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アステリア エシュラリオン  作者: にゃん(紫幻回廊)
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トナ・エルセ

http://xnyan.web.fc2.com/に掲載していたものです。

「あなたは、どうしてあんなことをしたのですか」


 先程のリグイの町を望む森の中へ来ると、フォールヴェは牢番を振り返って聞いた。


「どうしてと言われてしまうと困るのですが……」


 若い牢番は首を傾げた。


「最後の矢は、獣変(エンビスト)の毒が塗ってあったものですから、つい」


 精悍そうな容姿に合わぬ、間延びした口調で牢番は言った。春の野原で昼寝をした後のような、聖盾(ザイン)を使ったときとは別人のような表情だ。


「つい……って」


 間の抜けた返答に、リフェーラも呆れた顔を向ける。


「私はサイルの神殿にあった者なので、獣変(エンビスト)を人に使うことが許せなかったのです」


 サイルというのは東の神聖都市で、俗に『護法都市』と呼ばれるところだ。

 『獣変(エンビスト)』は、別名『ボーブルストの血』と言う。それは侵された者の皮膚を爛れさせ、発狂するほどの痛みを与えながら、なおかつ死に至らしめることがない毒物だ。外見も人間に見えなくなり、絶えずのた打ち回って、文字通りの獣のような咆哮を上げ続けることから、『獣変』の名がついている。いまだ解毒法は見つかっていない。


「サイル? ずいぶん若いがそれで聖盾(ザイン)を使うというのは、護法神官か?」

「……でした」


 牢番は少し寂しそうに笑った。


「神官の立場と男前なのを利用して、どこぞの貴婦人を誘惑して職を追われたのだろう」


 フォールヴェは意地悪そうに、牢番だった青年を見た。恩人に向かって、さっきの悪徳審議官と同レベルの、やっかみ混じりの言いがかりだ。


「まさか」


 育ちの良さを思わせる表情は、一部の同性には妬まれるだろう。もし貴婦人に誘惑されても、本人には自覚がないに違いない。


「サイルの神官が総入れ替えになったと言う噂は聞いたが」


 無駄だとわかって、フォールヴェはからかうのを止めた。


「私はミスタクリス・トナ・エルセと申します。こうなったのも成り行きです。お名をお聞かせ願えませんか」


 ミスタクリスは『火焔(フォル)』の呪を使って、拾い集めた枯れ枝に火をつけた。


「ミスタクリス・トナ・エルセといったのか?」


 フォールヴェは眉間に縦皺を寄せた。次に夜空を仰ぎ、そのまま言う。


「ミスタクリス、歳はいくつですか」

「……? 二一です」


 聞くとフォールヴェはがっくりと肩を落とした。


「どうしたの?」


 リフェーラがフォールヴェの顔をのぞいた。

 顔を強張らせて、ヘーゼルの瞳に決意の光を灯している。


「先程の聖盾(ザイン)だが、あなたの(しゅ)は間違っている」


 フォールヴェは枯れ枝を取って、地面にミスタクリスの『聖盾(ザイン)』の詠唱の言葉を書き始めた。


『穢れたるを祓え

悪意たるを遮よ

風の精霊よ

人の子の請する』


「あなたの唱えるべき(しゅ)はこうだ」


 フォールヴェは聖盾(ザイン)の呪を書き直した。


『穢れたるを祓え

悪意たるを遮よ

清きものの眷属よ

汝らの王が命ずる』


「これは神盾(イージス)という」

「それはどういうことでしょう」


 ミスタクリスは表情を硬くして、フォールヴェを見つめる。

 この(しゅ)はまともな神経の人間には口にできない語句でできている。


『清きものの王』――それは神のことだ。


「トナ・エルセなら、その資格があろう。それが奪った名であったなら、(しゅ)を唱えたその場で絶命するだろうが」


 顔を上げたフォールヴェも、顔を強張らせていた。そのまま木の枝を払って呪を消した。


「どうするね? 曲がりなりにも恩人の、その命を危険に晒したくはないが、その名を聞いては知らさぬわけにはいかんのだ」


 フォールヴェも葛藤しているのがわかる。

「トナ・エルセ」の名と、神盾(イージス)にどのようないきさつがあるのか知らないリフェーラは黙って二人を交互に見つめていた。


「では、やってみましょう」


 ミスタクリスはきっぱりと言った。


「穢れたるを祓え

悪意たるを遮よ」


 目を閉じ静かに詠唱を始めたミスタクリスに、リフェーラは青ざめて立ち上がった。


「止めて!」

「清きものの眷属よ」


 ミスタクリスの口を塞ごうと、駆け寄ろうとしたリフェーラをフォールヴェが抱きとめた。


「汝らの王が命ずる」


 詠唱が完成したその瞬間、森全体がざわめいたようだった。

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