逃走、そして出会い
王の玉座から退出させられた辰は現在、騎士に連れられ自分の部屋に来ていた
「明日の朝には、お前はこの王国から出る。せめて、今だけでもゆっくり休むといい」
騎士の女性は辰を痛いたしい表情で見るとせめて今日だけは休むように、と言い残し部屋を出ていった
「もう……もうどうでもいいや」
辰は諦めを滲ませた声音で呟き、そのままフラフラとベットに潜り込んでしまった。
辰は最初にスキルを貰っていてから既に心にキズが入り始めていたが、それを誤魔化していた
「なんで……なんで俺ばっかがこんな目に遭わなくちゃいけないんだよ」
もう逃げたい、こんな事になるなら最初から異世界転移なんて望まなかった。そんな黒い感情が辰の中を蠢いていた
「そうだ、逃げればいい」
辰は最初はヤケになった呟きだった、だがこの行動こそが辰自身の底から出てきた願望であった
「あぁ、つくづくテンプレ通りだな」
夜の廊下、地球とは違い薄暗く人一人いない静かで薄気味悪い廊下を音を立てないように慎重にゆっくりと外に向けて進んでいった
「………」
辰は現在訓練に使っていた広場に来ていた。王宮の門は常に門番がいると考えた辰は木を使えば塀を超えることもできるだろうと、あたりをつけたからだ
「………よいしょ」
木を登り始めて見た、この世界の町。それは辰が真に夢見ていた心躍るに十分に足る光景だった
「はぁ」
それだけで逃げてきた価値を感じられるほどの光景へのため息。これからの誰にも管理されない生活へのため息。
ヒョイと木を降り塀の外に出た辰は王宮から距離を離すために走りだした
「これからからどうしよっかな」
王宮から休憩を挟んだとはいえ、30分ほど走り続けた辰は疲れで息を上げていたもののそう呟いた
その声は住む場所がなく一文なしの者が呟くとは思えないほど、明るい声音をだした辰はとりあえず夜を明かす場所をさがしていた
「一文なしだし宿に泊まる事もできないし
やっぱ野宿かぁ」
それは、野宿をするべく何処かいい場所はないかと探しているときだった
トットッ
「ん? 痛っ」
「助けて!」
「女の子?」
その女の子はフードを被っていて最初は分からなかったが声は女性のそれで。何かに追われているような急いだ様子だった
「おいおい、嬢ちゃん人のもん取っといて逃げるたぁどういうこったぁ」
道の奥から出てきたのは人相の悪いいかにもな男で、何かを狙っているような鋭い目つきで少女を見ていた
「最初から言ってるでしょ! この魔石は私が持ってたものよ!」
「んなもん関係ねぇよ、それは俺のもんだ」
「人の物を取るのはいけないことだって教えて貰わなかったの!?」
「わりぃが、それが仕事でな。嬢ちゃん
そろそろ渡してくれねぇと、俺も優しいから我慢してるんだぜ」
「っ……お兄さん! 助けて!」
(逃げた途端からこれかよ……でも俺は
いたいけな少女を見殺しにするほどの、鬼畜じゃないからな……よし、いっちょ漫画通りにやってみるか)
男が拳を握りしめて「邪魔すんならわかってんだろうなぁ」と言うが辰は男に向けて負けんばかりの眼光を叩きつけ言った
「お前こそわかってんのか? 俺がお前を見逃してやっていることに」
「はぁ? 急に何を言い出すかと思えば、
怖過ぎて頭をやっちまったか?、特別に教えてやるが俺は冒険者ランク銅だ、そこら辺のガキに負けるほど弱かないぜ」
「だから何だ?」
「ガキが、お前に現実ってやつを教えてやるよ!」
男の拳が握り締められ、辰に殴りかかろうとしたとき
シュッ
「は? 何で俺の腕から血が」
「だから言っただろう、お前は見逃されているだけだと」
「は!? オメェ一体何をした」
「逃げるなら今のうちに、だぞ? これ以上は俺が許さん」
男は苦虫を噛み潰したような表情で数秒考えた後に
「チッ、覚えとけ」
男は夜の闇に紛れるようにして消えていった
「はあ〜、なんとか成功したぁ」
緊張が解れると一緒に力も抜けていき、道に座り込んだでしまった辰を覗き込むように少女が見てきた
「大丈夫?」
「あぁ、全然平気だよ。ちょっと慣れないことして緊張しただけだから」
それを聞くと少女は安心した表情でさらに尋ねてきた
「お兄さん、名前は?」
「俺は辰、風守辰だよ。君は?」
その少女はフードを外し綺麗な金色の長髪を風になびかせて辰に微笑み自分の名前を言った
「私はミリス。辰よろしくね」
「…………」
「辰?」
辰は一瞬とはいえ、物語の中から飛び出して来たと言われても何ら疑う余地のない美しさに見惚れてしまった
「あぁ……よろしく」