第92話 【安心して食べられてくださいネっ♪】
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『――さぁ、第二ブロックは湖エリア!』
どこからともなく、ウェルミ先輩の声が機石装置を通して響く。
『広大な自然区の中でも、一際目を引く場所です! 食材を採るもよし、素材を採取るもよし! 学園ができる前には、精霊が棲んでいたという逸話まであるそうです! さぁ、この湖の上を真っ直ぐ通過することができれば、一気に距離を短縮することができるが!?』
「この上を――」
湖面は風に撫でられ、静かに波打っていた。
水は濁っているというよりも、深すぎて底が見えない感じ。
ここから食材とかを調達する人もいるって言ってるし。
魚ぐらいは泳いでいるんだろうけど――
……うん。普通の、なんの変哲のない、少し大きいだけの湖だ。
特に障害物が飛び出しているわけでもない、見晴らしのいい湖。
でも……激しく嫌な予感がするのはなんでだろう。
「――――っ」
タミルちゃんは、意外にも湖の上ではなく、回り道のコースを選んでいた。
木を渡る時に活躍していた大きな鉤爪は、今では収まっていて、背中には再び翼が生えている。森の中でも思ったけど、出し入れ自由なんだ、あれ。
「うーん?」
湖上のルートを避けたのは、理由があってのこと?
何かを察知した? もしくは、事前になにか情報を得ていて、それを避けた?
それとも、長時間連続して飛べないだとか、タミルちゃん自身の都合?
「……ううん。そんなことを考えている暇があったら、前に進まないと」
そうこうしている間にも、既に何人も湖エリアに入っている。
先輩たちだって、迷わず湖を通過することを選んでいた。
こんなとこで立ち往生して、先頭と距離を離されるわけにはいかない。
さ、最短距離で突っ切るって決めたんだし。
多少のリスクは承知の上!
「これくらいのことに臆していちゃ、賭け事好きの名が廃るってもの!」
障害物がないのなら、最高速度の優劣が順位に直結する。
出力をどんどん上げて、猛スピードで湖上へと入った。
私の機石バイクだって、この点なら先輩たちにだって負けちゃいない。だいぶこの子も温まってきているし、思いっきり出力を上げて、追いついて――……?
「……――っ!?」
だいぶ前の方――先頭を飛ぶトトさんたちに追い縋るようにしていた人たちのいるあたりの水面が、不自然に大きく盛り上がり始めたのが見えた。
「わ、わわ、あわわわ……」
勢いそのままに、盛大に水しぶきを散らしながら。空へと舞いあがるように飛び出した“それ”は――湖上に大きな影を落としていく。
いったい水中でどれだけの推進力を得れば、ここまでの巨体を飛ばすことができるのか。湖面から現れたのは――“超”巨大な魚。大きさで言えば、工場で見た機石兵器ぐらいあった。
周りを飛んでいるヒトからも、動揺が走っているのが見て取れた。
私だって、今気づかずに『ひえぇぇぇ』ぐらいは声が漏れていたかもしれない。
それに――もっと恐ろしいことに気が付いてしまった。
さっきまで前を飛んでいた参加者は、どこにいったんだろう?
小さな翼をバタバタと羽ばたかせる魔物に乗っていた参加者は――
まさか……丸呑みにされちゃった?
「え゛え゛え゛えぇぇえ!?」
いやいやいやいや、流石にこんな危険なレースだなんて聞いてないよー?
助けないとマズイよね? 無理無理、あんなのどうやって助けろと。
しかも、この後の展開って……。
「――っ! ああもうっ!」
水中からの襲撃だけでも度肝を抜かれたのに、危機はそれだけじゃない。
飛び上がってきたのなら、当然その後は落下してくる。
相当の質量が、相当な高度から落下してくる。
下が地面ならまだしも、ここは湖の上――予想される結果は一つ。
極太の水柱が立ちのぼり、大量の水飛沫と大波が迫っていた。
「うわ、うわ、うわわわっ!?」
波の高さは視界を埋め尽くすほど。ロアーの高度を上げて乗り越え――るのも無理。ここから出力を上げても間に合わない。
けど、反転して後ろに逃げるわけにもいかないし。
せめて横に進路を切り替えて、全力で離脱!
後ろの方では、何人かが波に飲まれて悲鳴を上げていた。
急に進路を変更できなかったり、速度が足りなくて逃げ切れなかったり。
森林エリアの時とは、まるで違う能力を要求されている。
「た、食べられちゃった……」
さっき巨大魚が飛び出してきたときもそうだし……下手すると、いま湖に落ちた人たちもこのまま餌になりかねない。
水が濁っているおかげで、見えないのが幸い――って全然幸いじゃない!
「――――」
眼下で起きている惨劇に、もう唖然とするしかない。
『あー、あー、あー! 参加者の皆様、聞こえているでしょうかっ!』
「っ! ウェルミ先輩の声――!」
流石に死者が出てしまっては、レースどころじゃないよね。まさか、ここで中止? でも、なんで焦った様子がこれっぽっちも感じられないのかな?
『ここで臨時のお知らせ! えー、命の危機に瀕した参加者はー、こちらで魔法にて救助しまーす! 万が一、死亡していても蘇生させますので! 安心して食べられてくださいネっ♪』
「えええぇぇぇぇ……」
蘇生するとかしないとか、そういう問題じゃなくって!
誰だって、一度たりとも死なずに人生を全うしたいんだけど!?
このアナウンスを皮切りに、湖の中に大きな魚影がいくつも浮かびあがる。
……まさかの一匹じゃないってオチだった。
流石にこれには『冗談じゃない!』と、慌てて湖の外に向かう参加者も出てきていたけど……そう簡単に逃げられる状況でもない。大半の参加者は、既に湖の中ほど。みんな真っ直ぐ突っ切るつもりだったんだから、回り道コースからは離れていた。
……私も例外じゃないけど、ここで引き下がるわけにはいかない。
安全な道になんとか戻ったとしても、先頭から引き離されるだけだし。
ピンチとチャンスは紙一重って、いつだったかテイルが言ってたし。
「先輩とココさんは……もうあんな遠くに――!?」
水中から飛び出してくる魚をものともせず。水しぶきを軽々よけながら。
それでも、お互いを牽制し合いながら、先頭を二人で独走していた。
まるで蜂のように乱雑に飛び回りながらも、隙なんて全く無さそうで。
今なんて、糸を使ったのか、すっぱりと魚が三枚におろされていた。
「危なぁ……っ」
切り身になっても大きいものは大きい。水の抵抗をモロにうけて、飛沫が更に広範囲にまで広がっていた。
私は結構高度を上げていたから、直撃は受けなかったけど……それでもビショビショになっちゃってる。ゴーグルのおかげで視界は良好なのが救いかな。
『魔物がぶつかってしまった時は仕方ないですが、糸で直接、他の参加者を妨害したりしたらダメですからねー!』
「もちろん、わかってるわよー」
「チッ……」
ウェルミ先輩は、森の中でのことを把握しているのかな。
私は実際に糸を見たわけじゃないし、タミルちゃんも“何か”としか言っていなかったから、一概に先輩たちが犯人とは言い切れないけど。
でも……。
「うわぁ……」
湖から飛び出した巨大魚が、不自然に空中で動きを止め――突然なにかに引っ張られたように、方向を変えてココさんの方へと飛んでいった。
間違いない。トト先輩が捕らえてぶん投げたんだ。
間接的な妨害は違反じゃない――!
ウェルミ先輩の言葉を聞いた時に、トト先輩の目がギラリと怪しく光ったのは、どうやら気のせいじゃないみたいだった……。




