第93話 【そのまま突っ切る――!】
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大きな影が右から左。視界を横切っていく。
小さな建物ぐらいある魚が、なんと空を飛んでいた。
――悲しいかなぁ。
それは空を泳ぐ、だなんて幻想的な表現とは程遠くて。
まるで見えない巨人が、その尾を掴んで投げ飛ばしたかのようだった。
話すところを間違えれば、夢物語だと笑われてしまうような出来事が、私の目の前で起きている。
この世にも奇妙な現象は、一人の生徒――トト先輩によるもの。間接的ならば妨害も許されるとわかるや否や、先輩の暴れっぷりといったら……。
『さぁ、巨体が次から次に空を舞う! ……というよりも、放り投げられていると表現した方が正しいですが。……参加者の皆さんはなんとか頑張って、第二ブロックを通過してくださいね!』
「そんな無茶なぁ……」
目の前で、巨大魚が水面に横殴りに叩きつけられていく。
トト先輩・ココさんの二人が依然として独走中だったこともあって、万が一こちらに飛んできたからといって、避けられない程じゃない。
水中から襲ってくる魚から、他の参加者は逃げるだけで精一杯だっていうのに……トト先輩にとっては、全然脅威になっていない。
飛んできては捕まえて、ココさんの方へと次々に放りなげていく。まるでオモチャ扱いだった。
「うっわぁ……」
学生大会の決勝戦、キリカちゃんとリーオ君の戦いでも規模が違いすぎて呆然としたけど……これも大概ぶっ飛んでいると言わざるを得ない。
飛びかかってくる巨大魚を、簡単に絡めとって投げるトト先輩も凄いし。至近距離でぶん投げられたものを、すいすいと躱すココさんも凄い。
なにかを物理的に操るのは魂使魔法師の得意分野といっても、これはもう普通の域を越えている。
こんなものの間に入るつもりもないし。入れる気もしないし。私みたいな平々凡々な分類にいる女の子は、するっと横に避けるに限るよね。
……少し悔しいけれども、今回のイベントはレース大会。
別に力が強い方が勝つわけじゃない。
とにかく、ゴールに一番早く着いた者の勝ちなんだから。
だから――
「二人がわちゃわちゃしている間に――」
一気に前に出る!
魔力を一気に注ぎ込み、ロアーの出力を全開にした。
機石の力で推進力を生み出す前後の球が、唸りを上げる。
……うん、うん。調子は上々。
ここまでも特に問題は起きてないし。
しっかり手をかけて調整した成果は出ている。
「くぅぅ、これはちょっと……怖いかも……」
一気に高度を下げて、できるだけトト先輩たちに巻き込まれないように。そう思うのだけれど、前に進む速度は上の二人とそう差がつかない。
なんとか追いついて、そこから二人の間に並ぶ形。
頭上を飛ぶ巨大魚は、いつの間にやら、上で左右に行ったり来たりしていた。どうやら、トトさんが投げられた魚をキャッチして、投げ返しているらしく、とても危なっかしい。
受け止める魔法糸の強度はどうなってんの。そもそも、どうしてその質量を受け止めて、姿勢がぶれてないの。
そんな疑問が湧くのだけれど、そういった問題も些細な程度にまで押し込めるのが、才能という奴なんだろう。
トト・ヴェルデとココ・ヴェルデ。
生まれた時代に違いはあれど、同じ技、同じ“血”。本来比肩することのなかった二人が、こうして正面からぶつかり合って。
どちらが先に受け止めきれなくなるか、力比べをしているような。そんな雰囲気すら感じ取れた。
いやいやいや……。
こんなところで落とされでもしたら……。
私、ペチャンコになっちゃうんですけど!?
「なんで、こんなところまで持ってきてるのよー!」
どんどん速度を増して往復していて、それがずっと続いている。二人の間から外れようと動くにしても、速度を落とさずというのが難しい。
「っ――! 見えたっ、第三ブロック!!」
正面には、ごつごつとした岩肌が並ぶ山々の姿。
コースとして設定されているのはその根元――大きく口を開けている洞窟の方。
一定の大きさ以上の乗り物に乗っている参加者は、どうしたって回り道をすることを強いられる。入り組んだ道を上下左右に動けるかどうかが、このコースを通過する上で重要になってくる。
事前に中を見たわけじゃないけれど、ココさんとトト先輩のゴゥレムなら、難なく通過できそう。私のロアーでも、なんとかなるぐらいの広さはありそうだった。
ということは、やっぱりこの三人で同じコースを飛び、速度と操縦技術を競ってゴールまで行かなければならない。
……んー。ぜったい旗色が悪い。
直線距離ならまだしも、グネグネと曲がっているような道だと、ゴゥレムに軍配が上がるに決まってる。
「……どうしよう……、って言ったって、行くしかないんだけど――」
――と悩んでいる時だった。
後ろの方でこれまでのざわつきとは違う種類の声が上がっていた。ヴェルデ家の二人に対してのものとは違う。
何だろう。いったい後ろの方で何が起きているのか。
ちらりとだけ後ろを観ると、誰かが猛スピードで追い上げてきているのが見えた。
一人、二人とどんどん抜いて、こちらに迫ってくる。
背中に翼――キリカちゃん?
でもなんだか、翼の形が変わっているような。
「んー……? ――何の音っ!?」
もっとよく見ようとしたところで、今度は前方からドズンと重い音が響いた。
何か大きなものが地面に落ちたような音。
視線を前に戻し、その光景を見て、唖然とする。
洞窟の入口があるその真上に、さっきから宙を舞っていた巨大魚の姿があった。岩肌に叩きつけられ、跳ねる力も残っていないのか、ずるずると落ちていく。
ココ先輩か、トトさんか。どちらが離したのか分からないけれど、まぎれもなくあの巨大魚である。
「――入口が……崩れる!?」
どちらにしろ同じ道を飛ぶのならば、圧倒的に前の二人の方が有利。
……どうする?
この状況で、どうすればいい?
がらがらと上の方からは岩が落ちてきている。
下手をすると洞窟の中の方まで崩れているかも。
それでも――
「ちょっと、貴女危ないわよ――っ!」
「そのまま突っ切る――!」
無理をしろと、私の直感が言っていた。
一か八かじゃない。運に任せるわけじゃない。
自分の判断で、勝利を掴みたいと、私はみんなに言った。
多少の怪我をしてでも、ここを抜けないと!
「っ!! ~~~~痛ぁ……」
割と大粒の瓦礫がパラパラと肩に落ちるどころの話じゃなく降ってきて。
最悪なことに、こぶし大のものが頭に落ちてきた。
ごんっという鈍い音と、頭を揺さぶられる感覚。
多少の怪我って言ったけど、なにも頭に落ちてくるこたぁないじゃない。
『ついてない!』と愚痴ったってバチは当たらないだろう。
けれど痛んだ頭をさする余裕すらない。幸い中は崩れてないみたいだから、この入口さえ抜けてしまえば――
「――っ」
ふと視界が暗くなった。頭を打った影響?
いや、不自然に小石が落ちてこなくなったということは……。
それだけ大きな岩が頭上にあるということ。
……まずいっ。避けられない。
無理を承知で、もう一段階魔力を無理矢理に流し込もうとしたとき――
「――アルメシア!」
「ルロワ!」
先輩とココさんの、ゴゥレムを呼ぶ声がした。
「――――っ!?」
自分に落ちてくるはずの岩が、影ごと消えた。
なんとか洞窟の中に飛び込んだ次の瞬間、入口が完全に崩れた。
「っ! あいたぁっ!」
勢いあまって、洞窟の壁に思いっきりロアーの車体をぶつけて、慌てて体制を取り直す。なんとか下に落ちず、脱落だけは免れたけど――暗いや。
腰の荷物入れから機石を一つ取り出す。
魔力を流せば、光を灯しながら術者の周囲に付いていてくれる優れものだ。
リガートが、まるで日の下にいるぐらいに、洞窟の中を照らす。
……うん。中はそこまで酷く崩れてないみたい。
この様子だと、しっかりとコースも通れるはず。
偶然、というか半ば無理矢理に体をねじ込んだ形だけど、結果的にはこの道を通れるのは私だけという状況になった。これは大きなアドバンテージ。まだ、優勝の可能性は潰えていない。それだけでも、私が走り続けるには十分な理由だった。
「はぁ……っ! あい、たたた……」
身体の節々が痛む。一番ひどいのは、岩がぶつかってきた頭だ。
心臓の動きに合わせて、じくじくと痛む。さするとぬるりとした感触があった。
……うわぁ、血が出てる。
知らないうちに、顔にまで垂れていたらしい。
ゴーグルのおかげで目に入らなかったのは重畳だった。
このままじゃ、レースに支障が出てしまう。
応急処置だけして、次はロアーの調子を見る。
とはいっても、下に降りるわけにもいかないから、跨ったままで目視点検。正面ヨシ。背面ヨシ。左右は――
「うわぁ……。うわー? うわー!」
避けきれなかったのは重々承知だったけど、少し嫌なところに当たっちゃったかも……。どうりで、さっきから出力が少し安定しないわけだ。見れば見るほど状態が良くないように思えて、『うわぁ』の三段活用まで出てきてしまった。
「……お願い。あともう少しだけ、もってよね……」
そう呟いて、機体を一撫でして。
私は洞窟の奥へとロアーを走らせた。




