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アステリア エシュラリオン  作者: にゃん(紫幻回廊)
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出発

http://xnyan.web.fc2.com/に掲載していたものです。

 暗いうちに三人は小屋のところまでたどり着いた。

 闇に紛れて中に入ることはできたが、すぐ後に追手の兵士らが村に入ってきたため明かりを点けることができず、三人は暗い中で息を潜めていた。

 夜が明けると、村人達が出てきて、兵士たちにリフェーラたちのことを尋ね始めた。人目があるため、兵士達も小屋から略奪することができず、村人達の相手をしながら遠巻きに見ているだけだった。

 その間に、低い姿勢のままフォールヴェは持ち物を選別し、最小限の物をまとめて背負った。

 遠隔性のある火焔の呪を唱えて、裏手の森の中で小さな爆発を起こさせる。外の連中が一斉にそちらに向かって駆け出し、その隙に三人は逃げ出すことに成功した。

 もともと大した財があるわけではない。現金は金貨八枚、銀貨十四枚だけ。後は本が三冊と持ち歩ける程度の調合の道具だった。


「で、この後どうすればいい?」


 リフェーラも表面上は明るさを取り戻していた。

 街道の脇の河原で三人は休息していた。


「まず、売れる物を作る。この辺境では余り高度なものは素性を探られる可能性もあるので、普通に売られてる物からだな。リフェーラ、カース草を集めて来なさい」

「了解」


 リフェーラは立ち上がって、すぐに駆け出す。


「えー、レクタス殿、私はどうしましょう?」

「その名は危険なので、フォールヴェにしといてもらえますか? 殿もつけないで。ミーシャ」


 ミスタクリスは笑ってうなずいた。


「では、フォール。私は?」

「リフが戻ってきたら、養生丸を作ります。それなら基礎の基礎、これだけの器具とこの状況でも作れますからね。街道沿いで、買い手もいるでしょう」

「だとすると、私の役目は、水を調達することですね」

「そうです」


 フォールヴェは背嚢から乳鉢と鍋を取り出した。

 リフェーラが腕いっぱいにカース草を、ミスタクリスが川の流れの中ほどから聖性を残した水を採取してくると、フォールヴェは作業を始めた。

 いつもはリフェーラが手伝うのだが、元護法神官のミスタクリスがいれば、フォールヴェが二人いるのと同じようなものだ。リフェーラが手を出すところはない。あっという間に相当量の養生丸ができてしまった。

 そこへたまたま、川に水を汲みにきた旅人があり、使用後の器具を洗っているのを見咎めた。


「あんたら、魔法使いかい?」

「ええ」


 フォールヴェはにっこり笑う。

 どう見ても、無欲な人のいい青年にしか見えない。

 旅人は既にフォールヴェの微笑に、絶大な安心感を抱いていた。


「私共も、山越えに備えて作ったところなんですが」

「分けてもらえるかな?」

「そうですねぇ」


 勿論売るつもりで作ったのだが、フォールヴェは考え込む振りをした。


「この先、カース草や水は、良い物がありますか? あればまた作れますのでお分けしても良いのですが……」

「ああ、この先のヒグ山は、かなり色々な薬草が採れるらしい。一つ銀五枚出すよ、連れがかなりへばってるんだ。余裕があれば分けてくれないか?」


 町では大体銀三枚で買える。

 その町までたどり着けないほど疲れているのだろう。


「わかりました。十粒もあれば大丈夫ですか?」


 旅人は安堵の溜息をついた。


「ああ、助かったよ。馬車も通らないし、ここ二、三日の暑さで妻は参っちゃってね」


 旅人はニコニコして、水と養生丸を持って木陰に座っている人影に向かって走って行く。

 しばらくすると元気を取り戻したらしく、夫婦らしき人影は、こちらに向かって会釈しながら、街道へ戻っていった。


「商売がうまいですね」


 ミスタクリスが心底感心したように言った。尊敬の眼差しだ。


「何を言ってるんです、ミーシャ。私とサイスの護法神官の念を入れた養生丸ですよ。一粒に金一枚でも安いくらいの物ですよ」


 フォールヴェは当然、という面持ちである。


「食い扶持が一人増えましたしね。一七年前、無一文で幼子を抱えた状況では、色々な手を覚えましたよ」

「ごめん」


 リフェーラが俯いて小さく言ったが、その頭を軽く叩いて、フォールヴェは笑った。


「いやあ、なかなかスリリングでしたが、それなりに楽しいもんですよ」

「勉強になります」


 ミスタクリスがフォールヴェに礼をする。

 それからリフェーラの方に向き直り、


「リフェーラ。リフと呼んでもいいでしょうか」

「勿論。よろしく、ミーシャ」

「よろしく、リフ」


 二人はお互いに微笑みあった。



 トリクの街に着くと、フォールヴェは薬屋に養生丸を売り(当然結構な高値で)、その金でそれなりの車と、疲れてはいそうだがやはりそれなりの馬を手に入れたのだった。

 所持金にそれほど余裕は残っていなかったが、フォールヴェは宿屋に泊まると言った。しかも七連泊すると宿の主人に告げ、その分を前払いした。

 ニコニコしている主人に案内されて部屋に入ると、リフェーラは、フォールヴェの袖を引っ張って、小さな声で聞いた。


「フォール、いつまで逃げなきゃならないのかわかんないんでしょ? 最初からこんなにお金を使って大丈夫?」


 フォールヴェは、旅人も薬屋も取り込まれてしまった、あの極上の笑顔でリフェーラとミスタクリスを振り返った。


「昨夜星を見ましたから大丈夫ですよ。むしろ今のうちに稼いでおかないと。ここで今度は金鱗湯を作って、先程の薬屋に売ります。 昨日は入れ物がなかったので養生丸だけでしたが、ここなら金鱗湯の方が良い値になりますしね。それで金が入ったら、もう少し器具を買って、車も直して、旅支度を揃えましょう。リフ、疲れているところを悪いけれど、川沿いに材料を探してきてもらえるかな」

「わかった」


 すっかり安心したリフェーラは、明るく出て行った。


「私も草原側で材料を探してきます」


 ミスタクリスが立ち上がろうとするのを、フォールヴェは止めた。


「それもお願いしますが、その前にお話しておきたいことがあります」

「……はい」


 ミスタクリスは素直に従って、もう一度腰を下ろした。


「あなたの星と、リフェーラの星のことを、あなたには言っておきます」



ミスタクリスがトリカク草原から戻って来た時には、リフェーラは埃を落としており、フォールヴェは既に金鱗湯の仕上げに入っていた。

 見本として金鱗湯を入れたグラスを持ってフォールヴェは出て行ったが、すぐに甕を抱えた薬屋を伴って戻った。

 薬屋は大喜びで甕に金鱗湯を移し、金を二袋も置いて帰った。

 リフェーラは残りの金鱗湯をバイアルに移し、浴室で釜を洗い始めた。


 どう見てもフォールヴェの方が商交渉が上手なのは明らかだったので、薬作りはミスタクリスが引き受け、フォールヴェが街に出て情報収集と買い物を行った。


 八日目の朝、三人が宿屋を発つときには、立派に旅の魔法使いに見えた。

 疲れていた馬も、残った金鱗湯を飲ませて艶々の毛並みになっていたし、普通のこざっぱりした衣服を身に着けた三人が、護法神官や剣士には、ましてや追われている者にはまったく見えなかった。

 三人は道々材料を手に入れ、薬を売り、六つ目などの穢れの虫や、以前は余りいなかったはずの盗賊をなぎ倒しながら、順調に所持金を増やしていった。

 盗賊の所持金を巻き上げる事には躊躇いもあったが、


「このまま置いていっても別の盗賊の物になるか、悪徳役人の懐を暖めるだけですよ」


とのフォールヴェの言葉で、ミスタクリスも腹を決めた。


「ねえ、どうしてこの剣が抜けない振りをしてたの?」


 町娘にしか見えないリフェーラが、馬車の横を歩きながら言った。

 最低限の大きさの馬車には、人が乗る余裕は無い。


「振りじゃないよ。私には本当に抜けないんだ」


 穏やかな陽気に、フォールヴェは鼻歌混じりに言った。


「嘘」

「嘘じゃない。お前が抜くのを見るまで、戴冠の儀式用の飾りだと思っていたんだから」

「え? その剣って、あの時初めて使ったんですか?」


 リフェーラの後ろを歩いていたミスタクリスが驚いて言った。


「そう」


 手綱を取るフォールヴェがミスタクリスを振り返った。


「ミーシャ、抜いて御覧なさい」


 リフェーラが剣を出してミスタクリスに渡すと、ミスタクリスはつまずきそうになった。


「なっ、何ですかこれ?」

「軽いだろう?」


 ミスタクリスは剣の柄を握って、ぐっと引いた。

 びくともしない。


「……抜けませんね」

「抜けないか」


 ミスタクリスは肩をすくめて、剣をリフェーラに返した。


「これでは飾りだと思いますよね」


 もっと不審に思ってもよさそうなのに、ミスタクリスは納得して頷く。


「やはり現時点では、それを使えるのはリフだけということだね」

「もしかして、女性専用とか?」


 首をひねりながらリフェーラが柄を引くと、滑らかに剣が現れる。


「女性でも抜けなかったよ」


 老若男女を問わず、フォールヴェはとっくに試していたのだ。


「うーん」

「見咎められてもまずいから、しまっておきなさい」

「うん」


 リフェーラは素直に剣を収めて、馬車の隠し抽斗にしまった。

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