アシュレイ戦記⑨
久遠の塔81層
アシュレイ・アークトゥルス
70層台は人型モンスターが主体だった。
では80層台はどうか。
…まあ私はアカと一緒に登っているので答えは知っている。
80層台は動物モンスターと昆虫モンスターの混成だ。
と言っても勿論属性持ちの…サンダータイガーだとか、アイスワームなどのモンスターたちだ。
母上が言うにはこの辺りの階層から上は強さに比べてレベルが上がりやすいらしい。
カイトの言う『けいけんち』が多い、けいけんち効率が良いのだそうだ。
アイツの喜びそうな言葉だ。
つまり、ここでガンガン狩るとレベルがモリモリ上がるらしい。
私の場合はアカと一緒にササっと駆け抜けたのでさほどレベルは上がっていないが。
「セイッ!ハァアッ!」
切り裂く、突き刺す。
マンモスの落とした牙槍はロッソと父上という強者と戦い、いよいよ私の手に馴染んできた。
始めは少し重かった穂先も軽々と振り回せるようになってきた。
この階層でたくさん狩りをすればもっともっと馴染んでくるだろう。
そして牙槍もさらに強化される。
そんな予感―――いや、確信はある。
だが、先を急ぐ必要があるのだ。
私一人強くなっても、戦況を覆すことは出来ないだろう。
カイトに言えばそんな訳ないだろと言いそうだが…私よりも奴の方が魔族全体に与える影響が大きい。
マリラエール様の病状はもはや隠すことが困難になってきている。
本人曰く、種の弊害だという。
私にもかつて存在していた魔王の種。
マリラエール様は大魔王様の死去後に種の保持者であることに気が付き、それ以降体調が急激に悪化したそうだ。
元々彼女は病を得ていたようだが、種のせいでそれが加速したと…よくわからん話だ。
私の分はカイトが引き受けたようだが、奴は特に変わったように見えない。
2つ3つと種を得る度に肉体の変化をもたらすと母上は言っていた。
だが、カイトは何ともなさそうだった。
母上はカイトは適合者だ、とか。彼は特別なのよ、などと言っていたが…
「ピッピッ」
「うむ。こちらか」
考え事をしながら最短距離を進む。
次は85層。
いつものパターンなら中ボスが居るはずだが…
「たのもーう!」
「いらっしゃい、アシュレイ。お父様とはどうだったかしら?」
「…叔母上?」
そこにいたのは既にぼんやりとしか思い出せない、カイトの母親だった。
エルフとダークエルフの違いはあるが、私の母とよく似ている。
「貴方の父上は生真面目だったからね。しっかり戦いになったのでしょう?」
「はい、そうですね。…伯母上は何故こちらに」
「そうね…階層守護者はある程度決まっています。特に上層の守護者は…例えば50層のそこの子ね。階層の守護者、それも真なる守護者をテイムしたのは恐らく貴方が歴史上で初めてよ。」
「私が?」
「ピピ!」
40層までは変わったボスが居なかったから、誰かにテイムされるなり何なりしたのだろうと思っていたがそうでも無かったらしい。ふーむ。しかしこ奴はなぜ私に付いて来たのだろう。死の恐怖におびえてと言う訳ではないと思うが…
「相性の問題かしらね。他にもいろいろあるとは思うけれど…」
「ピピーピ」
「あらそうなの。ふーん?」
「言っている事が分かるのですか?」
「ええ。私も守護者に登録されたみたいだから分かるのよ…どういう風に選ばれるかはよくわからないわ。それより、アシュレイちゃん?」
「何でしょう叔母上?」
何か私の事をじっと見つめる叔母上。
獲物を見定めるような目だ。
これはやはり、戦いを始めようという事だろう。
勿論、私とてそれは望むところである。
「望むところです。では…「カイトと結婚したんだって!じゃあ私の事もママって呼んでよ!」…叔母上?」
「叔母上じゃなくてママでしょ!」
「カイトは親父とかお袋とか呼ぶと思いますが…えーっと、お義母様」
「お義母様…なかなかいいわね。でもやっぱりママで。私、女の子が欲しかったのよ!」
「はぁ…」
「それでね、早く孫も欲しいの。頑張って頂戴ね。もうとっくにアレは済ませてるようだけどね。回数が少なんじゃないかなと思うの。魔族もエルフも中々子供が出来ないからもっと頑張って!かく言う私たちも…あら?うふふ。」
「???」
「いや~ねえもう、しっかりしちゃってるわ。じゃあまあ軽く戦いましょう。軽くね」
「はぁ…」
この後、私は叔母上と一体どれだけの話をしたのだろう。
と言っても私は『ハイ』や『はぁ…』などと相槌を打つだけで話していたのは殆ど叔母上だ。
途中で、『それなりに戦わないといろいろ困る』と言うのでそれなりに戦った。
叔母上は所謂修道僧のようなスタイルで…素手と鈍器で戦い、傷を負っても一瞬で癒す。
武器を上手く打ち払い、そして距離を詰めてドカンとくる。
そして私が付けた傷は何もしていないように見えるのにあっと言う間に消えていく。
楽しくなってきて武器を振るう手に力が入る。
すると、決まりそうなところで急に話が始まり、力が抜ける。
成程、これも闘いの術理の一部かとも思うがそうでもないらしい。
戦わないと『怒られて』無理矢理戦わされるからテキトーにやる、と言っているのだ。
おかしなところはカイトに似ている。
いや、カイトが似ているのか。
思い切り戦う事も出来ない。
話に集中していないといけないしそうすると鋭い攻めが飛んでくる。
うっかり『叔母上』と呼ぶと『ママでしょ』と帰ってきて怒られるし、拷問のような時間だった。
良かったのは妊娠中や産まれたすぐのカイトの様子を話してくれたこと。
死んでからも見守ってくれたという事が分かった事だ。
しかし、夜の生活の内容まで見守られていたとは…しかも父上たちにも知られていたとは思わなかった。
父上と叔父上は二人に悪いからみない、と言って実際に全く観なかったそうだが、叔母上はしっかり最初から最後までご覧になったようだ。
なんと言う事だ。これはせくはら?だとかもらはら?とか?そういうのなんじゃないか。
カイトが知ったら叔母上に幻滅するでしょう。回数ももっと減ります、と告げると次から見ないから頑張ってねと。あまり嬉しくないが見ないでいただけた方が良いに決まっている。
『ビー!ビー!ビー!』
「む」
「ピピ!」
「あら、時間切れね。楽しかったわ。はい、私の負けでーっす」
「あ、はい」
私はすっかり疲れてしまった。などと言ってはいけないのだろうな。
これも一期一会。今回しかない事だろうし…
「100層まで登れば死者蘇生が手に入るわよ。生き返ったらまた話す事も出来るわ。ただし、その時には管理者であった時の事は忘れてると思うけど…」
「死者蘇生?ですか?」
「うん。報酬とはまた違うシステムだから、あらゆる死人を生き返らせられるわ。それも何度でも。ただしクリアごとに一回につき一人だけ、なんだけどね。」
「それは…」
「そうよ。使い道によってはとんでもない事になるわ。まあ時間もかかるし、やらなくていいわよ。言ってみただけよ」
また恐ろしい事を聞いてしまった。
カイトを生き返らせるのとはまた違うのだろうか?
「カイトは90層攻略で生き返るはずよ。カイトの場合は所謂特別枠。魂が2つあるようなモノだから生き返るには金の宝珠が2個いるのよね。それに…ううん、90層で大丈夫なはずよ。どうしてもだめなら100層ね」
「はあ」
「それと、システムに取り込まれると宝珠じゃ蘇生できなくなるわ。死者蘇生でのみ、復活可能になるわね。言ってることわかる?」
「はあ。」
「それも寿命はダメよ。毒殺や事故や急な病死とかは大丈夫だけどね。それと…あら」
「あっ」
まだまだ話足りないという感じの叔母上だったが、足元からドンドン砂になっていってしまっている。
「時間切れね…孫を楽しみにしてるわ。体を大事にね」
「はい、お義母様」
「ふふ。じゃあ、またね…」
「またいつか…」
叔母上はさらりと砂になった。
いつ見ても、何度見てもこの瞬間は何とも言えない。
係わりの深い人が砂になって、消えてしまうのだ。
先程までともに語らい、あるいはコミュニケーションを行っていた知人が砂になってしまうのだ。
「はあ…先を急ごう」
「ピピ……」
それはそうと少し疲れた。
叔母上の流星雨のような話に、失礼ながら疲れてしまったのだ。
父上やロッソと戦った後は清々しい気分だったが…何やら疲労感だけが残っている。疲れた。