ゆうべはおたのしみでしたね
もう二度と乗りたくないです。
と俺は言ったが、それでも何とか、死ぬかもしれないとも言ったけど構わないという二人の断固たる決意に押される形でパラシュートを作った。
普段はリュックの中に仕舞ってあって、紐を引けば開くタイプだ。
兎に角頑丈そうな生地にロープだ。
化学繊維など無いから生地も厚ければロープも太い。
当然重量はそれなりの物となり…最近大きく鍛えられてきたとひそかに自画自賛する俺の体だと持つだけで疲れる。
一応砂嚢を使った実験でも問題なかったし、念のため俺も一回飛んだけど問題なく開いた。
もちろんアカにはあらかじめ下で受け止める準備をしてもらって、だ。
同行者は騎士団長のシュゲイム殿になった。
いくらなんでも姫をそんな危険な目に合わせられないとの事だ。
姫は空を飛べなくなってとても残念そうにしていたが、シュゲイム殿が何としてもダメだと断った。
まあそりゃそうだ。
俺でさえ死にかけた。主が絶叫していても放置して隣で遊んでいるようなドラゴンである。
そんなのに大事な大事なお姫様を任せられるだろうか。無理だな。
「まあ、もっとアカが成長して安定した飛行ができるようになったら乗っていいですよ」
「ほんとうですか!いつごろでしょう?」
「ドラゴンの寿命からすると…100年以上先とかでしょうか…?」
「それは…では、私の孫かひ孫辺りにお願いしますわ」
人間の寿命は50年から80年くらいだ。魔族は200~400年くらいか?
まあ種族によってずいぶん違うし環境によっても変わる。何とも言えんけどね。
一方のドラゴンはといえば、これも種族によるが1000年程度のものから何万年も生きるのもいるらしい。
後者はほとんど寝てばっかりで半分置き物みたいになってるようだが。
「じゃあ、アカよ。大魔王様のお城までこの人連れて行ってね」
「おれはしらないやつだけのせるのなんていやだぞ!かいともこないとむり!」
「そこを何とか」
「やだ!」
「…しょうがないか」
はあ。
やはりこうなったか。
もう一度こいつに乗って空を飛ぶ。うん、キツイな。
すでに一度死にかけたのはトラウマである。
あの傘が『すぽーん!』と上空に舞い上がった絶望感は夢に見るほどだ。
出来れば誰かをいけにえにしてアカを訓練してから乗ろうと思ったがそうか、俺が乗ってないと他に人を乗せて飛ぶのはイヤか…そういやパラシュートの実験の時も一緒に乗ってたわ。
「かわいいやつめ!」
「うわ!やめろかいと!」
我儘を言うのも可愛いのでグリグリしてヨシヨシする。
しょうがないか。どうせ大魔王様に報告に行かなければならない案件なのだ。覚悟を決めよう。
翌日ほぼ丸一日かけて二人分のパラシュートを作った。
どうせ雨だったから丁度良かったと言えば丁度良かった。
雨の中ドラゴンの上で何時間か飛ぶ。
考えただけでひどいことになる。まず間違いなく凍死寸前になるだろう。
高度が高いと気温は低くなるが、それ以上に濡れた状態で風に当たると風邪をひく。
そしてその状態を何時間も継続すれば低体温症待ったなしだ。そうすれば体を支えられなくなって落ちるか、落ちずに済んでも体温が下がって心臓が止まってしまうのではないか。おお、怖い。
というわけで万一の雨に備えて油紙で出来た雨具を。
それと寒いだろうから冬物の上着を持って行こう。勿論シュゲイムさんの分も持たせないと。
あれやこれやと用意をする。
何で俺は他人事なのにこう必死になっているのだろう。
パラシュートはまだわかるとしても、雨具に防寒具の用意まで。俺はあの人のオカンか何かか?
いや、アカに乗って出かけると言うのはどう考えてもそのくらいのリスクはある。
飛竜乗りという職業があるが、伝令などに使う飛竜は卵時代から10年近く専門の調教師によって調教され、それから軍に納品されるのだ。前にアシュレイがかっぱらってお城まで乗っていった飛竜は50歳くらいのまあまあベテラン飛竜であった。あれならスムーズに飛べただろう。
翻ってアカは調教3日程度のほぼ野良ドラゴン。
ドラゴンの方が大きくて魔力も強いから飛竜よりはよほど安定するというが訓練期間もクソもない。
おまけにあいつ自体どう考えてもまだまだ子供だ。人間を乗せるという癖もついていないし、人間が落ちたら死ぬという事も分かってないかもしれない。そんなのに安心して乗れるだろうか。俺は無理。
準備を終わらせ、ベッドで悶々としていると朝になった。
「はあ…」
「あまり眠れなかったようですね」
「うおっ!マリアか!」
「あちらの姫様と騎士様も眠りは浅かったようで…まあその分激しく運動されておりましたが」
「…ああ、あの二人そういう関係だったのか」
成程。
じゃあ二人を逃がしたのはもう戻ってくるなって事じゃないか。
もしくは子供でも作って何代後でもいいから復興を、って事か?
「じゃああんまり頑張って嘆願に行かなくてもいいのでは?」
「まあそれはそれでしょう。救えるならそれに越したことはないのでは?」
「…まあそうだな。あっちの情報は何か入って来たか?」
「残念ながら、距離が遠すぎます。今の所こちらに向かっている部隊などは無いようですが…」
「まあそれだけ分かればいい。引き続き頼む」
「はい。朝食の準備はできております。お天気も良さそうですよ」
「それは良かった。日和の良いうちに出立しよう」
食堂で朝食を摂る。
半分くらい食べたところでアリシャ姫とイケメンが戻ってきた。
ゆうべはおたのしみでしたね。
「おはようございます。天気も良いので今日出発といたしましょう」
「はい、よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします、カイト様」
その後3人で食事をして、俺は先に席を立った。
並んで食べる二人はどう見てもラブラブカップルだ。
何で昨日のうちに気づかなかったんだろう?
「ラブラブやな…はあ。アシュレイ…」
「お労しや、カイト様」
「おわっ!今度はマークスかよ…何か用か?」
「準備は整っておりますとの報告までに。坊ちゃんが悲痛な表情をされておられたので、爺は悲しゅうございます。」
俺はそんな顔をしていただろうか?
顔に出さないようにしなければとは思うが、ラブラブカップルを見るとつい爆破したくなる前世の癖でも残っているのかもしれない。そう言う事にしてほしい。
「良いんだよ…俺がいない間は周辺策敵を密に。開墾はほどほどにしておけ。分かっているな」
「勿論です。防衛準備は整えておきましょう。」
「姫をうまく使って護衛の人間たちも作業に混じらせてくれ。畑の周りに杭や柵を作れ。兵が来なくても魔物や害獣避けにはなる」
「ハッ」
野良の魔物と野良の害獣、境目はほとんど無いがどちらも杭や柵である程度は防げる。
猿型には全然効果がないが、イノシシや狼ならある程度いけるのだ。鹿も柵を高くすれば問題ないが…低い場合は普通にジャンプで超えてくる。そして俺の大事な野菜をやっと出て来た芽から食う。
芽を食われた野菜は枯れる。チクショウ。
まさに畜生の所業なのである。
まあ今はそれどころじゃない。
ああ、空飛ぶの怖いなあ