反撃準備
「よし、この辺に陣を張ろう」
「ハッ!」
リリーの進言を受けて、逃げるのはやめた。
前と同じ状況だ。
待つ、或いは逃げて状況が良くなるならそうするが、悪くなるしかないのであれば…戦うしかない。
逃げれば一つ、進めば…進めば二つ得られるか、或いはすべて失うか…という戦いになる。
いや、ここで逃げてもいずれすべてを喪う事になるか。逃げる事すら許されない戦いなのだ。
軍を再度集結することにした。
ただし、場所は変える。川があって丘がある地形。そういうところを選んだ。
川を挟んで反対側の丘に布陣し、一応土魔法で空堀を掘る。
塹壕にもなるし無いと思うが地上戦にはいいと思う。あの大きいの相手に塹壕がどれだけ役に立つかは分からんが、ガクさんみたいに溝が上手く引っかかって踏み潰されずに済むかもわからん。やらんよりはやった方がいいだろう。
一度引いた軍が再集結しようとしている。
オマケに陣を引いて何か工作している。
この光景はあちらからも見えているはずだ。
なんせ5万もの大軍だ。見えない方がおかしい。
ベリオロスはどう考えているのだろう。
本気で俺たちに勝つ、魔王軍を、世界を滅ぼす気なら城や教会幹部なんかどうでもいい。
まずここで体勢が整う前に魔王軍を徹底的にたたくべきだと思う。俺ならそうする。
だが、巨人は教国の施設を次から次に破壊している。
まるで今までの鬱憤を晴らすように。
時どき、『どうだ』とか『思い知ったか!』なんて声が聞こえてくる。
かと思えば手を止めて顔見知りを探しているようにも見える。
見つけた誰かを嬉々として摘まみ上げてぺしゃんこにしている。
特定の誰かを探すような素振りをしていると思えば、今は鬱憤を晴らすように建物を殴る蹴ると大暴れしている。どうしたいのか分からん。
元々そういう奴だったのだろうか。
以前に一度会ったのは教城にマークスとジジイと3人で乗り込んで工場からいろいろかっぱらってる時だったか。その時は仕事に真面目で、責任感もあって理性的な奴だと思った。
それほどおかしな感じでもなかったと思うんだが。
だがまあ、少なくとも兵器開発についてはかなり詳しいはずだ。
俺なんかよりよっぽど…開発のスピードが速いのは金が使えるからだけではないだろう。
知識が豊富なのだ。
つまり要約すると、軍事や兵器に興味タップリで普段は温厚だけど切れると大暴れする…アカンわ。
そこだけ聞くととても一緒に居られるタイプじゃない。
だがまあ、今のところ俺たちをそれほど気にしている風もない。
このまま見逃されている内に下がろう。
そのうち疲れて寝るかもしれんし、暴れ疲れて落ち着いてくれるかも。
態勢を整え、巨人に向かって進む。
こちらに逃げてくるものと大量にすれ違う。その途中で捕らえた捕虜がいる。
まあ逃げ回っている人族はそこらへんにあふれているわけだが、勿論一般人ではない。
枢機卿の一人とどこぞの姫だ。
二人とも目も覚めているようだし、軍を進ませながら話を聞く。
「それで…アレはベリオロスだろ?何やったんだ?」
「アレは…あれは勇者アルスの時と同じ。降臨した聖神様…のはずだ」
「聖神様?大暴れする危ない奴にしか見えんだろ。というか俺が聞きたいのはアイツはもう少し理性的に見えたんだけど…何をやったんだ?って聞いたんだ」
「それは…」
スラサム・ガエルと名乗った枢機卿は悄然とした雰囲気のまま、俺に語る。
途中までは順調にいっていた開発も、俺たちが乱入して研究者を殺して資料を奪って実験機も奪った。
それをきっかけに比較的自由にさせていた作業に見張りを付け、或いは鞭を使ったり薬を使ったりすることもあったらしい。成程。枢機卿のところに聞こえてくるくらいなのだから相当なものだったのだろう。
俺はこの枢機卿の顔を見たことがある。
3人で謁見の間に乗り込んだ時もいた、それに侵攻の時にも遠目に見たことがある。
そしてベリオロスの暴れっぷりを思い出す。
同時にアルスの話も思い出す。
今のところ神様の意志で動いているようには見えない。
いや、少しはそういうのが介在するかもしれないが…どう見ても楽しそうに聖職者や騎士たちをブチブチ潰す姿はマトモな神様ではないだろう。
「…聖なる神なんかじゃねえだろどう見ても。アルスだってクソみたいな思いしかしてねえって言ってたぞ」
「貴様にアルス様のなにが分かるか!」
「何がって…俺は会って話したことがあるんだよ。あー…グロード、剣出して」
「おう」
「貴様は勇者グロード!裏切っていたのか!貴様が…」
アルスの悪口を言われたと思ってヒートアップする枢機卿に剣を見せる。
最初首を刎ねられるのかと思ってビビっていたようだが、よく見ると強力な光の加護が宿った聖剣だという事に気が付いたようだ。
「これは…この聖印は初代勇者様の!?そんな馬鹿な」
「馬鹿なじゃねえよ。返せよ」
気軽に触ってくるんじゃねえよ。
俺のモンだぞ、俺の!
「あっ…な…なぜ魔王が聖剣を触れるのだ?」
「ああん…?」
なにを言っているのかわからない。って顔をしているのは多分俺だ。
この剣はいい剣だと思う。片手で振るには少し重いが、頑丈であるのに切っ先は鋭くいかにもよく切れそう。平和になれば薪割りとかに使っても良さそうだ。
刃毀れもしなさそうだし、頑丈だしスパスパ割れそう。
…まあ俺はそもそも薪割りをするのに指一本あればそれでできるから剣なんていらないが。
なんてことを思いながらヒュンヒュンと振る。
「いい剣だよなやっぱり。グロード、早く俺にくれ」
「なに言ってんだ。俺のに決まってるだろうが!早く返せカイト!」
「ちっ」
しぶしぶ返す。
その様を枢機卿は目を真ん丸にしてみている。
「そんなにおかしいか?」
「魔族は…魔族は聖剣を持てないはずだ」
「ふーん?まあ俺エルフの血が濃いからかな?ほいよ」
「投げるな!(怒」
剣をポイっとグロードに渡す。
そういや普通の聖剣は魔族は持てないんだっけ?
でもまあ俺は持てるんだからいいんじゃないか。
「まあそれはいいだろ。どうでもいいことだ。俺たちは塔でアルスに会ったんだよね。んで、剣を元に戻してもらって…」
サッパリどうでもよくないという顔の枢機卿にかいつまんで説明する。
この剣はユグドラシル王国に仕舞われていたこと。
久遠の塔100層でアルスと出会い、鍛えられたこと。
別れ際に剣を強化してもらった、いや、元の姿に戻してもらった事…など。
「そのようなことが…」
「それと、アルスはあの神についても疑いを持っていたぞ。乗っ取られていたとか、頭がおかしくなっていたとか言っていたな…教会にはそういう伝承は残ってないのか?」
「それは…光の巨人は消え去る前に軍を飲み込んだとしか」
「飲み込んだ?フフッ」
「…何かおかしいですか」
また都合よく解釈したもんだと思っているとグロードが口を開いた。
「アルス様は目が覚めて、自分に付いてきてる軍の非道に気が付いて皆殺しにしたって自分で言ってたぜ。人族が魔族を虐殺して犯して…まあ兎に角酷い状況だったんだと。そこのところは本当に辛そうにしてたな。アルス様がお生まれになったタクナラ村を思い出したんだろうな」
「アルスの村…ああ。そういう事か」
魔界じゃ憎むべき敵としてしか伝わっていないが、恐らくアルスの住んでいた村も魔族の手の者にズタボロにされたのだろう。当時は争いが酷かったらしいしな。
かなり荒んだ世の中だっただろうし、あるいは魔族のふりをした人族の者だったかもしれんが…