閑話 リリー戦記①
少し時間が戻ってヴェルケーロ方面です
アーク歴1509年 参の月
ヴェルケーロ地方
リリー・エルトリッヒ
「撤退!撤退だ!早くしろ!」
「航空隊の支援はまだか!」
「そんなものいい!捨てて行け!」
ヴェルケーロ地方における防衛戦は、我々の敗北で終了しようとしている。
トンネル部分で防ぐ予定がそれもできず。
ヴェルケーロの外壁を抜かれ、もはや内壁も食い破らようとしている。
町は最早完全に包囲されていると言って良い。
かくなる上は町を放棄し、撤退するしかない。
だが、タダで撤退すると思うな。かくなる上は…!
ある日、カイト様の死亡が伝えられた。
信じられない街の住民たち。
そしてその知らせが入ってくる以前から、体の調子がおかしい事に気が付く者は多かった。
私は今まで10mほどの高さまでジャンプできていたのに7mくらいまでしか跳べなくなっているのだ。
おかしいな?と思ったがその異常は私だけではなかった。
ヴェルケーロの町の住民全てが同様の…程度の差はあるが、ほぼ同様の異常を感知していた。
そうすると、今度は人間界に神が召喚されたと不思議な『声』が聞こえた。
何を言っているのか、何が起こっているのか分からなかった。
カイト様が行方不明になり、どうやら亡くなられたと知ったのはそのあたりの時間だったか。
何が起こっているのかさっぱりわからない。
理解できたのは、『声』が聞こえてからベロザさんたち魔族の精鋭戦士が先ほどよりもさらに弱体化されてしまい…私よりはるかに弱くなってしまったことだ。
そして私は、その神が召喚されたことで今度は12mの高さまでジャンプできるようになっていた。
シュゲイム義兄さんたちも同じだ。
人族の戦士は皆が強くなっていた。
一度弱くなり、そして以前より強くなった。
それも程度によるが…義兄は以前は殆ど勝てなかったベロザさんにハッキリと勝てるようになり、騎士団員たちも街の強者より強くなってしまった。
それは単純に喜べない事だ。
この事柄が示すことは…魔族の弱体化と人族の強化である。
この後予想出来ることはエルトリッヒ方面からの侵攻だ。
急遽、ゴンゾさんたちは武器を大量生産して強化することになった。
特に銃器だ。
非力なゴブリンさんたちはさらに非力になったが、それでも引き金を引くことくらいはできる。
オジさんもオバさんも、お爺さんやお婆さんの魔族の人たちも皆残った。
子供を逃がして自分は残ると言って聞かなかったのだ。
銃器を増やす傍らで壁を、堀を強化した。
飛竜の様子は変わらなかったし成長も十分だったので飛竜隊を拡張することにし、竜騎士たちも魔力が衰えた分、銃や手投げ弾で武装するようになった。
そうこうしているうちに開戦になった。
トンネルを念入りに封鎖していたし、山中での遅滞戦術も上手くいったみたいで、敵がこちらに来るまでにはずいぶんと手間取ったようだ。
おかげで街の防備も十分に整えられた。
ゴンゾさんたち鍛冶師は重い体に鞭打って沢山の武器を作ってくれた。
銃器が多い所が気になるが、それはもう仕方がない事だろう。
いずれ、剣や弓など使わなくなる。
銃の射程が伸び、威力が増大すれば最早剣など何の用もないと。
『一部のぶっ飛んだ奴以外は』との前置きをつけて、カイト様がそう言っていたらしい。
私は…私はその例外の一部として。
何としても此処を守る。
姉を、義兄を。
そして産まれたばかりの我が娘を守り抜くのだ。