一応の解決
アーク歴1498年 玖の月
大魔王城 大魔王法廷
あれから一か月がたった。
伯母上は上手くやったようだ。
死火衆をつかい、右大臣ゲラルドと証人たちを無事に捕縛した。
ゲラルドの娘は優秀な軍師だった。
アシュレイの軍師として仕え、覇道を支えたエルナリエ・ゲラルドだ。
俺のぺらっぺらなゲーム知識でも覚えているほどの逸材だ。
アシュレイに負けず劣らずのクソチート野郎で、智謀や外交がアホみたいに高かった。
固有ギフトまで持ってやがって…ああ、そりゃ俺もか。
その彼女は優秀な文官兼魔法使いとして王宮に勤めていたが、彼女がこの件に関与していないと分かってからは事がスムーズに進んだようだ。
彼女が絡んでいるにしてはどう考えても怪しい毒見役を残している辺りが杜撰だ。
逆に罠かもと疑っていたのだが、そうじゃなかったのだな。
まあどちらにしても右大臣一族はかなりの人数がこの裁判で裁かれることになるだろう。
「大魔王様の御成~り~!」
ようやく大魔王様が来るようだ。
被告、原告、見物人の全員が立ち上がって礼をする。
礼の作法は色々あるが、胸に手を当てての略礼がこの場ではふさわしいだろう。
…と思ったら俺の前にいた奴がいきなり土下座しててビックリする。
偶にこういう大魔王様を崇拝してるようなのがいるんだよな。
「よい。皆、面を上げ、座れ」
「「「ハッ」」」
そして着席。
大魔王様はこんな時メンドクセって顔をしている。
「さてゲラルド、アークトゥルス魔王暗殺について申し開きはあるか?」
「私の全く存じ上げぬところでありまして、暗殺などというのも全くの言いがかりであります」
「ほう、そう言っているが?女王よ」
「はい、こちらが証拠になります」
伯母上は続々と証拠を出す。
証人たちの聞き取り結果もどんどん出てくる。
運動後のワインに毒を盛ったメイドは心臓のための薬だと教えられ、風呂係は素晴らしい石鹸だと渡されたようだ。
食事を作った料理人と毒見係はある程度知っていたようで…こいつらは極刑待ったなしである。
問題は罪がどこまで及ぶかだ。
日本だと本人だけである。
とは言えそれは現代の話で、昔は反逆者の女房も子供も磔にしたりってのは聞いたことがある。
中国だと9族まで罪が及ぶとかきいたことある。
9族がピンと来ないが、ひ孫やひい爺婆までか?その上までか?って所だろう。
「これだけ証拠が揃っていると、もうどうしようもないのではないか?」
「…」
ゲラルドは何も答えない。
黙秘をしているつもりなのだろうか。それとも知り合いを庇っているつもりなのか。
「ゲラルド本人とその親、子は死罪。下手人は本人のみ死罪とする」
大魔王様が言うとザワザワと軽い騒めきが聞こえる。
これがどういう種類の物なのかは俺にはわからない。
魔王の一人が暗殺されたと言うのも過去に例が無いようだが、その量刑など当然誰も知らない。
というわけで俺にもこの罪が重いのか軽いのか判別しづらいが一言いいたい。
「お待ちを。ゲラルドの娘、エルナリエは本件の捜査に積極的に協力したと聞いています。それと、実行犯のうち2名は毒の存在を知らなかったとの事です。後者については無知こそ罪とも言えますが、どちらも情状酌量の余地はあるのではないでしょうか。」
俺の一言で騒めきはピタリと止まった。
大魔王様が下した裁定にたかが伯爵位を継いだばかりの小僧が文句を言ったのだ。
中には顔を真っ赤にしている奴もいる。
どう考えても感動のあまり、ではないだろう。
「ふむ…皆、どう思うか」
「大魔王様の決定に文句を言うなど死罪に値しますな」
「本件は一族皆殺しでも良いのではないかという状況です。それを少人数だけにしたという大魔王様の温情を理解せぬ小僧などこの場で殺してしまえばいいかと」
やんややんやと俺を非難する声が聞こえる。
まあ俺も相場が分からんからね。
意見を言った理由もエルナリエをこの場で退場させるのはもったいないな、とそれだけしか考えていないし。まあ、とりあえず今文句を言ってる奴の顔はおぼえたからね。
後でぶっころ…仕返ししてやる。
美味い酒が出来ても飲めると思うなよ!
「良い。では本人たちに聞こう。まずはメイドのタジェナ、どうか。直答を許す」
「恐れながら申し上げます。私のしたことは知らぬとは言え許されぬことです。死罪にしていただけぬなら自ら命を絶ちとうございます」
「ふむ…執事のバルサ、お主はどうか」
「恐れながらタジェナと同じでございます。知らぬからと許されることではありませぬ黄泉の世界で死んでアークトゥルス魔王様に詫びるしかありませぬ。」
ああ、この人たちはそういう人たちだろうな、とストンと納得してしまった。
運動後の酒を持って行ったメイドのタジェナは俺もよく知る気の良い中年メイドだ。
叔父上をよく慕っていたようだし、自分のしたことを許せないのだろう。
風呂場の石鹸を用意した執事のバルサもそうだ。
俺が生まれる遥か前からアークトゥルス城で勤めていて…叔父上の子供時代もよく知っているような人だ。
自分が叔父上暗殺の片棒を担いでしまったとなると辛くて仕方ないだろう。
「ではエルナリエ、お主はどうか。余とて無駄に若い命を奪いたくはないのだぞ」
「私も…いえ。私は、叶うならば父を討ち、償いをしたいと存じます」
自らも死を選ぶと言いかけた所だが、大魔王様の意思に気付いたエルナリエは償いの道を選ぶと。
うむ。そうしてくれ。
伯母上を補佐する人間が欲しかったところだ。
何なら俺を補佐してくれてもいいんだけどな。
「ではこれにて閉会とする」
大魔王様の一言で法廷はお開きに。
それからはスムーズに事が動いた。
ゲラルド右大臣は死刑、その親と妻、子供はエルナリエ以外は死罪に。
エルナリエは一切の身分を剥奪され、一平民に落とされて伯母上に仕えることになった。
まあ彼女ならあっと言う間に元の地位を取り戻すかもしれんな。
メイドのタジェナと執事のバルサは死を選んだ。
これはもうどうしようもなかったので大魔王様は苦痛をもたらさず、眠るように死ぬアロポフェールという毒を彼らに与えた。
喜んで自ら死を選んだ二人はアークトゥルス領に葬られることになった。
「そして事件は解決か…虚しいものだな」
「坊ちゃまは自ら手を下したかったのですかな?」
「いや、そうでも…なくもないけどな。それに…」
「それに?」
「いや、何でもない」
あの後大魔王様から聞いた。
裁判の際にゲラルドの心を読んだところ、犯行はゲラルドが単独で行ったのではないようだ。
それはそうだろう。
毒の3種はこちらでは見かけない物ばかりなのだ。
捜査の進行状況が良くなかったのもそこに関係している。
そもそも魔界で良く知られているような毒薬なら死火衆はもちろん、メイドも執事も当然の知識として持っている。
彼らも訓練を積んだ一流の人材なのだ。
ではなぜその一流の人材が見抜けないような毒だったのか。
答えはその毒が人間界で最近開発された物だからだ。
あちらはこちらと比べ、この千年余の期間は戦争はもちろん毒殺も横行しまくりだったらしい。
むしろ魔界との戦争が出来なくなってからあちらの内部での争いは激化の一途を辿っているようだ。
その一端として、当然のように暗殺の技術も進んだのだ。
身体能力を用いて窓から侵入しての暗殺なんかもそうだが、今回のような薬を用いた暗殺が特にひどいらしい。
銀の器なんかを使っても全く見抜けないし、毒見役を付けても食後数時間たってから効いてくる毒なんかも開発されていると。そんなんどうしようもないじゃん。
まあ対応策はある。対毒のお守りだとか、毒耐性を上げるとかだ。
でもゲームじゃそんなの使わなかったから、俺はどこにあるとか全く覚えてない。
まあソレは仕方ないが…
この暗殺劇は恐らく人間界からの手が伸びてきたのだろう。
ゲームでも同じように父と叔父は殺されたのだろうか。
あの元気さなら病死とは思えない。
同じ手口かどうかはともかく、恐らく暗殺。それも毒殺だろうし。
だが、時期のズレをどう解釈するか。
俺が、俺が…何かをしでかしたのだろうか。
だが俺がやっていたことは畑くらい。領民は野菜がいっぱい食べられるようになって喜んだとは思うが、魔界全体に影響を与えるほどだろうか?人間界がわざわざ動くほどだろうか。
ようやく事件が解決した、復讐が出来たというのに全く心は晴れなかった。