乱入者
ボロボロになった城壁、もはや機能していない障壁。それに空襲の煙が残る街並み…
俺たちが入った教都の町は何かが燃える臭いに包まれた死の都だった。
未だ教都のあちこちで散発的な戦闘がある。
それほど集団で待ち構えているというのはレアケースだが、建物の陰からいきなり飛び出してきてナイフや包丁、鎌、ハンマーなんかを持って突っ込んでくるようなのはあちらこちらである。
コッチはフル装備の兵隊ばっかりだ。
そんなもの効かん…と言えればいいが、勿論普通に効果はある。
刃物も鈍器も、辺りどころが悪ければ死ぬし、戦闘不能になるくらいは十分にあり得る。
素手で手を挙げて出てきた子供を迎え入れようとしたら背中に爆弾をしょっていたというケースもあった。勿論その子供も死んだが、うちの兵も死んだ。
事前に『皆殺しにしろ』ってことを言ったが、やっぱりこうなるんだよな…
もう嫌だわこんな戦争…
幹部みんなうんざりという顔をしているが、兵士もうんざりしているだろう。
あるいは得体の知れん狂気に恐怖しているかだ。
ただまあ救いとなることはある。
元の世界だといくら鍛えても爆弾でドーンすればどうにもならないが、この世界ではレベルを上げて鍛えると耐久力もぐんぐん伸びる。
武将クラスになると個人の手持ちできるサイズの爆弾なんて、皮膚の表面が焦げて破片が軽くめり込んで、衝撃でぶっ飛ばされるくらいしかない。酷くてどこかを折る程度だ。
だから最前線の掃除には兵ではなく幹部が出ていく、というよくわからん状態になっている。
その幹部クラスでも重火器を急所に食らえば死ぬし、自分と大差ない力量の者から不意打ちされるとあっさり死ぬが…まあそんな強者はもうほとんど残っていない。
なので幹部が最前線で、何度か助けようとしたものに爆破されて治癒しながら進むという悲しい事態を起こしながら制圧は進んでいった。
そしてたどり着いた教城。
以前に来たときはここの屋上に降り立ち、中庭から逃げ出した。
あの時はマークスとジジイが…
いや、やめよう。
「行くぞ」
「「「応!!!」」」
城の中は防戦がすごいことになると思ったがそうでもない。
むしろ素通りできる。
謁見の間がどこだったかはよくわからないが、体が勝手に進む。
気配がするのだ。以前に感じた恐ろしい存在の気配が。
そこに向かって進む。ただひたすらに進む。
後ろにいる兵や将たちはみな顔色が悪い。
「ものすごい気配だ。どんな強い奴がいるか楽しみだな。」
「塔の最上階にいた奴に似ていないか?」
「あのバケモノか。そう言われれば似ている気がするが」
「俺が思うにほぼ同じ存在なんじゃないかな」
以前に久遠の塔最上階で倒したバケモノとほぼ同じ気配がする。
いや、あっちがほぼ同じなのかな。まあ前後はどちらでも良いか。
「たのもーう!リベンジマッチに来たぞ!」
「よう…や、く来た。か。マったぞ。カイ、ト・リヒ、タールヨ」
「おう…なんだそのザマは…まあいい。行くぞ!」
「コイ」
以前と同じ謁見の間、以前と同じ間取りの空間の中にはこれも同じように教国幹部らしい連中が薄ら笑いをしながら横にいる。
そして教皇は背中からだけではない、体のあちらこちらからおかしな触手を出し、背には翼が、そして舌は地面に付くほど長い。顔はそれほど違和感がないが、耳は左だけ大きく変形し、腕に角や目もある。
パッと見て気持ち悪い。浸食されているのだろうか。
…そして本人も具合が悪そうだ。
だが、こいつも…恐らく変身する。
ボスなんだから変身は当然だ、というのが俺の認識だ。
「でええい!」
爪切り短剣に可視化するほどの魔力を流し、斬りかかる。
触手で防がれるが、その流れはすでに経験済みだ。
「ぜああああ!」
101層をクリアしたことで対神属性の付いた短剣は触手を切り裂いた。
そしてさらに追撃。
「ハッ!」
「やあああっ!」
グロードがアルスの剣で触手を斬り、アシュレイが角槍を使ってさらに穿つ。
そして、101層の時は耐えることしかできなかったガクさんは塔で貰った棍棒で触手を薙ぎ払う。
ブチブチとちぎれる触手。
前回とはまるで違う手ごたえだ。これはいける。勝ててしまう。
「あ、アー!」
教皇が何か叫ぶとこちらに向いた指と触手からビームが。
「アムルタート!」
左腕に装着した不滅ナル者を呼ぶ。
その盾は俺が呼ぶ前から大きくなり、閃光を防ぐ。
衝撃を受けるが転倒するほどではない。踏ん張り耐える。
いける。
奴の攻撃は防ぐことが出来るし、奴の防御は貫ける。
これなら負ける事はない。前回とは全く違う流れだ。
これなら。
「いけるぞ!うおおお!」
前に出る。攻撃を捌く。捌ける。
前回は手も足も出なかった。
だがやれる。塔で得た力は無駄ではなかった。
「教皇様!おのれ!」
「魔族共に死を」
「「「死を!!!」」」
すると劣勢を感じ取ったのか、前回はぼんやり見ているだけだった重臣たちも戦闘に参加してくる。
攻撃魔法を放つ者、手にした鈍器で襲い掛かる者、そして何らかの封印術を行使しようとしてくるもの。
「魔王様を救え!行くぞ者ども!」
「「「おおおおーーー!」」」
こうなると総力戦だ。
あっという間に謁見の間は…前世で言うと広いホールくらいのスペースは、血染めの空間になった。
どちらの者とも知れぬ真っ赤な血が飛び散り、だれの物とも知れぬ腕や足、生首がオブジェとして飾られる素敵な空間の出来上がりだ。
そんな中、俺たちのいるところはぽっかりと穴が開いているようになった。
圧倒的な強者の持つ魔力が渦巻き、一般の兵やそこそこの強者も近寄れない、そんな空間が出来上がってしまったのだ。
「もう良かろう…止めだ!」
満身創痍の教皇、そしてすっかり弱った触手。
どうやら変身はないらしい。正直助かった。
勢いのなくなった触手はその根元、教皇の背中部分から少し離れた空間からちょこっと覗くだけになった。
そこにアシュレイは渾身の突きを放つ。
突きのために僅かにタメを作ったろうか。
「おっと、そこまで。『神』に止めを刺されては困る」
その僅かな隙をついて、乱入者が現れる。
「なっ!よせ!?」
「断る」
そしてその男は俺の静止より早く動き、弱り切った教皇の胸に短剣を刺す。毒々しい色の短剣だ。宝剣というより魔剣の類だろう。
「ああ…これでようやく。ようやく揃った。」
「お前は…お前は…オラベリオ?」
短剣を刺したのは学者然とした男だ。
以前に会った事がある。
ここに忍び込んだ時、兵器工場で夜中に残業をしていた…科学者かと思ったが…
「覚えていてくれたのか、カイト・リヒタール。だがオラベリオは真の名ではない」
「…なに?」
バチバチと放電するかのように魔力が迸る教皇の胸元。
そこからえぐり取られる教皇の心臓。
まるでスローモーションのように、その心臓はオラベリオの胸に沈んでいった。