逃走
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ジャリ。
閂は歯軋りのように不快な音を立てて閉まった。
二人の官吏が行ってしまうと、フォールヴェは溜息をついて冷たい床に座り込んだ。
「さて、どうしたものかな」
普通の扉ならば、フォールヴェにとって呪で開けることはたやすい。だが公の留置所、監獄の閂には呪を打ち消す仕掛けが施されているはずだ。それでもフォールヴェには開ける自信があったが、その時には国中に触書、手配書が回ることになるだろう。
資産家から金を巻き上げるために、罪状をでっち上げて逮捕と言うことも往々にしてあるが、フォールヴェには目当てにされるほどの財産は無い。ここにいればおそらくは拷問が行われるはずだ。
「拷問はちょっとな……」
そう呟いたが、夕食に嫌いなものを出された程度の嫌がり方でしかない。拷問をそれほど恐れているわけではないらしい。
石壁に背をもたれて逡巡しているうちに、フォールヴェはのんきにもうたた寝をしていたようだ。
ドヤドヤとせわしなく行き交う足音にフォールヴェは意識を取り戻した。
「フォール!」
リフェーラの声に間違いない。
やがて、銀の髪を皮ひもで結い上げたリフェーラが後ろを伺いながら入ってきた。
牢番は行き交うたくさんの足音の仲間に入っているらしく、居合わせなかった。
「フォール! 鍵はどこ?!」
「いたぞ!」
リフェーラを背後から照らして、兵卒が叫んだ。
向き直ると、剣を抜いた兵が次々に駆け込んでくる。
小さく舌打ちをしたリフェーラは飾りだけの剣の柄に手をかけた。
兵らは一瞬たじろいだが、すぐに押し寄せた。
その鼻先で白い光が空中を凪いだ。
兵の足が止まった。
白光の通ったところから、剣の先がなくなっていた。甲高い音を立てて、いくつもの剣先と二つになった閂が落ちた。
リフェーラの手には銀色の剣があった。
そこにあるはずのない剣を呆然と見つめるリフェーラを、鉄格子の中から出てきたフォールヴェが引っ張った。
「こっち!」
剣の切れ味に恐れをなした兵は、悲鳴のような声を上げて道をあけた。
腰を抜かした一人が、ようよう叫ぶ。
「逃げたぞー!」
建物の裏側に向かうと、二階のバルコニーから矢を射掛けられた。
「守壁!!」
フォールヴェの唱えた呪とともに青い光の壁が現れて5本の矢が落ちた。
だが守壁が消えた瞬間を狙って、再度矢が放たれた。
フォールヴェの背に矢が刺さらんとしたその時、
「聖盾!」
矢の前に走り出た牢番の、左手の指輪から緑の光の輪が広がって矢を遮った。
「輝!」
フォールヴェが短く叫ぶと、強い光が出現し、兵達は目を灼かれた。
涙を流しながら彼らが視野を取り戻したときには、リフェーラ、フォールヴェ、そして牢番の三人は姿を消していた。