自己紹介
誰よりも美しく、そして誰よりも気高い。
誰にも靡かなくて、そして誰にも屈しない。
そんな君が僕のすべてだった。
すべてだったのに…。
白を基調とした家具で揃えられた部屋は、マリアの部屋同様に優美でどれも質の良いものばかりだった。
部屋の中央に置かれた大きな硝子張りのテーブルを囲み、三人掛けのソファが二つと、一人がけの椅子が両サイドに置かれていた。
マリアはリオンとふわふわ頭の青年の間に座り、その向かいには眼鏡の青年と二人の見知らぬ青年、そしてサイドにはシリルとこちらも見知らぬ壮年の男が座っていた。
マリア以外の全員が白いスーツを着用しているのに対して、彼女は寝衣に先程侍女が持ってきた白の薄手のカーディガン。
その装いの違いからも、マリアがそわそわと視線をさ迷わせながら、緊張した面持ちでいると
「じゃあ、本当に何も覚えてないんですね?」
歳の頃は30代半ば、緑がかった短めの黒髪に誠実そうな顔立ちの壮年の男は、努めて穏やかな声色と表情でそうたずねた。
しかしどんなに優しく言われたとて、マリアの緊張が解れる事はなかった。
「はい、すみません…」
謝罪の言葉と共に下を向くマリアに、皆一様に驚いた表情を浮かべた。
何故ならここにいる皆が知っているマリアはそんな事はしないからだ。
「ほんま、記憶喪失なんやな」
珍しいものを見るような目で、身を乗り出してそう言ったのは眼鏡の青年で
「記憶をなくすと性格が変わるっていうからね」
その隣の短く刈り上げた黒髪に、あっさりとした顔立ちの長身の青年は、淡々とした物言いでそう言った。
そしてその隣、茶色い髪色、くるんとはねた襟足にツリ目がちの細身の青年は、あんぐりと口を開けて未だ驚いていた。
「マリアが平謝りするなんて有り得ない」
「まぁいいじゃんそんな事~。無事目覚めたんだし~、ねぇ~、マリア」
にこりと愛らしい笑顔を向けてくるふわふわの青年に、マリアはしかし、なんと答えたら良いものかと戸惑ってしまう。
そんなマリアに気づいたその青年は、再びにこりと優しく笑った。
「俺はジール。マリアがこ~んな小さい時からず~っと傍でマリアの事守ってきた、君の守護者の一人だよ」
マリアの瞳をじっと真っ直ぐ見つめ、小首を傾げる様は、まるで幼い子供のように邪気がなくマリアには見えた。
そしてジールに続いたのは眼鏡の青年。
「そやな、ジールの言う通りや。忘れてもうたもんはしゃぁないし、改めて自己紹介せんとな。俺はユーリや。ここに居るんは皆お前の事小さい頃から知っとって、まぁお前の味方や。せやからそんな警戒せんでも大丈夫やで」
ユーリは先程からずっとぎゅっと握りしめたままのマリアの掌が気になっていた。
それはきっとマリアの張り詰めた気持ちの現れ。
それをユーリは少しでも和らいでやりたかった。
が、そんな簡単に人の警戒は解けないもの。
「あ、はい…」
マリアの掌は更にきゅっと力が入った。
「あ~、だからそんな畏まらなくていいんだってば。俺らは家族みたいなもなんだよ?」
襟足のはねた青年は眉を下げ困った顔でそう言うが、そんな事言われてもと、マリアもまたなんとも言えない表情を浮かべた。
そのマリアの心情を察知したのは、ユーリの隣に座るあっさり顔の青年だった。
「そんな事言っても急には無理だよ。マリアにとって俺達は今日初めて会ったばかりの人間だからね」
「あ、そっか。そうだったじゃん。ごめんね?俺はエル。改めてよろしく」
にかりと人懐っこい笑顔を浮かべるエルは、マリアに向けて手を伸ばし握手を求めた。
「あ、はい。こちらこそ」
マリアがそう言いながらおずおずとエルの手を握ると、エルは音がなりそうな程ぶんぶんと勢いよく、華奢な手首を上下にふった。
そしてそんな二人に暖かい眼差しを向けるのはあっさり顔の青年で
「俺はサイ。ジールと俺は君の体調を管理していたから、具合が悪かったりしたらすぐに言って欲しいんだけど、今はどううだい?」
すっと目を細めて笑うサイは、顔立ちと共に話し方もあっさりで、マリアは少し事務的に感じて逆に接しやすかった。
「あ、特には。大丈夫です」
「そうか。それは良かった」
「どこが?」
サイの台詞に被さる様に言ったのはシリルで、彼から放たれるオーラは最初にマリアと接した時の柔和なそれとは全く違っていた。
「全然よくないよ。記憶も失って、その上力まで失ってるんだよ!それのどこがいいのさ!」
「シリル君!やめなさい!」
激しい剣幕で感情をあらわにマリアを睨みつけるシリルに、咄嗟に誠実そうな壮年の男が割って入った。
だがその空気は非情に重く、マリアは気まずい気持ちが最上級に高まりながら、最大の疑問を口にした。
「あの、私って一体なんなんですか?」
記憶はない自覚がある。
しかし力とは一体なんの事だとマリアは思う。
「そうですね。どこから説明しましょうか。とりあえず僕はハイドです。君の事は赤ん坊の頃から知ってますから、この中では1番古い付き合いになりますね。シリル君もリオン君
も、自己紹介しなさい」
ハイドに促され、シリルはわざとらしく大きなため息を吐くと、ぷいっとそっぽ向いて名を名乗った。
「シリル」
「俺はリオン」
続いて名乗ったリオンも、一言名を名乗るだけの簡素な挨拶をした。
そんな二人の態度に動揺し瞳を揺らすマリアに、ジールはそっと彼女の手に掌を被せ声をかけた。
「気にしなくていいよ。シリルは誰にでもあんな感じだから」
そう言うジールだが、マリアにはそうは思えなかった。
だってシリルの態度は最初は違っていた。
シリルと自分はとても親しい間柄だったのだろう。
だからこそ彼は自分が記憶を無くした事を怒っているに違いないし、その彼の怒りは十分理解出来る。
だがその反面、そんな事怒られたって自分にはどうする事も出来ないと思う気持ちもあった。
そんな感情の元、マリアがジールになんとこたえたら良いか思案していると
「では話しましょうか。少し長くなりますが…」
そう前置きを置いて、ゆったりとした口調でハイドは話しはじめた。