閑話 リリー戦記④
あれから私は指揮官を、勇者を、そして後方の輜重隊を狙い討った。
敵の勇者と名乗る者が天馬に乗って現れたが、私の敵ではなかった。
マークス殿やカイト様、それに何よりアシュレイ様に比べると…鼻で笑ってしまう程度の強さだった。
カイト様はアシュレイ様が何としても生き返らせるとの事。
私が出来ればその役を担いたいが、恐らく私では駄目だろうと。
『久遠の塔』の復活システムにはよくわからない制限が多いようだ。
カイト様はロッソさんは生き返らせられなかったようだと言っていたし…どうやら配下にあるか、或いは一緒にダンジョンを探索したか、それから死に方等にも条件があるらしいとの事だ。
マークスさんも同じような事を言っていた事が有る。
以前に大切な人を生き返らせようとして80層を攻略したが、その人は結局生き返らなかったと。
そして何かあった時のためにさらなる力を求めたのだそうだ。
マークスさんはその時悲しそうな顔で『力などいらなかったのですがね…』と呟いていた。
私は…私はもっと力が欲しい。
力を得てカイト様の役に立ち、そして皆を守る。
甥を、姪を、そして新しく生まれた娘を。
私が守り、この眼を受け継いでもらう。そして娘もカイト様に代々仕える。
私が今の力を出せるのはあと10年も無いだろう。その後は娘が、そしてその娘が主に仕えるのだ。
そうしたいと思わなくともそうなるだろう。
カイト様が復活されれば皆に力が戻る。
そうなると防衛はもっと楽に確実に守れるようになると思うのだけれど。
でもそこはアシュレイ様頼みだ。
いくら強いとはいえアシュレイ様も復活されたばかりでブランクは長い。
ならば私が、と思ったがマークスさんに言うと恐らく私ではカイト様は復活させられないと。
何故私はこういう時に役に立てないのか、落ち込みもしたが…
「あそこだシャイナ!…いくぞ!サンダースピア!」
「ぐわああ!」「た、隊長!」「隊長が…おのれ私が指揮を引き継ぐ!」
「…ダブル!」
「ぐわあああ!」「ふ、副隊長!?」
騎竜のシャイナと共に、何人の人族を殺めたか。
最早数も数え切れない。
「…ふう。次に行くぞシャイナ…」
「キー!」
内壁を守り続けて1か月近くになる。
さすがに双方勢いが落ちて来た。
我々は糧食の類に不安は無いが、さすがに敵軍は補給が困難になっているようだ。
敵の補給部隊もどんどんときているが、そちらも可能な限り排除している。
あれだけの数がいれば消費も多かろう。
飢えれば帰る…と信じていたが、敵兵はガリガリになってもまだ目を爛々と輝かせて攻め寄せてくる。
どうすれば良いのか…
一方の我らは食事の方は問題ない。
だが、武器弾薬はそうでもない。
さすがに撃ちすぎて銃身が壊れる、剣や槍弓が破損する。
地雷の魔石が不足する、あるいは弾の材料や火薬が無くなってきたりとこちらも不安要素が大きくなってきた。
同時にアカ殿の勢いも落ちてきた。
カイト様がいなければなかなか疲労が取れないようで…ブレスも連発は厳しくなってきているらしい。
アカ殿がペースダウンしたところで敵の航空部隊は動きが活発になってきた。
増援に来た天馬兵が暴れ始めたのだ。
だが…敵の天馬兵も多くいるが、牧場で増やした飛竜はカイト様の言う豚算的に増えた。
飛竜は一度の産卵で5個卵を産む。
1年で親離れし、2年で繁殖が可能になるので番いで飼った場合、3年目には子竜、孫竜合わせて20頭を超えることになる。3ペアで開始した牧場はあっと言う間に100頭を超え、出荷していたが…当然だがヴェルケーロ領で調教もする。
相性のいい調教師はそのまま竜騎士となって、沢山の竜騎士が誕生しているのだ。
まあかくいう私も卵からかえった飛竜を育てている内に、いつの間にやら竜騎士となったわけだが。
「よし、良いぞシャイナ。そろそろ帰るか」
キー!と可愛く返事をする我が愛竜。
頭をなでながら、率いていた部隊員に聞こえるように合図の笛を3度鳴らす。
戦っていた飛竜隊は1名が落とされたが、後は健在のようだ。
「エイムズはどうなった」
「残念ながら…」
「そうか。では一度帰投「キキー!」む…新手か」
シャイナと名付けた私の飛竜が敵襲を知らせる。
空を飛ぶあれは、天馬ではない。大鷲だ。
「おまけに勇者か…ハハ。面白い」
まだまだ距離があるが、一目見て分かるほどの気を感じる。
マークスさんやロッソさんには劣るが、人族の中では明らかにトップクラスの強さ。
此処から3倍になるとすると魔族では勝てないのではないかという強さだ。
―――それはつまり、今の私と比べても大差ないレベルだという事だ。
「皆は下がれ。天馬が来るかもしれんから慎重にな」
「ハッ!」
味方を下げている間に敵のグリフォンが近くに来た。
「よう。人族の竜騎士とは珍しいな?それも勇者か」
「む…やらんのか。そちらもご同輩だろう?」
闘気はみなぎっているようだが、すぐに戦ろうというわけではない様子だ。
「私はリリー・エルトリッヒ。カイト様に仕えるものだ。そちらは?」
「エルトリッヒのお姫様か…聞いたことはあるぜ。俺はグロード。グロード・エルタラーレだ。カイト・リヒタールには会ったことがあるぜ。あそこのドラゴンに乗ってるアイツとちょいちょいと戦った程度だがな。まあ俺様の相手じゃなかったが」
城壁の上でいやそうに戦っているアカ殿を見ながら言う。
嫌そう、面倒そうではあるが、そこらの兵の何百人分もの働きをすることは間違いない。腕を振るうだけで何人もの兵士が吹き飛ぶのだ。
「…ふっ、そうか。それは何年前の戦かな?」
「ああ?えーとあれは…3年くらい前…か?」
少し思い出すようなそぶりを見せてグロードは言った。
ふっ、3年前か。カイト様は1年過ぎる毎に桁違いに強くなる。それが3度だ。
最早比較にすらならんだろう。
「ならばカイト様はもはや貴様の全く及ぶところではないだろう。訳の分からん神の加護が効いていたとしてもだ」
「なに?」
「あの方のギフトは特別製だ。自らの領地が増えれば増えるほど強くなるのだからな」
「その割にあっさり死んじまったじゃねえか」
「そ、それは貴様らが…」
こ、この男は絶対に言ってはならない事を…
「カイト様を暗殺しておいて死んじまっただと…この!教会の犬が!死ね!」
私の怒気に反応してか、思わず神気が溢れる。
勇者にのみ付与される“神気”。
魔力とも上位魔族の纏う魔闘気もまた別物の…白銀に輝く魔力の奔流。
剣を抜き、大上段から斬る。
慌てて受けるグロード。
だが押し込む。このまま斬ってしまおう。そうしよう。
「ま、待て。俺はカイトを馬鹿にする気はなかったんだ。昔アイツに言われてな。『本当に魔族が望んで戦いを挑んでいると思ってるのか』、『自分が魔界を統一するからその時どう動くか、よく考えろ』って感じの事を」
「カイト様の言いそうなことではあるな…それで?」
「それでこの騒動だろ?俺は人族が、いや…教会の言う神が信じられなくなった。」
つばぜり合いのまま話をする。
だが、何を今更。
朱に交われば赤くなるということわざをカイト様に教えていただいたが、教会に触れたものはアホになるのだろうか。
私はこの無知蒙昧な同輩に、一つ世の真理を教えてあげることにした。
「教会の…教国の言う神は紛い物だ」
「そうかもしれん」
「カイト様こそが神だ」
「そう…!?え?ええ…?」
何を驚くのか。
当然の事ではないか。
「むしろカイト様が神でない理由を知りたい」
「ええ…?だって死んだじゃん…?」
「間もなく復活の日が来る。神の伴侶たるアシュレイ様がその役目を担っておられる。嗚呼、思えばこの時のために神はアシュレイ様を蘇らせたのだな」
「え、お、お…そうかもな。そうかも知れん。ま、まあ今日の所は顔合わせだけだ。俺が来たからには航空隊はできるだけ抑えるから。じゃ、じゃあまたそのうちな」
「まあ待て。言いたいことは分かった。では少し手合わせをしよう。話だけして帰ると怪しまれるだろう」
「む、そうか。では参る」
「おうとも!」
グロードは中々以上に良く出来る腕だった。
だが、お楽しみは程々の所で終わりになった。
残念なことだ。
他のヴェルケーロ住人たちはリリーさんほど壊れてないです。
リリーは母親が死んだところをカイトが生き返らせた、と思っているのでちょっと壊れているだけなのです