閑話 リリー戦記②
「サンダーストーム!」
外壁の外、敵軍が満ちる大地に轟雷が吹き荒れる。
雨でも事前に振ればもっと威力が上がったが、今は落雷のある地点に居る一部の敵兵を消し炭に変える程度だ。
状況は…良くはない。
私が最も得意とする雷の魔法はこの晴れきった天候と相性が良くない。
いや、ハッキリ言って相性が悪い。
冬の時期、雪で満ちていた大地は春を謳歌している。
天は青く晴れわたり、暖かく…絶好の侵攻日和なのだろう。
「がはは!たーまーやー?」
一方のアカ殿は元気いっぱいだ。
トンネルに、山中に、外壁外に、戦場が変わるたびに火の海を作る。
おかげで敵軍の進行は極めて遅い。遅いが…止まることはない。
次から次へと、後ろから押し寄せてくる。
波のように、押しては引いてという感じではない。
バケツに雨粒が溜まるように…時間をかけるほど増えてきているのではないかと思われるほどだ。
そしていつかあふれる時が来る。そう予感させるに十分なほどの量だ。
こちらの方面では冬の間は人族たちは大人しくしていた。
リヒタール方面では既に弐の月になる前から侵攻が始まっていたらしい。
電撃的な侵攻、と言う訳ではない。
日数的にはカイト様が死んだとの知らせがあり、それから準備したようだった。
とは言え弱体化した魔族では強化された人族の軍勢を押し返すことは難しいようである。
飛竜を用いた連絡ではすでにリヒタールは陥落し、敵軍はアークトゥルス城に向かっているとの事だ。
そして暖かくなり、降雪が減った。
満を持して、と言う形で侵攻してきた彼らは士気も非常に高い。
士気が高いと言うより、熱狂的であり…何かに操られているような怖気すら感じる。
快晴で、燃費が悪いとはいえ私の『雷嵐』を見れば足が止まり、恐怖に体が動かなくなる筈だ。通常ならば。
突然、術者の気が向いた方向に轟音とともに稲妻が吹き荒れるわけだ。
それが自分の所に来るかもと思えば恐怖に包まれ、足が止まる。
そうならないはずがない。ならないはずがないのだが。
…燃費が悪く、今後の戦闘に影響があるかもしれないとまで考えて放った一撃は…それでも敵兵の士気を挫くことは出来なかった。
「あれでも怯まないとは…」
「これは不味そうだ。オラ達でもあれ見たら竦んじまうのに」
「おかしなクスリか状態異常にでもかかっているのではないか?」
義兄さんとベロザさんと3人で打ち合わせをして放った一撃。
それでもダメか…
「仕方ない。大砲部隊、砲撃開始!航空隊も出撃しろ!」
「砲撃開始!航空隊出撃!」
伝令が走り、航空隊が出撃する。
そして内壁の上からは大砲部隊がはるか遠い外壁を超えて大砲を撃つ。
ここしばらくの間に大砲の射程はものすごく伸びた。
私には良く解らないが、溝を掘ることで弾が回転するらしい???
そして弾の形もまん丸から椎やドングリのような木の実の形に変化した。
『領主様は始めから正解を知っているからつまらん』とゴンゾさんはよく言っているが、そこからさらに試行錯誤を繰り返し、上手く量産する機械を作るのが自分の仕事だとも言っていた。
そして今、城壁の上には改良、量産された大砲が何十とある。これなら。
「こりゃあ厳しいかもしれんのう」
「…え?」
ゴンゾさんは呟いた。
そして、しまったという顔をしてこちらを向いた。
「あー…見てりゃあ分かるがの……大砲には一撃の威力はある。城壁を崩すような力はな。だが、人の波を押し返すことは出来んのじゃよ。」
「人の、波…」
「そう。波のように押し寄せる恐れ知らずの大軍を押しとどめることは出来ん。おまけに…」
ドドドドン!!!と酷い音が鳴る。
そしてガラガラと崩れる音が。
「…おまけにあちらも同様の装備と来たもんだ。嫌になるな」
ガラガラと崩れゆく外壁。
雪崩のように押し寄せる恐れ知らずの敵兵。
それはこれからの戦いの悲惨さを物語っているように思えた。