神盾
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「神盾!」
リフェーラは耳を塞ぎうずくまった。
だがフォールヴェは目を開いてミスタクリスを見ていた。
先程の指輪が、聖盾のときとは比べ物にならないほどの輝きを放ち、大きな光球となって三人を包んでいた。
ミスタクリスが息を吐くと、光球は空気に溶け込むように消失した。
「間違いなく神盾ですね」
ひどく冷静な声でフォールヴェが言うと、リフェーラは立ち上がって襟首をつかんだ。
「馬鹿! ミスタクリスは命がけだったんだよ!」
「そうですとも。私が命がけではなかったと思っているのですか?」
リフェーラの手が緩んだ。
「なに?」
「お座りなさい」
フォールヴェが言うと、一番腹を立てるべきであるミスタクリスが素直に腰を下ろしたので、リフェーラも渋々座った。
「あなたがトナ・エルセの名とその指輪の本来の持ち主であることはわかりました。私も信義によって名乗りましょう。私は一七年前まではレクタス・プリモ・アステルと呼ばれていました」
「……最後の星見!」
ミスタクリスは目を見開き、驚愕と共に呟いた。
「そうです」
「ねえ、……何の話をしてるの?」
リフェーラが恐る恐る口を出した。
彼女の聞いた事の無い名を、フォールヴェは自らの名であると言った。
リフェーラの質問を、フォールヴェは無視して続けた。
「二一年前、先代のプリモ・アステルが星を見て、私が神託の矢を射ました。その矢に選ばれて、あなたはトナ・エルセを名乗ることになったはずです」
「……そう聞いています」
「では、私の話はどこまで知っていますか?」
ミスタクリスはちら、とリフェーラを見た。
「禁呪に手を染めた忌まわしい者、先王夫妻の惨事に紛れて宝物を盗み出した者」
いまだにリフェーラは事態を飲み込めず、二人の顔を交互に見つめているばかりだ。
「でも、本当に? プリモ・アステルにしてはお若いのではありませんか?」
「よく言われますが、私はこう見えても三八です」
フォールヴェは口の端を軽く上げた。小柄で童顔なフォールヴェは、リフェーラの兄で通用する。
「私が王宮の血の海から持ち出した、国の宝と言うのはこの娘です」
「まさか!」
「このリフェーラは先王夫妻の子、本来であれば王座についているべき者です。その日生まれたばかりの王女と、宝剣を死の淵にある王后陛下に託されて、一七年間逃げてきました」
惨事の夜の事を、フォールヴェ――レクタスは語った。
元々実の父であろうなどとは考えては居なかった。それでもフォールヴェは溢れるほどの愛情を持って育ててくれていたし、リフェーラは自分の素性や、フォールヴェが何故自分を育ててくれているのかなどと訊ねようと思ったことさえなかった。
リフェーラは自分達が追われる身である事すら気付かず、伸びやかに育てられた。
それが王女であろうとは。
呆然としているリフェーラに、
「この荷は私一人で負っていようと思ったのだが、ミスタクリスが巻き込まれたのも運命。星に出ている通り、進まねばならない」
と言って、再びミスタクリスの方に向き直った。
「これだけの事を話しました。もうあなたをお帰しするわけには行かなくなりました」
「そうでしょうね」
ミスタクリスは溜息をついた。
「神盾の呪を見せられた段階で、そうだと思っていました。聖盾を使ってしまった時から、もうお尋ね者になってるでしょうし、あなた達について行くしかないでしょうね」
「それでいいの?」
リフェーラが顔を上げて、ミスタクリスを見た。
「私を突き出しさえすれば、二人は助かるかもしれないよ?」
「私は無理ですね。ガウロエスのあの姿を見てますし」
フォールヴェは立ち上がって、背伸びをして言った。
「まあ、私もだめでしょうね」
ミスタクリスが明るく言うのに、
「護法神官だった者があんな所で牢番なんぞをやらされてる位ですからね、もともと相当憎まれてたのでしょう」
と、フォールヴェが受ける。ミスタクリスは苦笑して頷く。
「まあ、覚悟が決まったところで、私はちょっと家に戻ります」
フォールヴェは立ち上がって服についた土を払う。
リフェーラはギョッとして、叫んだ。
「何しに行くのよ!」
「誰か金になる物を持っていますか?」
フォールヴェと目が合って、ミスタクリスは黙って肩をすくめた。リフェーラも口をつぐんだ。三人ともほぼ無一文だったのだ。
結局三人で、そっと村へ向かうことになったのだった。