迎撃準備
先の特攻の後のことだ。
アシュレイの出産、回復を待ち、ダンジョンに行くまでの間にどうもベラトリクス魔王がおかしいとマリアから連絡が有った。
元々、『俺』を殺したのは教皇ともう一人いた。『~王』という称号を持つ者は人間界と魔界とで既に数名しかいない。そのうちの一人がベラトリクス魔王だ。
という訳でベラトリクス領に張り付かせていたマリアの手の者を一気に増員すると、かなりの頻度で人族と連絡をしている事が分かった。陸路に海路、それに空からも連絡を取っている。そして建設中の飛行場に沢山増えた工場、行き交う人族の多さ…
それをキャッチしたマリア達の部下も何時の間にやら増えたんだなと思っていたが…まさか昔、話半分に言っていた『忍者学校計画』や『歩き巫女計画』を実行に移していたとは思わなかった。
学校の卒業生たち、その一部は選りすぐりのまさに忍者となっている。
だが、殆どの卒業生たちは商人や騎士、あらゆる身分に化けて魔界中に散らばっている。
そして混血の人族よりの者たちは人間界にも沢山散らばっている。
歩き巫女計画についてはさらっとマリアにこういうものがあってだな…と話していた。
それと同時にあれは酷いと言っていたからか、それほど悪い扱いにはなっていないようだ。
様々な理由で選ばれた可愛い子供たちに様々な教育を施す。
そうして美人で教養のある一流の淑女を沢山産み出し…そして地元の名家や商家に嫁がせる。
そして夫や義父、子供らの口から入った情報を馴染みの商人と話す、と言う塩梅である。
勿論孤児だけではない。
最終的にはアークトゥルス城下に学校を構えていたが、あそこを卒業するといい所に嫁げると話題になって他領からも子供を受け入れていたほどだ。
これらの計画のおかげで広い意味での忍び。
現地に溶け込んで暮らし、時折情報を渡すいわゆる『草』は何人いるか分からない程になったと。
うーむ。
こういう計画はすぐに効果が出るようなものではないと思ったが…月日が経つと随分違いが出てくるものだ。忍者学校の方がヴェルケーロ学校よりいいんじゃないか。参ったな。
そうこうして集められた情報を収集して解析するのはマリアたち幹部のお仕事だ。
そして集められた情報をもとに、予想される侵攻ルート、使用されようとしている兵器を軍議の場で皆に説明する。
「なるほど、こういう計画か…」
「3方向同時とはなかなかやりますね」
そうして人、モノ、カネ、武器、食糧の流れが分かる。
各方面から入手した情報を分析すると敵の攻め手が見えてくる。
どうやら今度は前回よりさらに上の3方向からの攻撃を仕掛けてくるようだ。
奪還されたリヒタール方面、そしてヴェルケーロ方面。
さらに海路を使い、ベラトリクス領から上陸して大魔王城を強襲すると。
事前に俺たちはこの計画が分かっていたので、あちらが本腰を上げて攻めて来る前にリヒタールを取り戻すことにした。
その気になればリヒタール奪還は何時でもできたのだ。必殺のモグラ作戦さえ使ってしまえば。
だが、モグラ作戦は二度三度と使えるものではない。対策は難しいが、やってやれないことはない。
例えば水だ。リヒタールは水も豊富なのでトンネル内に水をドドーンと流し込むだけで穴を掘っている者は全滅するだろう。
それにあまりに早く奪還すると敵の計画が変わってしまうかもしれない。
そうすればこちらもそれに応じて手を打ち直す必要が出てくる。
「で、3方のどれが囮かだが…」
「ヴェルケーロ方面ではありませんか?この陣容だと…」
ヴェルケーロ方面には旧タラモル国と旧自由連合軍が、リヒタール方面には旧帝国領から主に出兵。
ベラトリクス領からは教皇領と南部諸国から。
「前にも言っていたが、ユグドラシル方面には攻めないのか?」
「あちらの防備はエルフ以外に特に厳しいようですよ」
「ああ、そう言う事をラム爺が言ってた気はする。俺には良くわからなかったからなあ…」
エルフとその血族以外には物凄く有効な結界があるらしい。
どういうシステムだかは分からないが、それを使って独立を貫くことが出来るのだとか。
そんなのでもないと見た目の美しいエルフは人族にホイホイ狩られてしまう。
『若のようなエルフなら人族の雄が大変喜ぶでしょう』とラム爺が言っていた。
そうはいっても長年奴隷にするのは厳しいようだが、痛めつけられて兵舎で弄んだあとポイされるくらいは普通にあるようで…何と恐ろしい。
だがまあ、この侵攻のキモはどう考えてもベラトリクスだ。
コイツを裏切らせるというカードを切るのだからあちらもある程度は本気を出す。そして逆に言えばベラトリクスを倒せばあとは崩れるだろう。
「本命はベラトリクス魔王領からの攻撃だと思うがな…確証はないが、恐らく他の方面では時間稼ぎをして、後方が混乱したら一気に侵攻しようとするはずだ。ならそれに乗っかってやる。リヒタールの西壁の補修を急げ」
「やっていますが…」
「よし、視察に行こうか」
軍議そっちのけで視察に。
見ると頑張ってはいる物の、もう一つ必死さが足りない。
補修を担当している者を集め、組を作る。
さらに各組の組頭を集めてその前におもむろに酒を並べる。
「一番に出来た組には…そうだな。このベロザ印の酒を10本やろう」
「おおお!?」
「2番目の組は3本だ」
「おお…」
「3番目は普通の酒1本だそれ以降は無し」
「…おお」
「分かったか!分かったらキビキビ動け!後ろで聞き耳を立てている奴らも!最初に終わった組は酒10本!2番目は3本!分かったな!」
「「「おおおー!!!」」」
こうしてどこやらの太閤様が若い頃にやったやり方を真似し、城壁の補修をした。
あらかた補修が終わった後、翌日も同じご褒美が欲しいというので何回かに分けて作業をする。
気が付いたら3交代で突貫工事が始まっていた。最終的には奇麗に出来た所にまたご褒美で…持ってきた酒が無くなった。
「もう酒が無い。最後はパーッと皆で飲め!」
「「うおおおー!!!」」
どんちゃん騒ぎでうるさくて眠れない。
そして本来なら壁を破壊しつくされ、更地になっていたところに…前より頑丈な城壁が出来上がった。
1ヶ月ほどかかりそうな工事を7日かからずやってしまったのだ。
これは嬉しい誤算だ。
時間稼ぎをするにしても一度決戦するしかないと思っていたところで城壁ができた。
向こうにしてみればいきなり現れた巨大な城壁をみて、これを攻略しなければならないのかと少し怯むだろう。こちらはビックリさせて怯んだところで決戦をする、あるいはちょこっと戦って引く、本格的に籠城するなど先鋒が選び放題になるのだ。
そしてその3日後。
敵リヒタール方面軍の、その先鋒が見えた。