閑話 リリー戦記③
砲撃を受け、門が崩壊した外壁は放棄することになった。
内壁は前回の侵攻の後、さらに分厚く、高く改装した。
頑丈になった内壁だが、何発、何十発と砲を撃たれると…厳しいだろう。
外壁の防御に当たっていた味方を取り込んで門を岩で塞ぐ。
同時に、後方からは残っていた民を逃がす。
残念だが、いずれここも放棄することになる可能性は高い。
「地雷の設置は?」
「可能な限りは済ませた」
義兄とゴンゾさんが話している。
ベロザさんは外壁からの撤退戦で殿を務め、銃弾を15発も食らった。
あの大きな体に硬い皮なので致命傷には程遠いようだが、下手に銃弾を取り出すと出血が酷いことになりそうだ。
治癒魔法の熟練者はもっと重症の患者に当たっているので少し落ち着いてから、あるいは熟練の魔法使いが増援に来てから取り出すことになるだろう…いつになるやら。
『ドオオオンン!』
「お」「早速かかりおった」「がはは!たのしそー!」
遠くの方でと大きな音と火柱が上がった。
敵軍が地雷を踏んだのだ。
アカ殿は『おれもおれも』と言いながらバンバン打つ。
機嫌よさそうで何よりである。
地雷は魔石と着火剤を使う。
ユグドラシル遠征から帰ったカイト様がゴンゾに作らせたもので、軽く踏む程度なら問題ないが軍勢がドカドカと踏めば爆発する。
魔石は冬の寒い時期の燃料として重宝するが、この際だ。
出し惜しみしていられる状況ではない。
「これで少しでも足が止まれば良いのですが…」
「難しいじゃろうな」
難しいだろう。
外壁を挟み、3日の攻防でわかった。
彼らは異常だ。
次から次へと押し寄せる軍はまるで疲れ知らずだ。
昼に夜に、惨たらしく死んだ味方の屍を乗り越えて攻めて来る。
個人の強さは私から見るとそれほどでも無いが、粘り強く士気は非常に高い。
こちらには頑丈な城壁があり、そして鍛えられた部隊長たちは粗末な武具を付けた兵など物の数ではないとばかりに屠る。
だが。
それでも数の暴力には負けるのだ。
「あれだけ撃たれればもう少し怯むと思うのですが…」
壁に開けられた穴からパンパンと軽い音を立てて銃弾が飛ばされる。
撃つのは主にゴブリンや人族の戦士たち。
魔族の戦士はそれより大きな筒、大筒をドン!ドン!と撃つ。
良くあんな物支えられるな、と思うが私も持ってみれば普通に持てた。
人間、やれば何でもできるものなのだ。
その大筒からは新開発の榴弾が撃ち放たれている。
着弾と同時に内部の火薬が爆発し、周囲に爆風と破片が撒き散らかされるのだ。
そして別の筒からは散弾を撃っていた。
こちらは射程は短いが小さな玉や石ころが雨霰と敵軍に降り注ぎ、沢山の怪我人が出る。
「両方とも坊ちゃんは嫌いだと言っておったが、なかなかの威力じゃな」
「悪意を撒き散らかす砲弾で大嫌いだと言っておられました」
「そうじゃな。上手いこと言うわい…だが…」
通常の軍なら巻き散らかされた破片で負傷した者は一度止まる。あるいは回復のために下がる。
こちらはその分時間が稼げる。
怪我人が沢山出て治療が必要になるし、死人とは違い怪我人は食糧も消費する。
その分、敵を止めることが出来るから単に人を殺すより効率が良いとの事で…反吐が出る考え方だと言っておられた。
だがそれもこれも、通常の軍なら…だ。
「止まらんのう…どうなっとるんじゃ。あいつらの目つきは真面じゃないぞえ」
「まるで薬にでも酔っているようですな。しかしこれでは…」
「…私が止めます。義兄上、竜騎兵を使いますよ」
「おう。好きにしろ」
指揮官は複数見つけている。
この魔眼はこの時のために在ったのだとばかりに敵軍の弱点、強者、指揮官の存在を浮かび上がらせる。
私が狙うは強者にして指揮官。
恐らくは勇者もいるだろう。
私はこの戦いでよく分かった。
カイト様は私を対勇者、あるいは神に率いられた軍の切り札になると知って救ってくださったのだ。
「視えているぞ…サンダーストライク!」
魔眼に導かれるままに雷を落とす。
数を撃つ必要はない。
大きな魔力を込めた一撃はその周囲まで効果を及ぼす。
雷に打たれ、前線の指揮官と思しき者は倒れた。そしてその周囲も。
一撃で倒した。
恐らくはそれなりの強者ではあったが勇者ではなかったのだろう。
だが、勢いは止まらない。
「…次に行くぞシャイナ」
「キー!」
愛竜とともに空を駆る。
天馬隊が慌てて向かってくるが、相手をするのは味方の飛竜隊に任せ、私は敵の指揮官を撃つことに専念しよう。
前線にいる指揮官を殺す。
それで少しでもこの勢いが弱まればよいが、止まらない場合は…
なお、カイトは別にリリーを対人戦の切り札にしようとは考えていなかった模様。
むしろ対魔族戦の切り札として使えるんじゃないかと考えていた