冬こそ内政の時間
アーク歴1498年
什の月 下旬
ヴェルケーロ領
什の月も下旬になると雪の日が多くなってきた。
これは日本で言う12月の末で…いよいよ本格的な冬が来るのだ。
新領の田んぼはまだ頑張って開発しているはずだが、高地にあるヴェルケーロ領はもう雪がどんどんと降ってきている。
ヴェルケーロは高地だし、おまけに緯度も高いのかそれとも低いのか。
あ、ワンチャンお盆の上世界説もまだ残ってるんだったな。宇宙に球体の星が浮かんでるとは限らないんだった。うーむ。
まあ兎に角寒い。
温暖なリヒタールに住んで、暖かい冬を享受していたリヒタール出身の住民たちは寒さと雪で参ってしまっているようだ。
避難民たちの住処は何とか建物は出来たが、まだまだ個人の家って感じではない。集合住宅と言えるかも微妙な範囲だ。何家族かでまとめて小屋に暮らしている状態である。
暖房もまだまだ微妙。寒い。
外は雪で閉ざされて…まあはっきり言ってまともに農業をできるような状態ではない。
冬用の葉物野菜なんかを育てているが、さあどこまでできるか。
こちらに来てもうすぐ一年になろうとしている。
鉱山の開発も割と順調に進み、定期的に収入を得ることができるようになった。
ゲームだと鉱山の土地を領有したら次の月から収入がガッポガッポだがそんな訳ないのだ。
鉱山ドラゴンのアカは貴金属は大好きだけど卑金属はそうでも無い。
と言うか金ピカにしか興味がないようで、光る銀色であってもホイホイとこっちに流してくれる。
銀も銅も錫も…あんまり掘れないけど鉄もゲットし放題なのだ。やったぜ!
というわけで鉱山は最低でも毎月数百万zくらいの収入を得ることができるようになるだろう。
採掘した金の25%をアホドラゴンに支払ってもこの位の収入になる。こりゃあもっと鉱夫募集しないと。
そしてもっと周辺施設も整備せねば。
まあ整備にかける金も人もないともいう。参ったね。
そろそろお金を儲けることを真剣に考えないといけない時期になってきた。
言うてリヒタールを出る時に色々ポイポイと売っぱらって作った5億zほどのお金はもう残り半分を切ろうとしている。
特に何か大きい物に使ったというわけではないが、行商からいろいろ買ったりみんなの給料にしたりというランニングコストがまず大きい。
それから、移動にかかる費用や保存食の購入、野菜やら作物の種や…それに繊維産業のために購入した糸車や織機など、何やかんやでだんだんお金が無くなるのだ。
糸車に織機なんかの木工品はゲイン率いる大工衆が頑張って複製改良を試みているが…そうやって頑張ってたところにこの新築ラッシュだ。
大工さんみんな過労死しないか心配になる。
とは言え住民の食料や住宅事情はかなり改善された。
作付面積もドカーンと広がり、収穫量は以前の10倍くらいあるらしい。
でも5000名も新しく住民が増えたわけで、彼らの分は賄えるだろうか?
聞いてみたらギリギリ余る程度だと。
そりゃ助かるが、作りすぎじゃなかろうか。
「というわけでそろそろ食べ物の出荷を始めたい」
「はい」
住民の代表を集めての話し合いの場。
と言うか今はまだ俺がメインで進行して指示をする場になっている。そのうち皆から色んな案を出してくれる場にしたい。
「日持ちを考えるとドライフルーツなんか作ってもいいかなと思うのだが」
「ドライなフルーツという事は、果物の干物ですか?」
「…まあぶっちゃけるとそうだ。でも『果物の干物』はなんかこう、生臭くてまずそうだからドライフルーツって呼ぼう。な?」
「はあ」
それは同じモノなんじゃないのかと言う顔をするマークス。
同じじゃねえよ!!!(憤怒
…まあおちつけ俺。
と言うかマークスがこの反応という事はこの世界ではドライフルーツは無いんだな。
トマトはケチャップとかにしてもいいが、どっちにしろケチャップを遠隔地に出荷して売るには缶詰か、最低でも瓶詰の技術が必要になる。それも大量に。
残念ながらどちらも今のところ厳しい。
魔法瓶やプラスチック製の容器なんて遥か遠い夢だ。
まさかペットボトルを夢に見ることになるとは思わなかったなあ。
「…果物の干物は以後ドライフルーツと呼称する。分かったな」
「ハッ」
領主権限である。逆らうものは…なんだろう。
スクワット1000回の刑とかにしてやろう。一部喜びそうで怖い。
「ドライフルーツは後で作ってみよう。甘いと思うぞ。味見役は…」
「はい!」
「では師匠にお願いしようか。他にもメイドや村の女衆にも頼もう」
「やった!」「たのしみだべ!」
いい勢いで師匠が立候補した。
勿論皆にも食べさせる予定。
師匠もメイドさんたちもにっこりだ。
ドライフルーツを作るとしても来年の話になるし、この寒い地方で作れそうなものはリンゴとブドウくらいだ。それほど種類がないが…まあ、この世界は甘い物が少ないからな。
「では繊維産業はどうか」
「ベリスさんが中心になって頑張っておられるようですな。すでに麻織物はかなりの量が出来上がっているようです」
「いっぱい織ったべ。でもちょっと寒いんじゃないかと思うべ」
「確かに今の時期は涼しすぎるかもな…。まあ夏に着ればいい」
村の腕自慢、ベロザの妹のベリスちゃんはいつの間にやら織物工房の長みたいになってる。
可愛くて働き者でみんなを引っ張る学級委員長みたいな娘だ。
『可愛くて』と言っても彼女はトロル種なので俺の美感からは大きく外れるクソボールだが、その豊満な肉体はハマる人はハマるらしい。ふむ。
「それと麻織物だが、これから寒い時期に幾つか雪の上にさらしてみようと思う」
「…雪の上に、ですか?」
「うむ。そうすることで質が良くなる…はずだ。たぶん」
越後上布を雪の上に晒すってのは聞いたことがある。
苧麻だったか?まあ大して変わらんだろという事にして雪の上に置いてみよう。
「ただ、どのくらいの時間置けばいいのかさっぱり分からん。一晩か、それとも一週間か、1時間くらいでいいのか…?まあ試行錯誤だ」
「失敗したら折角織ったのにダメになっちまうんじゃねえべか?」
「その可能性はある。だが、これから何年もかけて何千、何万枚もの布を織るのだ。最初の数枚が無駄になってもその価値はある。上手くいけば価値が跳ね上がるわけだしな」
言うてバラバラにちぎれ飛ぶわけじゃない。
精々湿って変色したりする程度だろう。
もし失敗してダメだっても売り物に出来ないだけで自分たちで使えばいいんだ。
その辺を説明して実験してみることに。
「上手く出来れば大魔王様に献上しよう。そしたら箔が付くぞ」
「なんと!」「大魔王様に…」「オラが織ったものが大魔王様に!」
「そうだ。大魔王様に着てもらうのだ。そう思って気合を入れて作ろう。勿論、村で作ったモノで一番いいのを献上することになる。さあ、誰の作った糸で誰が織った布になるだろうな?もしやすると直接お褒めの言葉を頂くかもしれんなあ」
にやりとしながら周りを見回す。
皆、顔を見合わせたかと思えば話し合いもそこそこに外に飛び出し、工場の方に走ってった。
うんうん、素直で何よりだ。
「まあそれはそうと果物も頼む。ああ、野菜は美味かったって言ってたぞ。アレも皆が世話したやつだな」
「それは領民たちのいるところで言って差し上げるべきでは」
「私たちしか残っておりませんね」
もう領民たちは工場に飛び出して行ってしまった。
残っているのはマークスとマリアと師匠、それにシュゲイムたち。
確かにこのメンバーだけで言ってもしょうがないか。
「カイト殿は民に慕われておりますな。素晴らしい事です」
「そうだな。皆が幸福であることが一番だからな…さて、マークス」
「ハッ」
「帳簿を見せてもらったが、今の資産は2億を切ってるんだよな?」
「はい。細々とした出費が続いております。今月末で残り1億5000万ほどになるかと」
「ふむ」
「出費のメインは鉱山開発や農業開発のための鉄を購入する費用ですな。それから領民へ渡す給料、食料に衣類、種や資材の購入費などです」
まあしょうがないな。
鉄製の農機具や鶴嘴、スコップにシャベルなんかは何をするときにも必要だ。
こっちの世界に来てビックリしたが、鉄製品が異常なほどに高い。
剣や槍は高いだろうと思っていたが鍬や鋤は10万~15万ほど、特注で作らせた備中鍬は30万、試しに作ったはねくり備中なんかは売ろうと思えば1本50万くらいすると言うありえない値段に。
総鉄製のシャベルも40万ほどいると言われて断念。仕方なくスプーン部分だけ鉄で、後は木で作ることにした。くそう。後はノコギリにカンナに、釘に金槌に…鉄はあればあるほど欲しい。
山から採れるだけうちの領はまだマシだ。
幸いなことに俺がいればノコギリはあんまり使わなくて済む。
でもまあいつもいつも俺が山に行って木を処理して木材加工までできるかと言えばそんなことない。
ノコギリやカンナ、釘や金槌などもなくては困る。
釘を使わないどころか金槌もノコギリも使わない業をマスターするにはいくら大工のゲインとは言え荷が重いのだ。つーか無理だろ。