鬣
「そろそろつかれたぞー」
「…おう、一回降りて休憩しようか。えーっと、あそこ空き地があるな」
出発してから1時間ほど経っただろうか。
空を飛んで、山脈を通り越したところで休憩することに。
上空から見ると一か所程よく開けた空き地があったのでそこに降りた。
うーん。こりゃあどう見ても人の手が入ってる。
最近、というか俺が『俺』になってからほぼずーっと森を開拓しているわけだが、森という奴は放っておくとすぐにどうしようもなくなるものだ。
奇麗に更地にしていても気が付いたら草ボーボーで、さらに放っておくと数年で低木が。
30年もすれば立派な森に…って所までは俺は見てないが低木辺りまでは何ヵ所か見た。
念のために拓いた土地がいつの間にやら森になりかけてたからな。
危ないところだったぜ。
俺が今降り立った空き地はその点かなり人が手入れをしている。
下草は踝辺りまでしかないし、木もあんまりない。小さい畑もある。
隠遁している賢者でもいるか、でなければ万一に備えた観測所という使い方だろう。
「ふむ。駐屯所的な感じかな?どう見てもアッチを睨んでるようにみえるよなあ」
「やまをみはってるぞ!」
「そうだな。でもそれにしては砦というか建物がないんだよな…ってああ、アレか」
少し離れたところに隠れるように小屋がある。
まあそりゃそうだ。オーガやオークでも家に住む世界だ。
貧弱な人族が何日も野宿できるわけがない。たぶん交代制でここに詰めているんだろう。
折角だからちょっとあそこに寄らせてもらって情報収集をしよう。
「ごめんくださーい」
「くだいー」
小型化したアカを連れ、ガラッと戸を開ける。カギはかかってなかったから誰かいると思うが、何の反応もない。あれ?と思ったが部屋の隅に気配を感じる。
「そこの人、だまし討ちをする気じゃないのなら出てきて。」
「だれかいるのか?もやす?」
「燃やさないよ。相棒が暴れたがってるから早く出てきてください」
すると戸棚の方からそーっと男性が二人出てきた。
俺の方を見て一度顔を引きつらせ、アカの方を見てもう一度引きつらせた。
「ち、違います!誤解です!」
「わわわ、私たちはただの猟師です!猟師小屋なんです!」
「あー、別に尋問するような気はありません。私は山の向こうのヴェルケーロ領に住むカイト・リヒタール、こっちはウチのドラゴンのアカです。エルトリッヒ公国から騎士が訪ねてきて、どうも今侵攻されているようですが、その後どうなったか…何か情報を持っていればと思っただけです。分からなければ勝手に休んで勝手に去ります」
名を名乗り、別に敵対意思はないと伝える。
すると一人が顔を上げ、聞いてきた。
「わ、我々はエルトリッヒ公国、ミラルゴ山脈観測隊のザレルとニッヒです!姫と騎士団長殿は無事にたどり着いたという事でしょうか!」
「そうです。アリシャ殿とシュゲイム殿、他にも沢山たどり着いておられます。全員かどうかまでは伺っていませんが…」
「おお、良かった!」
「神よ!感謝いたします!」
神に祈られても困る。
だって教会の教えでは神は魔族の敵じゃないか。
魔族は見かけたら殺せって言ってる頭のおかしい宗教もあるくらいだぞ?
まあ細かいことはいいか。
どうも歓迎ムードに変わったのでアカ用にエサを出しながらいろいろと尋ねる。
俺も疲れて小腹が空いたから干し肉を一緒にかじろう。
彼らに食べるか?と聞いたが遠慮された。獣は多いから干し肉はあるんだと。
「食べながら失礼…今の戦況は分かりますか?」
「はい。2日前に近くまで行った時には、王都周囲で攻防しているようでしたが…昨日見た時には城壁で敵を防いでいるように見えました。今日あたりにはもう…」
「なるほど」
なるほど。
お前ら元気そうなんだから見に行くだけにしないで戦えよ、とはさすがに思わない。
何百くらいの戦力があれば包囲している軍に影響を与えられそうだが、二人で突っ込んでもどうにもならんだろう。それこそドラゴンくらいのインパクトがないと。
それにしてもギリギリ間に合うか間に合わないかって所だな。
じゃあなおさら急いで…ってほど彼らに思い入れもないのだが。
まあ乗り掛かった舟だ。
「もう飯は食い終わったか?」
「うん。おなかいっぱい」
「すまんが今度は攻められてる王都の方へ…ところで王都はどちらかな?」
「ああ、案内いたします。こちらへ」
案内ってどういう意味かと思ったら高い木に登って、アレが王都だよって見せてくれるって事だった。
ヒョイヒョイと木に登ると確かに城壁っぽいものが見える。
残念ながら人が見えるほどの距離ではないが、人工の壁のようなものは確認できた。
煙はこの距離からではよくわからない。夜なら火がもっとわかりそうだけど。
「成程ね…アカ、そろそろ行くぞ」
「あぶなかったらかえってこいってマークスがいってたぞ」
「む。とりあえず上空をぐるっと見に行ってビックリさせようぜ。そしたら帰らないかなあってくらいだ。じゃあ、あっちだぞー」
「おー!」
上空へと舞い上がり、先ほど確認できた王都の方へ。
高高度から見下ろすと角砂糖に群がるアリのように王都の城壁を攻め立てる軍隊が見えてきた。
まあ正確には城壁を乗り越えて街と中心部の城郭に襲い掛かろうとしている兵たちが見えた…だな。
「うーん。どかーんする?」
「そうだな。ボスっぽいのがいたらドカーンってしちゃえよ」
「おー!」
軽く言ったものの、もし連合軍の将軍を倒しちゃったらどうしよう。
いや、まともに鍛え上げられた将軍なら子供ドラゴンのブレス程度じゃ死なないはず。
一応俺たち魔族と人間とは大魔王様とかつての人間国連合の名前で和平が結ばれている。
大体1500年ほど前の話だ。
それからは大魔王様が調停役になったり、あるいは無益な戦いや虐殺をする者を粛正したりする。
その観点で言えば今回のは人間同士とは言え、ちょっとやりすぎっぽい感じある。よね?あるよね?
『こら!なにやってんだ!』ってブレスぶっ飛ばすくらい別にええじゃろ。
徐々に高度を下げる。
どうやらあちらの軍もこっちに気付いたみたいだ。
まだ何百メートルも上空にいるからここまでは矢も魔法も届かない。
「どれがぼす?」
「分からん。もうちょっと低くしようか」
「おー」
もうちょっとと俺が言ったのに、アカは一気に高度を下げる。
ものすごい浮遊感が俺を襲い、落ちそうになる…というか浮きそうになる。
「ぎええええ!」
「たのしいか!たのしいな!」
「怖いんだよ!というか目があああ!もちょっとゆっくり!」
目も開けられないほどの風圧。
襲い来る浮遊感。
俺は必死に足をぎゅっと回し、空いた手でアカの鬣を掴む。
「ぎゃはは!くすぐったいぞ!」
「ぐえええ!暴れるなああ!」
「ぎゃははは!カイトやめろ!ばか!」
「やめ!揺らすなこら!ぎゃああ!」
妙なツボに触ったのか、こそばゆいと暴れるアカ。
必死にしがみつく俺。
連合軍とエルトリッヒ公国が戦っている上空で俺とアカの謎の戦いが繰り広げられる。
何分か必死にしがみついていた。気が付いたらアカはポコポコとブレスモドキの火球を吐いていたみたいで、地上はあちこちが燃え上がっている。
城壁の中にも何発か流れ弾が飛んでいるようだ…やばいなこりゃ。
やっべー。今から消したらセーフかな?と思いながらふと下を見ると連合軍側の陣地の真上だった。
カンカンとアカの体に力のない矢が当たっている。どうやらあんまり強い人はこの辺にはいないみたいだ。『早くあれを撃ち落とせ!』だとか、『…をお守りしろ!』だとかって声が聞こえる。
誰か偉いのがいるっぽいなあ。
「はあはあ…カイト、えらそうなのがいるぞ!」
「ひぃひぃ…もうあの辺でいいだろ。適当に撃っちゃえ」
疲れた俺たちには相手が誰だかなんて判別も出来るわけもなく。
「ぎゃおーん!」
アカが適当にぶっ放したブレスで一つの陣地が爆発した。
うん、思ったより被害が大きいかもしれん…やばいな。
色んな意味でやばい。
これは俺が直接打ってないからセーフか?それとも殺す気が無かったからセーフ?戦争する気はなかったからセーフ?…それとも盟約に抵触してるからアウトなのか。
っつーか防げよ…まともな魔法師団やら重装兵団みたいなのがいれば、ちびドラゴンのブレスくらいは耐えられるはずだ。
そうじゃなきゃこの世界で生きていけないでしょ…
そう思いつつチラッと下を見ると炎上した陣地が。
炎を見て『ウソだろ…?』と呆然としたが。
まあ、どうせ適当に撃っただろうし結果は変わらんはずだ。
個人や国を狙ってやったわけじゃないし、セーフだろ。
体が崩れて塩になったり、急に疲れが出たりした感じも無い。せふせふ!せーっふ!
「よし…いい感じで混乱したって事にして、お城の方に行ってみよう」
「おー?」
「ほら、一応姫に頼まれて見に来たじゃん?」
「うん」
「大魔王様にも間に合ったらちょこっと手助けするくらいいいんじゃねって言われてたじゃん?」
「そうだっけ?」
「そうだった気がするけどなあ」
何て言ったんだっけ。
ちょこっと手伝うとか、逃げるなら助けてあげるとか。何だかそんな話をした。
した気がする。
「じゃあお城の方へいくぞー」
「いくぞー!」
ビューンと突然加速するアカ。
「ぎえええ!ゆっくり!」
「ぎゃははは!こしょばい!やめて!」
急に動いたからしがみついた。それだけだ。
だが、鬣はダメだったみたいだ。
アカはギャハギャハと笑いながらまたもポコポコと口から火球を出した。
その行方は杳として知れない。
俺は必死にしがみつきながらどうにか被害が少ない事を、そして大魔王様と師匠に後で怒られないようにと祈っていた。
盟約違反による天罰は曖昧なものです。
実際のところ個人が少々暴れたくらいでは発動しないようになっています
じゃないと盗賊とか村襲うたびに全滅するので。