アシュレイ戦記⑥
久遠の塔70層
アシュレイ・アークトゥルス
60層からここまで、槍を試しているうちにあっと言う間についた。
いや、正しくはきちんと10層分の時間や体力を消費しているだろう。
だが、疲れは全くない。早くこの槍を存分に振るいたい。
「ふふっ」
「ピ?」
「いや、何でもない。案ずるな」
まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のようだと自嘲してしまう。
ヴェールにまで心配されるほど浮かれているのだろう、私は。
「よし、往くか。たのもう!」
「ピピーッ!」
扉を開けた所に居たのは水属性のドラゴンだ。
「よく来た、挑戦者よ。お前は…ああ?なにゆえ金鋼甲虫王が此処に居るのだ。50層の守護はどうした?」
「ピピッ!」
「絶対敵わないし相性がよさそうだったから付いて来た?おぬし、それはテイムされてしまっておるのではないのか?何故テイムモンスターとともに来て儂が…いや、レセプション後だから良いのか。何ともまあ…」
「ピッ!」
ふむ、何の事やらわからない。
そう言えばソロ攻略しろという事になっているから問題になるのか。ううむ、ここまで懐いて来たのに申し訳ない気もするが…
「良く解らないが、こ奴がいると報酬がもらえないというのならば今ここで死んでもらう事になる」
「ピッ!!?」
「ああ、そういう訳ではない。おそらく、恐らくじゃが問題は無かろう…上の者にもそう伝えておこう」
「…?ああ。よきにはからえ。」
そう言うと、水龍は徐に頭に手を当て。
そして独り言をつぶやき始めた。
ふむ、この閉鎖空間で何年もただ相手を待っているのだ。
段々と脳の機能が委縮してきているのだろう。
「うむ…うむ…そうそう、問題ないじゃろう?うむ。」
挙句に空気と喋っている。
…気の毒な事だ。
マークス殿も最近は物忘れが…などと時折言っている事だし…。
我が母も何れは…
そうなった場合、カイトは介護を手伝ってくれるだろうか。
いや、立場を考えればメイドを増やす方向に動くべきだな。
魔王となったカイトに母の世話などさせられまい。
私か?私が母の世話を…できるイメージが全くないな。
それにしても一人で頭を押さえてブツブツと独り言を言うこのドラゴンはかなりだめだ。
こ奴こそ今すぐにでも誰ぞに世話をさせた方が良いのではないか…
「ええい!儂はまだボケておらんわ!!!」
「…そうか?すまんな。だがボケている者ほど儂は未だボケておらんわなど突然起こるというが」
「ええい!もうよい!はじめるぞ!」
「む、そうか。では、はじめるとしようではないか!」
ドラゴンとの戦いはある意味慣れている。
アカは私の対モンスター戦における師匠でもある。
対人は幼い頃は父上と母上に、生き返ってからはマークス殿に。そして対モンスター戦はアカに鍛えてもらった。
師となった誰に聞いても『カイトより才能がある』という返事が帰ってくる。
だが、私はまだカイトには勝てない。
力は互角だと思うが、奴は上手く隙をつく。
汚い手も普通に使う。正々堂々と戦って五分と五分。それで相手は小技を使うのだ。勝てる道理がない。
翻ってこの水龍と私ではどうか。
「でええい!」
「ふん!あまいわ!」
渾身の打ち下ろしを腕で防がれ、そして尻尾で攻撃を返される。
「なんのっ!」
尾をジャンプでかわし、反撃に移ろうとしたところに今度は下から爪が襲い掛かってくる。
咄嗟に盾で防ぐも、勢いまでは殺せず地面に転がることになった。
「痛たたた…」
どんな体勢だったのだろう。
ぐねっとした身体は予想がつかない動きを可能にするようだ。
「良く防いだ」
「訳の分からない動きを…」
「ふふふ、貴様の番よりはずいぶんと楽しめそうだ」
「番って…カイトの事を覚えているのか?」
番と言われたことが気恥ずかしかったので微妙に話をそらしてみる。
今私の顔をよく見ればきっと赤くなっている事だろう。
「勿論だ。我が此処で番人になってから貴様が1764人目だ。何人かは諦めたがな」
「へえ?カイトは?」
「1762人目だ。おっと、先に言うが間に誰がいるかは喋ってはならん決まりなのでな」
「そうか。」
指を立て、『シー』というポーズをするドラゴン。
一体、どこでそのような仕草を覚えたのだろう。
人間臭いドラゴンだな。
それにしても間に誰かいるのだ。カイトが此処を突破したのは私を生き返らせる直前だろう。
つまりはそれからここ数年の間に誰かが何かの目的で…
「貴様の番はつまらんかった。最後は魔力でゴリ押しにしてきて…戦いの美学を解しておらんやつだった」
「ああ…そう言うところはある。勝てば何でもいいと思っていそうだ」
「そうだろう!戦いとはもっと楽しむものだ。そうではないか?」
「うむ。血沸き、肉躍る戦いというが…力の近い関係での戦いは最高の会話だ」
「うむうむ、良いことを言うものだ。さあ、我を楽しませて見せよ」
「応!!」
それからの戦いは楽しいモノだった。
思う存分に打ち、突き、穿つ。
そして殴られ、ブレスを浴びせられ、爪を喰らう。
だがお互いに憎しみや恨みという気持ちは無く、純粋に闘いを楽しめた。
ボロボロになった私達は良い仲間とも良い友だとも言えるだろう。
「うむ、素晴らしい戦いであった。」
「おう。お主の業の冴えも素晴らしい。ブレスにあんな使い方があるとは…」
自分のブレスに乗って加速し、その上でさらにブレスを撃つ。
新たに出したブレスに乗ってさらに移動し、新しいブレスを撃つ。
そして巨体を次々と移動させ、相手を混乱させて爪や尻尾で攻撃してくるのだ。
「ぬふふ。ウオーターブレス・さーふぃんの術だ。我も開発中なのだがな。もっと広い所でやれば移動速度も上がってさらに効果的だぞ」
「そうだろうな。だが、この狭い場所はそれはそれで逃げ場がなかった。水没すると動けなくなって窒息するからな」
「ああ、なるほど。人の目で見るとそうなるのか…窒息で勝ちは詰まらんな」
「そうか、やはり撃ち合ってこそだからな」
「うむ。移動を早くするのも相手を惑わし、隙を作って打つためのものよ。そもそも本当に人間相手に勝ちたいなら空からブレスを撃つなり何かを落とすなりすればよいからな…」
「ほとんどの人間はそれで何も出来なくなるな。うむうむ。」
何のことは無い。
こ奴がわざわざこんな所で番人をしているのも余人を交えぬところで心逝くまで戦いたい。
という理由だけらしい。
「お主の戦いは大変良かった、と言っておこう」
「それは…ありがとう?」
「うむうむ。歴代でも何番目かに入る素晴らしさだ。さらに腕を磨き、武具を揃えるがよい」
「応。まかせろ。」
「そうさな、お主にはこれを…」
ゴソゴソと懐を漁り始めたかと思うと、一つの冠のようなものを出した。
ああいや、ティアラか。美しい、青く澄んだティアラだ。
「我が気に入った物に贈る兜だ。女性向けにティアラにしてあるがな。ぬっふっふ。さあ、付けてみよ」
「うむ。すまんな」
何やら良さそうなものを頂いてしまった。
やや申し訳ないような、ありがたいような。
カイトなら戦利品なんだからパーッと貰っとけ、などと言いそうだが。
少し緊張しながら頭に着ける。
特に挟むところも無いのにスッと髪に吸い付くように固定された。
頭を動かしても落ちる気配はない。
「お主を主と認めておるからな。簡単には外れまいよ…これで水や氷には強くなったはずだ」
「そうか、恩に着る」
「良い良い。楽しめたぞ。ではな」
「うむ…さらばだ」
「ピピッ!」
「お主も…うまく主人を支えるのだぞ」
「ピッ!」
水龍は眩しい物でも視るかのようにヴェールを見た。
そんなに羨ましいならお前も来ればよいのに。
「我は未だココから出られぬ。そう言う契約なのでな…」
「そうなのか」
「ゆえにそ奴が羨ましくもある。…下らぬことを言った。もう行け」
「ああ…ではな」
振り返るともっと話したくなる。もっと試したくなるだろう。
だが、私には、世界には時間が無い。
何故かそんな気がする。
もっと先へ。少しでも早く。
前話のラストは『かゆ…うま…』風にしたかったのですがどうもうまくいかない。
短くするとかゆうまのまんまだし長くすると今みたいになってどうも微妙に。
まあいいかでそのまま投稿したので直すかも…