第106話 『私は殺していない』
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「衰弱してはいるが、君のその身体なら放っておいても自然に回復するだろう。身柄を拘束するにしても、手荒なことはしたくない。――しばらく、この中に入ってもらうけどいいかい?」
そう言って学園長が取り出したのは、透明な小さなケースだった。六角形のガラス張りの箱が、鳥かごのように土台に吊るされている。
魔道具なのか、それともアーティファクトなのか。自分には判別がつかないけれども、少なくとも、ヤーン先輩を入れておく“檻”であるのは間違いなかった。
「……はい」
抵抗することもなく、ヤーン先輩は学園長に対して頷き。『よろしい』と短く答えた学園長は、パチンッと指を鳴らす。
鏡のアーティファクトの時と同じような光があたりを包むと、次の瞬間にはヤーン先輩の姿は消え、ガラス張りの箱の中に、まるでミニチュア模型のように収まっていた。
ヤーン先輩から聞きたいことは山ほどあった。……けれど、それを学園長の前で尋ねるのも憚られて。そうして逡巡しているうちに、そう学園長に急かされる形で、ルルル先輩共々部屋から出ていく。
「アルル・ルード君も私が連れて行こう。その腕をウィルベル先生に治療してもらわないとね。さぁ、全員廊下へ」
どうやら、学園長はこれ以上話を続けるつもりも無いようで、促すようにルルル先輩を保健室へと連れていく。
事前に『落ち着いてから、ゆっくりと話し合いたまえ』と釘を刺されていることもあって、ルルル先輩に付き添うとも言い出せなかった自分たちは、【知識の樹】の部屋へと戻っていった。
「――――」
部屋のソファに腰掛けていても、気分が落ち着くかと言われればそうでもなく。全員がまだ混乱していて。頭のなかで考えが纏まらなかったのだと思う。各々が適当に時間を潰していても、どこか上の空に近かった。
「…………」
特に誰がというわけでもなく。
チラチラと、視線が“開かずの扉”に向けられる。
【真実の羽根】で大立ち回りをしたヴァレリア先輩は『眠る』と言っていたし、いつものように奥にいるのだろうか。先輩抜きの四人でいるのは、普段とそう変わらないはずなのに――
これが、どこか“欠けた”ような空気ってやつなんだろうか。
一日、二日と時が過ぎていくにつれ、ぽつぽつと話をすることもあった。けれど結局のところ、自分たちは何も分からないままに巻き込まれたに過ぎないのだし、これといって何か実のある話をすることもなかった。
そうして、もやもやとした気分のままに数日を過ごして。そのなかで、今回の騒ぎに対して、学園に殆ど何も変化がないのが不思議だった。
唯一、ヤーン先輩が禁止されている魔導書の所持によって“退学処分”になったとだけ知らされた。しかしそれだけだ。学生大会やスカイレース大会の裏で動いていたことについては、驚くぐらい何にも触れられていなかった。
……ルルル先輩も、あれから校内新聞を出していない。
真っ先に何もかもを洗いざらいに公表する人だと思っていたのだけれど、学園長に口止めされたのだろうか。直接会って話をしようにも、【真実の羽根】の部屋には来ていないようで。
壁も窓も、机でさえも。何もかもが元通りになっていた。
何もなかったと言わんばかりの空間に、ちくりと嫌な感じに胸が痛む。
女子寮でも顔を合わせることがないようで。
部屋を訪ねたアリエスとハナさんの話を聞いても、反応がないらしい。
事件のこともそうだし、ヤーン先輩の退学を聞いて、一番ショックを受けたのは先輩だろうし。……無理に何かを聞くつもりもない。けれど、せめて顔を合わせて話をするぐらいはしたいと思うのは、後輩としてなにも不思議なことでもないと思う。
こうなると、話せるタイミングはあと一つしかない。
卒業式当日には、先輩……出てくるよな?
そうして、当日はどうしようか画策していた時だった。
「あーあー。やっと調子が戻ってきた」
もう一人の当事者とも言える先輩が。現在のルルル先輩以上に引きこもりが板についている先輩が。天岩戸から出てきた卑弥呼よろしく、ゆるゆると出てきたのは。つっても、そんな昔の人間じゃないから、その時の様子なんて知らないけど。
「すっきり目が覚めたよ。皆の衆、おはよう!」
「お、おはよう……ございます……」
急に快活に挨拶されても、こちらは戸惑うんだけど。
なんで、体調が戻って早々にハイになってんだ。
「先輩! あの時は助けてくれて、本当にありがとうございました!」
「いーのいーの。後輩を助けるのは先輩の義務だしさぁ。あっはっは!」
先輩はいつも通りの、へらへらとした様子。ヒューゴも、アリエスも、ハナさんもほっと息を吐くと、これまたいつも通りに雑談や各々やりたいことに興じる。
アリエスはハナさんの読んでいる本について興味を持っているようだし。
――そもそも、あれはアリエスが貸したものだったか。
そしてヒューゴの方はというと、珍しく遠慮げに先輩に話しかけていた。
「えーっと……先輩。あの魔法……教えてもらえねぇっすか」
「あの魔法?」
「あー……先輩が廊下で糸を焼いたやつです」
先輩が使ったときは詠唱も無かったし、精度も速度も段違いだった。あれをヒューゴに使うよう頼んだのは自分だったけども、本人は調整を失敗したことに少し責任を感じているらしい。珍しいな、ヒューゴにしては。
「あの時は、少し失敗しちまったからさ……」
「別にそこまで気にしてないけどな」
「おーおー、いいぞ。まずは燃やしたい対象だけを指定してだなぁ……」
「あの! ここじゃなくて“下”でやってくれませんかね!!」
間違って、本だのなんだのを焼かれても面倒だからさぁ!
さっそく手の上で魔法陣を広げる先輩に、思わず突っ込みを入れる。
そんな感じで、ヴァレリア先輩はヒューゴと共に魔法の練習に、下へと降りて行き。付いていくタイミングを失った自分は、特に何をするでもなく。
あっという間に時間が過ぎて。
「――でも、本当にすごかったね、先輩。無敵って感じで」
「俺も、先輩みたいに強くなれりゃあなー」
「体調が治ったみたいで、本当によかったです」
そんな話をしながら、先輩を残して寮へと戻った。
――というのは大嘘で。
適当に理由を付けてグループ室に戻った自分は、例の引き籠り部屋の前にいる。
「ヴァレリア先輩……」
少し躊躇いはあったけども、その名前を呼んでみた。
普段は呼んでもないのに聞きつけるぐらいの地獄耳だ。まさか、今この瞬間だけ、都合が悪く聞こえなかった、なんてことはないだろう。寝ていたら、まぁ仕方ないけど。むしろ、これで目が覚めて文句を言われるのだろうか。
……別に。最悪、そんなことになっても構わないか。
こっちだって、譲れない理由がある。
そんな願いが通じたのか。返事は返ってはこなかったものの、扉の向こうで何かが動く気配がした。とはいえ、名前を呼んだとおり先輩しか該当するものはないのだけれど。
足音は、少しずつこちらへと歩いてくるものの、扉の向こう側でぴたりと止まった。『続けろ』という意味だろうか。というか、勝手にそう解釈した。
「……俺、聞こえてたんです。先輩が誰かを――先生を殺したって」
「――――」
『はぁ……』と小さく息を吐く音が聞こえた。
そして――
「うわあっ!?」
勢いよく扉が開かれたせいで、ふっ飛ばされるところだった。
慌てて避けたから怪我しなかったけど!
普通、もう少しゆっくり開けるだろ!?
一瞬、部屋の中がちらりと見えたような気がした。中にあるのはただのベッド……だったか? どうやら本当に寝室のようなものらしい。
りょ、寮との行き来すら面倒なのか……。
引きこもり、ここに極まれり。
自分も便利だなぁとは思ったけど、流石に毎日は無理な気がした。
「…………」
で、先輩はというと。
あれだけ寝ていて、まだ寝足りなかったのだろうか。赤く長い髪は、所々跳ねていて。眠そうに片目を瞑りながら、欠伸混じりに頭をわしわしと搔いていた。
そして、半分起きているかどうかの状態で、腕を組み一言。
「……私は殺していない」
「は、はぁ……」
あまりにもすっぱりと否定されたもので、どこか拍子抜けして。
もう少し……動揺するとか、口ごもるとか。いや、そもそも先輩にそういったことを期待する方が間違いだったか。逆に『そうだ、私が殺した』と言われても、どう反応するかなんて考えていなかったのだけれど。
でも……この言葉を素直に信じていいのか?
ヤーン先輩は真剣そのものだった。その先輩が言ったのだ。
『先生の死の瞬間、君はその場にいた筈だ!』と。
「嘘は吐いていない。それだけは断言する。……まぁ、そうしなければならない時が来たら、迷わず手を汚す覚悟はあるがね」
自分の考えを知ってか知らずか。先輩の口から出たのは『嘘は吐いていない』という言葉だった。
ヴァレリア先輩のことを信じるとして……。本当は何があったのか、ヤーン先輩の誤解だったのかぐらいは教えてくれてもいいんじゃないだろうか。
「それなら、詳しい話も――」
「……が、話せるのはここまでだ。これ以上知りたいのなら――」
話してくれるだろうと、そう簡単には事は進まないらしい。分かっていたと言わんばかりに、言おうとしていたことを遮られ、更には頭の上に手を乗せられる。
「私より、強くなることだ。それじゃあ、また明日な」
まるで子供扱いされるように、頭をポンポンとされて。
ただでさえ身長差があるというのに、これ以上身長が伸びなくなったらどうするのか。自分としては、あまり良い気がしないので、その手から逃れるように下がると――
「卒業式が終われば、学年も上がる。二年生になるんだろ。ボーっと過ごしていると、一年なんてあっという間だぞ」
そう先輩風を吹かせながら、扉を閉められてしまった。
どうやら、今回はこれで時間切れらしい。
…………。
「“二年生”なぁ……」
自分としては、わりと必死に過ごしていた一年なんだけど。
普通に三年間の学園生活を過ごして、卒業するつもりだけれど。残りの二年間で、先輩に勝てるようになるのだろうか。
そんな未来を全く想像できないのが、我ながら情けない。
「はぁ……。結局『強くなれ』、か」
どうやら――二年に上っても、課題は山積みの様だった。




