マクフィート市
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小石だらけの道が徐々に平らになり、煉瓦敷きに変わると、マクフィート市の城壁が見えてきた。
城壁は穢れの虫や怪物の侵入を防ぐために十年ほど前に作られたもので、人の出入りは自由な商業都市である。ただし夜間には城門が閉じられ、市長であっても出入りができない。
以前は事情を話せば夜も出入りできたが、急病人の振りをして入ろうとした旅人が、実は妖魔の化けた姿だったと言うことがあってから、完全に締め切るようになったのだ。犯罪を起こした者が闇に乗じて逃げ出すこともできないので、結果的には防犯にもなっている。
ただ、普通にガラの悪い者はちゃんといる。
男連れであるにもかかわらず、リフェーラを見て口笛を吹き言い寄る男、フォールヴェとミスタクリスに流し目を送る酒場女も結構いた。
男共はリフェーラに睨みつけられて後ずさりし、百戦錬磨のはずの女共はフォールヴェの笑顔に赤面し、ミスタクリスの澄んだ瞳を見て自分の魂の穢れを恥じて目をそらした。
「この通りは歓楽街のようですね」
涼しい顔をしてフォールヴェが言った。
「日が暮れたらこの辺には来ない方がいいですね」
相変わらず春の風のように、暢気な声でミスタクリスは言った。
「気安く声をかけるなっての!」
リフェーラだけは腹立ちが収まっていないようだ。
「まず、薬屋を探しましょう」
野営しながら作り貯めた薬を売るためだ。
商業都市なだけあって、同じように薬を売りに来る流しの魔法使いも多いらしく、店主の方も交渉しなれている。トリクの時よりかなり時間がかかったが、滅多にない高品質のため、結局は高値で買い取ってもらえた。
「こういうところにはね、高くてもいいから質の良い物を、という人もいるんですよ」
と、フォールヴェは言った。
「では宿を決めましょうか」
すぐに発つ予定がないと聞くと、薬屋の店主は、調合をさせてくれる宿を紹介し、良いのができたら売ってくれ、と言ったのだ。
薬屋の店主の口利きがあったためか、結構きれいなその宿には、割と安い値段で泊まれることになった。
「そろそろ冬支度を考えなくてはなりませんね。市を見に行きましょう」
荷物を整理すると、フォールヴェは二人を伴って市場の方へ向かった。
この先も宿に泊まれるとは限らない。だが、真冬には天幕では厳しい。窮屈でも寝台の付いた車が欲しいのだが、目立ってしまう為豪奢な物はまずい。結構思ったような物は見つからないのだ。
「これは一から注文するか、あっちの中古を改造するかしかないですね」
フォールヴェが腕を組んで唸っているのは、金銭の事ではなかった。
これだけの街なら、フォールヴェの腕と弁舌を持ってすれば、豪邸を買うほど稼げるだろう。値切り倒す自信もある。
問題は時間であった。
馬車が出来上がるまでに何も起こらなければ良いが、勿論そんな保障は全く無い。昨夜の星を見て、フォールヴェは腕組みをして悩んだ。何を示すのかはっきりしない星があったのだ。
今度はトリクのような小さな町ではない。マクフィート市は自治権が強く、中央に対しての反発も根強い所だが、それでも犯罪者を引き渡せと言われれば、従わない筈は無い。できれば資金を稼ぐ分にもある程度腰を落ち着けたいが、いつでも逃げ出せる態勢である必要があった。
「ま、でも何とかなるんじゃない?」
状況を理解してないのでは、と思われるほどあっけらかんと、リフェーラが言った。
「そうですね」
驚くべき事に、フォールヴェも明るくリフェーラの言葉に同調した。
「そ、そうなんですか?」
ミスタクリスは、半ば呆れて二人を見た。
「しょうがないでしょう」
フォールヴェが莞爾と言ったのに、
「しょうがないですよね」
完全に呆れて、却ってミスタクリスも腹が据わったらしく、微笑み返した。二人の笑顔を見ていると、本当に何とかなりそうな気がしてきたのだ。