亡命
「アリシャ・エルトリッヒと申します。よろしくお願いいたしますカイト様」
「カイト・リヒタールです。こちらこそよろしくお願いします」
武装解除の後におよそ60ほどの人間を迎え入れた。
いくら魔族領のド田舎の領民といえども人間を見たことくらい…あるみたいだ。
よかった。
ちなみにリヒタール領には一定数の人間とそれよりはるかに多い半魔半人の住民がいた。
混血なんて戦争がいっぱいある前線では当たり前である。なんでそうなるかは推して知るべしである。
まあそこからさらに1000年近くたったからもう訳がわからなくなっているという所だ。
幸いなことに魔族の皆は混血について寛大だ。
そもそも自分の親が何と何の混血かわからないのだ。祖父祖母の代まで行けばもっとわからん。
そして一番色濃く出ている種族を一応名乗るようになる。
農民オーガのタロさん家なんてタロさんはオーガだけど奥さんはオーク、親父は鬼族で奥さんは馬獣人、親父側の爺さんは巨人族で婆さんは鬼族。そして奥さんの親父にオーガがいてここから遺伝したらしい。
何と何のハーフで何のクォーターで…なんて言っても分からんから一番特徴の出ている種族を名乗るのだ。オーガと鬼族の違いは主に体色で、オーガは緑と黄色が多いけど鬼族は赤青黒がほとんどってことくらい。角は両方1本だったり2本だったり…まあ俺も違いは良く分からん。
本人たちも割とどうでもいいみたいだしまあいいんじゃね?
話がずれてしまったが今は亡命者というか使節というか。
エルトリッヒ公国の兵たちはとりあえず武装解除の上で食堂に集めて飯を食わせている。
ウチの取れたて野菜を主としたメニューだ。うまい…と思う。
騎士団長に飯を食わせながらいろいろと話を聞いた。
彼らの言い分と簡単にまとめると、自国の貴族が他国を呼び込んで戦争を始めたと。
そして連邦の他の小国たちも一緒になって攻めこんできたと。
とても支えきれないとの事なので助力を求めに来た…というのは建前で、姫だけでも逃がそうというのが本音のようだ。
その姫は俺より少し年上の18歳。
金髪碧眼のなかなかの美人さんである。
「アリシャ様は魔族領に来られたことはあるのかな?落ち着いているようですが」
「魔族領に入らせていただいたのは初めてです。我が王家には長年仕えてくださっている魔族の方がおりまして、私によくお話をしてくださいます」
「へー。何という方ですか?」
「クルエリシャス・ファラディウムさんです。…ご存知ですか?」
うむ。全くわからん。
「マークス知ってる?」
「知っております。有名な冒険者でしたな。魔界でも一時期話題になっておりましたが…あれはもう100年近く前の話かと思いますが。」
「そうです!クルエリシャスさんはかつての冒険のお話をよく聞かせていただきました。剣も魔法もすごくて…すごくて…私たちを守るために…」
「そうですか…辛かったですね」
「その、まだ間に合うかもしれません。何卒、大魔王様の『がおーん!』きゃあっ!?」
「なんだ?」
話していると突然大きな音が。そして窓から見える姿はってああ、コイツのこと忘れてたわ。
「ドッ、ドラゴン!?」
「姫!お下がりを!」
「あー、大丈夫っす。これウチのなんで…おいアカ!こっち来い!」
「わかったー!まってろ!」
窓を開けてこっちに来いと呼ぶ。
いやあ、すっかり忘れてたわ。伝令もかなり急いでいったんだろうな。そうじゃなきゃこのタイミングじゃ無理だし…ゴメンゴメン。
目を丸くして驚く騎士団長に椅子から落ちそうになる姫様。
こんなかわいいのにそんなに驚かなくても。
パタパタとかわいく羽を使ってアカは飛んできた。
窓、と言っても窓ガラスなんてものは無い。
木の戸板が空いたりしまったりするような窓で、当然閉めれば真っ暗になる。昼間は光を採るために開けっ放しのそんな窓だ。その窓を通ってアカが入ってくる。
こいつが余裕で入ってこれる窓なので夏には虫やら蚊やらが酷いことになるだろう。
蚊取り線香なんかもそのうち作らねば…作れるだろうか。
除虫菊??とかいうのをどうにかこうにかするんだったと思うけど…菊の花っぽいのは見たことあるが、どの菊が除虫菊か俺にはさっぱり分からん。また探そう。
とか考えつつ飛んできたアカを抱きとめる。重い。
「おれさんじょー!」
「お、おう。アカ早かったな。急に呼んでごめんな。」
「いいぞ!どうした!?てきか?」
「あー、敵じゃあなかったみたい。えーっと、あっちのお姉さんがお姫様だぞ。その隣のお兄さんが騎士団長さんだぞ。挨拶して」
「おれは『アカ』だ!よろしくたのむ!」
ちゃんとご挨拶ができるようになったのだ。えらいえらい。
アカをヨシヨシしながら二人に説明する。
「コイツは色々あってここらを守ってくれているドラゴンです。味方には危険はありませんので…よろしくお願いしますね。」
「はい…私はエルトリッヒ公国、第一騎士団長のシュゲイムと申します。よろしくお願いします。さあ、姫も」
「アリシャ・エルトリッヒと申します。よろしくお願いいたします、アカ様…」
「しゅげむとありしゃ!おぼえた!」
シュゲイム殿はさすがに一国の騎士団長を任せられる人材である。
どう見ても子竜とはいえ、ドラゴン相手に敬語で話をしている。
俺は慣れたが、村人の反応を見ると何やら異様な圧があるようだが。
まあ、もしかするとこの人はドラゴンより強いのかも。
見たところそこまでぶっ飛んでないとは思うけど…ゲームでもレベル上げしまくって超一流冒険者になるとドラゴンをソロで狩るくらいはできる。その分領地経営は疎かになるが…難しいところだな。
「ドラゴン…これに乗ればあるいは…」
シュゲイム殿はドラゴンに乗って大魔王様の所へ行くことを考えているのだろうか?
うーん、やってやれない事はないと思うけども…?
「この人たち急いでるみたいなんだけど、お前の背中に乗って飛んでいくってどうだろ?できそう?」
「できらあ!」
「あーいや、軽く言うなよ。ここから大魔王城まで…直線でどのくらいあるかな?」
「おおよそ500㎞ほどでしょうか?うーむ。私も地図で見ただけですからなあ」
「ごひゃく?できらあ!」
「それはもういいから。そもそもお前って人乗せて飛べるのか?」
この世界の地図は縮尺が結構あいまいだ。測量もどう考えても適当だろうし…
ゲーム画面でも行軍の日程は思ったより長かったり短かったりで…まあ山とかもあるからなあ。
だが空からなら直線で移動できる。ただし、方向を間違えなければって話はあるが。
近距離なら問題ないが500kmも離れていると地球の丸みで見えなく…そういやこの世界はお盆型だった可能性もある。それもこれも空高く飛んでしまえば良く分かるかも。
まあこの人たちはアカが飛ぶより高い山を乗り越えてきたのだ。
そう思うとこのお姫様も中々すごいものである。