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カムイユカラ KAMUY YUKAR 屠竜の剣 Tales of The Dragon Slayer  作者: 伊福部ゴラス
第一章 アシハラの厄災
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第3話 再来

 十年前、なかくに全土を大厄災が襲った。


あかき古竜〉が、はるか西方の未開の地から砂漠の海を越え、中つ国に飛来したのだ。


 竜の末裔といわれる飛竜ワイバーンでさえ今では知性と自尊心を失い獣と大差ない生き物に成り下がっていたが、古竜はそうではなかった。人語を喋り、さらに太古の竜語魔法をもあやつった。


 古竜はみずからを〈竜王〉と名乗った。


 竜王は、──本来ならば頂点捕食者として他の下につくことがない──魔物らを従わせ、さらにオークやゴブリンといった下等な亜人種の軍団をもひきつれて、中つ国を蹂躙した。


 竜王の目的は〈支配〉ではなく〈破壊〉だった。竜王はまるで、人類が築いてきたものをすべて壊し、殺し、根絶やしにするまでまない衝動に駆られているようだ。


 しかし人類側も破滅の日をただ待っているわけではなかった。


 中つ国の各種族──コビット族、アールヴ族、ルンポポ族、ウー族、バッサ族、ドラガン族──が集結し竜王軍との全面戦争に挑んだ。


 そのなかでも各豪族の七人の指導者のことを〈中つ国の七勇者しちゆうしゃ〉と人々は呼んだ。彼らだけが竜王と直接戦った七人であり、その一人がハウゼンだった。


 しかし竜王との戦いは一方的だった。


 各王家に代々伝わる伝説の刀剣は、竜王の鱗を断つことすらできず、逆に刃がこぼれた。


 すべての魔法は古代竜語魔法を源流とし人類のつかう魔法などはその派生にすぎなかったから、当然のように竜王には通じなかった。


 七勇者のうち四人が命を落とした。残った三人も重傷を負った。


 竜王は、人語でこう吐き捨てた。


「われら竜族がいないあいだに地上に繁殖しただけの害虫どもが。身の程を知れ」


 竜語の呪文が詠唱された。その詠唱はまるでうたのようだったという──


 だが、竜王はハウゼンに目を止めると詠唱を中断し、アシハラ王の顔をじっとみつめた。


 それから空気がふるえるほどの咆哮をはなつと「ワハハハハハ! ついにみつけたぞ! 一万年……一万年ものあいだみつからなかったものが!」と意味不明なことを言った。


 竜王は三人の勇者たちに「いいだろう。巫女が覚醒するまで貴様らを殺さないでおいてやろう。せいぜい余生を愉しめ」というと、空高く舞い上がり、どこかへと飛び去った。




     ×   ×   ×




 西の守り役が命がけでもたらした報せから時をおかず狂った魔物の群れがアシハラの城下町をおそった。町をまもる防壁や水堀は魔物らの猛攻のまえに意味をなさなかった。


 魔物らは、大量発生したイナゴの大群が畑を喰い荒らすように、町を踏みつぶしていった。


 十年前の悪夢の再来──人々は戦慄した。


 ハウゼンとカムイはすぐさま剣士団を率いて前線に到着した。


「ここで食い止めろ! 民が避難する時間をかせぐのだ!」


 隻腕の王はみずから剣をふるった。


 アシハラの剣士らは自分より何倍も大きい魔物らを相手に怯むことなく、流麗な体さばきで攻撃をいなし、鋭い剣撃を次々と打ちこんでいった。


 そしてカムイである。カムイは誰よりも真っ先に敵中に突っこんでいき、そのあとには魔物らの屍が残った。その剣はまさに旋風のごとく──竜巻が木々をなぎ倒しながら進んでいくように魔物たちを斬り伏せていった。


 剣士団の活躍で形勢は逆転し、魔物らは徐々に城門の外へと押しやられていった。


 そのときだった──空気をふるわす雷のような咆哮が鳴りひびいた。


 上空を見上げると竜が飛んでいた。マグマのように赫い竜だった。間違いない。〈竜王〉だ。


 竜王は上空を一周旋回したのち、急降下した。地上に衝突する寸前に翼を羽ばたかせると、その風圧で地上にいた魔物や剣士たちが木の葉のように吹き飛んだ。


 竜王は、静かに着地するとハウゼンを見下ろした。口元からは炎の息がもれていた。


「ひさしいな、アシハラの王よ」


「竜王……」


「この十年、死んでいった仲間たちよりすこしは生き永らえることができたのだ。わが慈悲に感謝せよ」といってわらった。


「それより」と竜王はつづけた。「お前の娘は巫女として覚醒したか? 竜のことばうたえるようになったか」


「……なに?」


 ハウゼンは心のなかで、


(巫女? アイネのことか? ……何故? いや、ならばアイネが東門にいることをさとられてはならぬ)


 ルビーのように輝く竜王の瞳がアシハラ王をじっとみつめていた。


「アイネ……という名……東門か」竜王がつぶやいた。


 ハウゼンはハッとした。


(心を読まれた!)


 ──はじめは、なにかがぜたのだとおもった。だがそれは竜王が空高く舞い上がったときに生じた爆風だった。その衝撃は凄まじく、ハウゼンの体は宙に浮き、吹き飛ばされた。


 ハウゼンが地面に打ちつけられようとする直前、カムイがすばやくうごき王の体を受けとめた。


 竜王が東へむかって飛んでいく姿がみえた。


 ハウゼンはカムイの肩をつかむと、


「カムイよ! 竜王の目的はアイネだ! アイネを奪われてはならぬ!」


 と叫んだ。


 カムイはうなずくと竜王を追って東門へ走った。


 ハウゼンはカムイの背中を見送ると、気持ちを切り替え、ふたたび西門をにらみつけた。剣士たちが討ちとった魔物らの屍の山の先に砂塵がみえる。


「あれは、魔物軍の第二陣……いや」


 みれば砂塵を舞い上がらせているのは魔物らの大軍だった。何千という数の魔物が第二、第三の波のように切れ間なく押しよせてきていた。


 それにくらべてアシハラの剣士はせいぜい百人。圧倒的な数の差──


 しかしそれでも退くことはできない。アシハラ王は覚悟した。


「わが剣士団よ! わしとともに戦えるか!」ハウゼンは叫んだ。


「おおおおおおおおお!」


 剣士団には、魔物の大軍をまえにして怖気づくような臆病者は、一人もいなかった。

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