冤罪
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「おまえか、いかがわしい占いで村民から金品を巻き上げていると言うのは」
ノックもせず、扉を蹴破るかのように入ってきた男がそう言った。
「失礼ですがどちらさまでしょう」
フォールヴェはつとめて冷静を装い、精一杯笑顔で応じた。
この辺境の村では、見かけない連中だ。のどかな空気にそぐわない事夥しい風体である。
二人組は威嚇のつもりなのか、ことさら横柄な態度で部屋の中を歩き回る。さして堅牢でないつくりの床がきしみ、耳障りな音を立てる。
「おいおい、占い師のくせに俺達が誰かわからないのか? ここの占いが信用できないってのは本当だな」
この二人が誰かは良くわからなかったが、フォールヴェに人気と顧客を取られた公的な占者ニールからの嫌がらせであることは、占いができなくてもわかる。
「こりゃあ間違いなくインチキだなあ。留置所へご招待だよな」
「じゃあ、来てもらおうか」
二人に両側からはさむように腕をつかまれると、小柄なフォールヴェのつま先は床から浮いた。
最初からそのつもりで来ていたのだろう、フォールヴェの小さな家の前には囚人用の護送車が止まっており、フォールヴェはそこに押し込められた。ちょうどそこへ戻ってきたリフェーラが飛び出そうとしたが、隠れて見守っていた近所の住民に押しとどめられた。護送車に入る直前、フォールヴェはリフェーラに気付き、騒がないよう目で合図を送ったので、リフェーラもそこにとどまったのだった。
「……フォールは何であんな馬車に乗せられたの?」
リフェーラは赤い唇が白くなるほど噛んで、怒りに肩を震わせながら低い声で聞いた。
皆は無言だったが、本当はリフェーラにもわかっていたのだ。
「こんな理不尽が通るなんて」
心配そうに見つめている人々に無言で頭を下げると家に入り、川で洗った野菜をテーブルに置いて、リフェーラは着替えを始めた。
猟に行く時の服と靴をつけ、革のベルトを巻くと、壁に掛けられた一振りの剣を見上げた。
銀色の鞘と柄を持つそれは、ただの飾りだ。
軽さは銀のものだが、銀無垢ではありえない硬さだ。メッキだとするなら剣の部分がないのだろう。だが脅しの役には立つかもしれない。
そう思い、リフェーラは壁から剣を外し、ベルトの左腰に下げた。
剣のことを知らなければ、腕の立つ女剣士に見える。
赤い皮ひもでまとめた銀色の長い髪と合わせて、鞘を誂えさせたようにすら見えた。
「リフェーラ、短気を起こさずに待っておいで」
「一人で恐かったら、フォールヴェさんが帰ってくるまでうちに来ていてもいいんだよ」
「別に間違ったことはしてないんだから、フォールはすぐに帰れるよ」
扉の外でみんなが口々に声を掛けてくれた。
「ありがとう」
リフェーラは、扉越しに礼を言った。
「おばさん胡桃のケーキを焼くから、少し休んだら食べにおいで」
「俺、昨日、すごい鹿を獲ってきたんだ。夕飯食いに来いよ」
声が届いているとわかって、更にみんなが言う。
「ありがとう。おばさんのケーキおいしいもんね。鹿はシチューがいいな」
努めて明るい声で返事をすると、ようやくみんな安心したらしい。
「よし、シチューだな! おふくろ、俺人参とって来るからさ」
「ケーキ焼けたら呼ぶからね、待ってるよ」
慰めの言葉と足音が遠ざかり、人の気配のなくなったのを見計らって、リフェーラはそっと家を出た。