出口は近いみたい。あと――村の入口は森の反対側っぽいね」
緩やかに降下してきたアリエスが、見えた景色を簡潔に教えてくれる。
エンジン全開で飛び上がった時には、大丈夫かコイツとも思ったけれど……。多少はストレスが溜まってたんだろうな。森の中では木々が密集していたし、数時間は乗れずにいたのだから。
「あ、それと森を出たとこに小さな小屋も」
「……小屋が?」
ヒトが住んでいるのだろうか。でも、入り口の反対側に?
「見張りかな……村には鐘楼もあったけど」
「まぁ、おかしいことじゃない。か……」
学園の中で長く生活していると麻痺してくるけど、街の外へ出ると魔物の脅威にさらされるのが当たり前なのだ。流石に、人の多い街の中にまで入ってくるとはあまり聞かないが――小さな村となると、軽々と塀を飛び越えて入ってきて、人を襲うこともあるらしい。
日中はともかく。夜になると、交代で辺りを警戒するのが普通だと授業で聞いた。
……アリエスが飛んでるところを見られただろうか。
下手に怪しまれないといいけど。
「こんな森、さっさと出ようぜ! 腹が減ってきたしよ!」
そう言うヒューゴを先頭に、森の出口へと再び歩き出した。
「あ、ほらほら。あの小屋だよ」
アリエスの言った通り、森を出たすぐ先には小さな小屋があった。
村を囲む高さ三メートルほどの塀から少し離れて建てられており、隣には野菜を育てるための畑もある。ぽつんとたった一軒だけ。ぱっと見ただけでも、人が住む為に建てられているものだということが分かった。
でも……気のせいだろうか。
見張りというよりも、それが締め出されているように見えるのは。
「あら、誰か出てきましたね」
「……女の人?」
中から木製のバケツを片手に提げ、自分たちと同じぐらいの年齢の少女が出てきた。全身は、ふわりと膨らんだケープコートで覆われて。ゆらゆらと揺れる長い髪は瞳と同じ薄水色。
「……どうする?」
「そりゃあ、話を聞くぐらいはいいんじゃないか」
そんなに気になるオーラを出されては、こう言うしかないだろう。見た目からして、危ない雰囲気はしないし……村に入る前に少し話を聞いてみても損はないはず。
「あの――私達、森を抜けて来たんだけど……」
「――はい?」
腰には上品な装飾を拵えた剣が提げられていた。
……この娘も戦うのだろうか。
「この村ってグロッグラーンで合ってるのかな?」
「…………」
こちらの様子を訝しげに観察したあと、『ふぅ』と小さくため息を吐く。そして、こちらに敵意がないことが分かると、微笑みながら持っていたバケツを脇に置いた。
「どうやら、旅の方のようですね。すいません。近頃野盗が出没しているので……」
「俺たち、この村の教会に用があるんだけど……」
依頼主以外の人には、魔法学園から来たということは極力明かさずに――ということなので、あくまで近くの地方から旅をしている、ということを伝えてみる。
「まぁ、そんなに遠いところからはるばると――」
聞けば、どちらかといえば閉鎖的な村のようで。限られた村からとの交易で生活が成り立っており、旅人も訪れはするものの、ほんとにチラホラといったところらしい。
それだったら、依頼主も自分たちを認識しやすいだろう。
そういうケースがあるのかは分からないけども、人違いされても困るし。
「私達と同じぐらいなのに、一人で暮らしてるの? えーと……」
「あ、自己紹介がまだでしたね。私はアリューゼ」
アリューゼと名乗った少女は、静かに胸の前で手を組んだ。
それは実に様になっていて。髪の色も相まって、神聖な空気すら感じられた。
「普段はこの村の――グロッグラーンの教会に、シスターとして従事しています」




