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アステリア エシュラリオン  作者: にゃん(紫幻回廊)
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逃亡者

http://xnyan.web.fc2.com/に掲載していたものです。

 それでも期間を短くする為に、予定より大きくなってしまうが、中古の移動式の店舗を買い、それを改装してもらう事に決めた。それなら一週間で仕上がるといわれたのだ。

 三人は市場を後にすると、市役所へ向った。自分達の手配書やらが回って来ていないかを確かめるためである。もしそれらしいのがあれば、記載されている特徴に合わないよう変装なりが必要だ。   が、幸いにして閲覧できる手配書の中には該当するものは無かった。


 市場で仕入れた材料で、天星丸を作る事にし、三人は宿屋へ戻った。作り始めてから、丸皮に用いる香枝が無いのに気付き、ミスタクリスは再び市場へ向かった。

 その代価を払っている時、不意に、ミスタクリスの背後に違和感があった。

 振り向くと何があるでもないが、雑踏の中、一人の姿に目を引かれた。

 なぜ、と言われても分からなかった。

 だが、ミスタクリスはその人影を追わずにいられなかった。

 割と小柄なその人物はフードを深くかぶり、性別すらも分からない。

 行き交う人にぶつからないように蛇行して歩いてはいるが、それほどの不自然さも無い。だが、ミスタクリスの心臓は鼓動を早める。

 遂にその人は町の外に出た。更に薄暗い森の中に入っていく。

――参ったな

 直ぐに帰ると言って出てきたのだ。森に入るつもりは無く、何の用意も無い。勿論聖盾(ザイン)神盾(イージス)を使えば傷一つ負う事は無いだろうが、一般の人間にそれを見られるのは得策ではない。

 ふと、人影は足を止めた。

 ミスタクリスも足を止め、木の陰から様子を伺う。

 人影は懐からナイフを取り出した。ミスタクリスが息を殺し身構えると、その人物はナイフを振りかぶり、なんと前に突き出した自分の左腕に向って振り下ろしたのだった。


「な……っ」


 ミスタクリスは荷物を放り投げ、後ろからその人物の両手をつかんだ。


「何て事をするんですか!」


 同時に、ミスタクリスが触れたところにビリビリと強烈な衝撃が走ったのだ。


「きゃあああ!」

「うわっ!」


 白い滑らかな指に、血のようなルビーの指輪。

 驚愕の余りか声も出せずに、その人物は青い顔をしてミスタクリスを見上げていた。

 若い女性だった。

 ナイフを蹴って遠ざけてから、ミスタクリスは手をさすりながら頭を下げた。


「申し訳ありません。女性だとは思わず、乱暴だったですね」


 魔法を使う者らしい。咄嗟に不審者撃退用の呪を唱えたのだろうと思われた。

 娘はへたり込んで震えている。

 今は蒼褪めていて、美女、と言うには地味な感じだったが、笑ったら可愛いだろうな、と思うタイプだ。

 ミスタクリスは先ずナイフを拾い、それから自分の荷物を拾い集めて袋に付いた土や落ち葉を払った。


「でもあんな事をなさってはいけませんね。それにここは危ないですから、日が暮れる前に街に戻りましょう。送って差し上げます。立てますか?」

「……あなたは誰?」

「え~……名乗らないとまずいでしょうか」


 さっきのは何だ、とか、なぜあんなまねをした、とか訊きそうなものだったが、ミスタクリスは、其処だけは爽やかな風が吹き抜けるかのような、透き通った瞳をして微笑むだけだった。


「いいえ」


 女性は仕方なくそう言った。


「ですが、あなたは私が街に戻るまでは付いておいでになる……?」


 ミスタクリスは当然と言った顔で頷いた。


「そうさせて頂くつもりです。できればお家にお帰りになるまで」

「私の家はこの街にはありません」


 女性は立ち上がって膝に付いた土を払った。


「ですので、ご心配には及びません。どうぞ、お帰りになって下さいな」

「とても旅をなさっているようには見えませんけど」


 厚めのマントを羽織っているとはいえ、その下に旅の支度を持っているようには見えない。よく見れば、足元も屋内用のサンダルを素足に履いただけだ。


「さっきので分かりませんでした? 誰も私に触れる事はできないんですのよ。穢れの虫ですらね」

「そうかもしれませんが、夜の寒さは貴女に触れるでしょう?」


 サンダルの事を考えれば、マントの中も屋外に出るに適した服装でない事は想像が付く。サンダルとはいえ比較的立派な品だ。意に沿わぬ婚姻を悲観した令嬢か、借金の形に妾として売られたか。要するに、彼女は後先考えず家を飛び出してきたか、どこかの屋敷から逃げ出してきたか、なのだろう。

 護法神官(元、だが)として、困窮している人を見捨てられない質のミスタクリスには、このまま彼女を置いていく事はできなかった。


「そうだ、本当はこれを買って直ぐ戻るはずだったんです。連れが怒っているかもしれないので、遅くなった言い訳をしてもらえませんか?」


 結局、彼女はミスタクリスの透き通った瞳に負けて、彼に付いて来た。

 追われている身で不必要な関わりを持つのはまずいと、ミスタクリスも分かってはいたが、どうしても彼女を残していく事はできなかったのだ。

 ドアを開けたフォールヴェは一瞬だけ驚いた顔をしたが、彼女の足元を見ると状況を察したらしく、直ぐに微笑んで、二人を室内に招きいれた。


「私共に通報するつもりはありません。貴女はどういう次第で逃げてきたんです?」


 椅子を勧め、リフェーラがお茶を出すと、フォールヴェはいきなり言った。


「分かりますよ、そのなりではね。逃げるとしても先ず服装は何とかしないと」

「そんなに遠くに逃げる必要はなかったので」


 娘は目も合わせずに言った。


「んん?」

「あの、フォール……」


 ミスタクリスが横からおずおずと口を挟んだ。

 彼女が自分を傷つけようとしていた事を聞くと、フォールヴェは正面に座り、じっと彼女を見つめた。ふとその指に嵌められた指輪に目を留める。


「その指輪はどうしました?」


 彼女は顔色を変えて指輪を隠した。


「……誰にその呪いを掛けられました?」


 全員がはっとしてフォールヴェを見る。


「あなたは腕ごと指輪を切り落とそうとしたんですね?」


 彼女は俯き、小さく言った。


「……そうです。ですから、あなた達にこれ以上災厄を及ぼさないよう出て行きます。あなた」


 彼女は立ち上がり、ミスタクリスに向かって言った。


「ありがとう。あなたのような人がいるうちは、まだこの国も大丈夫でしょう」

「待ちなさい!」


 ミスタクリスも血相を変えて立ち上がる。


「私に触れるとまたさっきのような目にあうのよ」

「行ってはだめです!」


 ミスタクリスが彼女の腕をつかむと、またしても雷のような衝撃が走った。


「く……っ」


 二人とも歯を食いしばっている。

 だが、彼女は腕を振り払おうとし、ミスタクリスは離すまいとしていた。

 遂に彼女の体力が尽きたらしい。床に倒れこむのに、リフェーラが素早くクッションをあてがって、身体を打ち付けるのを防いだ。

 苦しげに眉間に皺を寄せながらも、彼女が息をしているのを見て、ミスタクリスも溜息をついて床の上にへたり込んだ。


「大丈夫?」


 リフェーラが二人の顔を交互に覗き込んだ。

 ミスタクリスは肩で息をしている。彼女の方は完全に気を失っているようだ。


「今のバチバチッっての……あれが呪いなの?」

「うん」


 フォールヴェは床に膝を付いて女性を覗き込む。

 ミスタクリスははっとしたようにフォールヴェを見た。彼女が行っている事だと思っていたのだ。


「呪いだとすると、もしかするとこれは彼女の方にも苦痛を与えるんですか?」

「彼女に触れるものだけでなく、彼女自身にも苦痛を与える呪いだね」

「じゃあ……こんな、床に寝かせたままじゃ可哀想だけど、私が触ってもだめなんだよね?」


 リフェーラは少し考え、せめて掛ける物をと、毛布を持ってきて注意深く、彼女の身体に手を触れないよう覆った。


「それは……可哀想な事をしました」


 ミスタクリスはまだ立てずにいる。


「分かっていればもっと別の方法を……、せめてラグの上でやればよかったですね」

「そんな余裕がありましたか?」

「いえ、全然。相当彼女にもダメージを与えちゃったんですかね。まずかったなぁ……。フォール、何かお分かりになります?」

「うーん」


 フォールヴェは彼女の指輪を観察している。


「……あの、こんな状況のところに、更にいわくの有りそうな人を連れ込んでしまって、申し訳ないとは思ってるんですが」

「まあ、それで知らん顔できない人だって事は、最初に分かりましたけどね」


 むやみに触れるわけにいかず、薬を飲ませることもできないため、風邪を引かせないように部屋をなるべく暖かくし、三人は彼女が目を開けるのを待つしかなかった。

 一時間ほど三人は無言で彼女をみつめていたが、


「ああ、良かった。目が覚めましたか?」


 彼女が目を開けたのを見て、ミスタクリスが心底ほっとしたように言った。


「寒くない? ごめんね、床に放って置いて。お茶入れるからね」


 リフェーラも安心したように言って、立ち上がった。

 女性が口を開こうとすると、間髪をいれずにフォールヴェは言った。


「私はかつてレクタス・プリモ・アステルと呼ばれた者です」


 いきなりフォールヴェが名乗った事に驚いて、リフェーラとミスタクリスが振り向いた。

 それを左手で制して、フォールヴェは続けた。


「あなたの御名をお聞かせ願いたい」

「……本当に? 最後の星見?」

「嘘で名乗るには危険すぎる名でしょう?」

「最後の星見にしては若すぎるんじゃないの」

「よく言われるんですけどね。私は三八です」


 例の極上の笑顔で、フォールヴェは言った。

 彼女は見た事の無い『最後の星見』が、童顔である事を知っていたらしい。その言葉を信じたようだ。遂に、重々しく、その名を告げた。


「……私はシャマリアナ・ネリ・ボーブルスト」


 ミスタクリスは表情を硬くした。

 フォールヴェも、リフェーラですら眉間に皺を寄せた。


「ネリ・ボーブルスト……」


 シャマリアナは青い顔をして、嘲るように笑った。


「そう、私が獣変(エンビスト)を作ったのよ」

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