死よ、来たれり
アーク歴1508年 什の月
アークトゥルス魔王領
冬になり蝗害の嵐は過ぎ去った。
冷害でやだなあとおもってたけどまあ、どうにかなるかと思っていた食料だが。
蝗害が終わり、集計してみた結果。
魔界全体で見るとやっぱりギリギリ足りないくらいになった。
今の時点でギリギリ足りないのではない。
計算上、今から俺が全力で支援してそれでもまだ足りないのだ。
じゃあどうするかと言えば耕作面積をどうにか増やすとか狩猟や漁を増やすとか、それから食べ物の量を減らして我慢するとか…牛馬や豚を潰すとか…
「くそ、やっぱりこうなったか…」
魔力の使い過ぎでヘロヘロになった俺だが、また魔界各地の農作物に栄養を分け与える作業に戻る。
アカがいるから機動力が高い。それはいいが、機動力が高くて何処までも行けるから作業が終わらないとも言う。
今年はもうすでにかなり寒い。ヴェルケーロなどの北方では既に耕作は厳しいが、寒いとはいえリヒタール方面などの南方はまだまだ作物は育つ。
蕎麦やら麦やら、野菜なら葉物野菜や根菜類なども育つ。
その上で、これから狩猟やら漁やらで食料を増やさなければならない。
魚か。焼き魚に大根おろしで食べたい。
お醤油欲しいな。柚子やスダチも欲しい。
魚は良いのが手に入るようになってきたのだが、もう少し量が欲しい。
乱獲になるとは思うが今の状況を考えたらいっぱい獲ってきてほしいものだ。
やはり網で…網か。そんな簡単なことを忘れてたわ。
「マークス、忘れてた…こういう網を作って船を2隻で引いて?えーっと?…底引き網?だったかな?」
「なるほど。船二隻で…網を作るための繊維は何になさいますか?」
「合成繊維は無理だから綿か麻か…?まあ麻糸かなとは思うが…また一働きかよ…」
「そうでございますな。頑張ってくださいませ…」
マークスは俺の補佐としてアークトゥルス城で働いている。
ヴェルケーロを、そしてリヒタールの代官をやらせていた時期もあったが、色々忙しくて俺が留守になることが増えたからまたコイツに補佐役をやらせることにした。
マークスを補佐に据えたことで、『カイトが訳わからんことを言い出してもこれで大丈夫』とは伯母上の言葉だ。どういう意味だよ…
そんな訳でリヒタールに作ってある麻畑に出かけ、魔法で大きく育てて収穫してこれで網を作ると説明。網を使っての漁はガクさんの所でやって貰うしかないが、根こそぎ取ると海洋資源が激減してしまうから上手くやらないと。
浜から引く地引網程度ならどうという事は無いだろうが、底引き網をバッサバッサやりまくるとマジでそこの海がどんどん死んでいくことになるだろう。
とはいえ麻ヒモで編んだ網程度ならそんなに心配しなくても大丈夫か?あんまり大量に取ると破れそうだし。でもまあ今から色々注意しておくに越したことはないと思うが。
「少し働き過ぎなのではないか?」
ダンジョンでいい汗かいたぜって顔して牛乳を飲みながらアシュレイは俺に話しかけてくる。
オヤジもダンジョン行ってストレス発散だとか言いながら狩ってたが、アシュレイも大体同じ感じに見える。こんな美少女なのに脳筋…裸パンツマンと大差ない中身。うーん、残念。
「お、お前はまた失礼なことを考えているな!」
残念なものを見ているのがバレたか?
なんて思ったけど怒っている所も可愛い…けど今怒られてるのは俺だ。
よし、サクッと誤魔化そう。たぶん誤魔化せば大丈夫だろう。
「そうではない。叔父上に似てきたのかなと思っているのだ」
「…そうか?ふふ、なら良いが」
叔父上も簡単に誤魔化されていたと伯母上が言っていた。
アシュレイも叔父上やウチの親父によく似て…よく似てひどい脳筋だ。
でも可愛い。アホ可愛いから許す。美人は得だな。
不細工だったら?そんなモン考えるまでも無いだろ?
それにしても毎日毎日酷い労働環境だ。
今日はガクさんの所、明日はドレーヌの所…といった感じでアッチにコッチに散々振り回されている。
次はベラさんの所でその後ユグドラシルにも行ってほしいと。
ンな事言われてもどうしようもない。
体は一つしか無い訳で、育ったとはいえ魔力にも限界がある。
一反の麦畑に全力で魔力を込めれば種が一日で芽を、穂を出し。すぐに収穫できるようになる。
でもそうすれば俺はもうヘロヘロでどうしようもない。
一反分と言えばとんでもない量のような気がするが、パンにして領民全員で分ければ雀の涙だ。
という訳でほとんどが自然に育つ範囲の、少し寒くて弱っているような植物に喝を与えるような魔力の使い方をしている。
そうするとこの冷害と蝗害の後、そんな弱った土地はいくらでもあるわけだ。
タクシー代わりに使っているアカもレベルが上がったとはいえ毎日アッチにコッチにと移動ばっかりで落ち着かない。やる気も無くなって飛ぶのも渋々になっている。まあ気持ちは分かるけどな…。
そんなこんなでヘロヘロになった俺たちは帰るのも億劫なのでドレーヌの所に泊めてもらった。
歓待のためにとか言って色々料理出してくれようとしているみたいだけど、そういうの良いから大事に仕舞っておけと言いたい。まあせっかく作ってくれたものは食うが。
その翌日はベラトリクス魔王領に行った。
ベラさんのところは海もあり平地もある、所謂すごく好条件の土地だ。
俺がこんなところ貰ったら水路引きまくって地平線まで田んぼにしちゃうね!ってくらいいい平野である。
南方であるので割と気候も良い。
麦や野菜の生育もそんなに悪くない。全体に土地に比べて耕作面積が少ない気がするが…
肝心のベラさんは不在だったのでもっと畑頑張れよ!って案内に付いて来たオッサンに話して爺さんのいるユグドラシルへと向かう。
ユグドラシル方面はイナゴがチョコっと来たらしい。俺の方に来た奴が流れて行っちゃったんだな。
申し訳ないとは思うけど、まあしょうがない。
「あー、アカは思いっきりレッドなドラゴンになっちゃってるなあ…」
「もう俺は緑に染められたくないぞ」
「だよな…お前ちょっと一人で先にヴェルケーロにでも帰ってろよ。3日くらいしたらこの辺に迎えに来てくれよ」
「おー」
ユグドラシルの王都から少し離れた所に降ろしてもらい、そのままバイバイした。
城門にいたのは顔見知りの兵士だったからホイホイっと入れてもらって、初日は王都周辺の畑に行った。
ユグドラシルに居るエルフたちも樹魔法を使えるみたいだけど、俺ほど魔力が多くないから沢山の畑を世話するなんてことは出来ないらしい。
俺はもっとレベルが低いうちから畑の世話はしまくっていたのだが…良く解らんな。
城に入って爺さんといつものように話をして。
飯を食って2日目の畑に行って。
毎日の疲労から朦朧としながらも進む。
この村の後はあっちの…
『バリン』
突然腕輪が壊れた。
あれ?そう思っていると見たことある顔が見えたような気がして、そいつが急に逆さを向いた。
「チッ、何の腕輪かと思ったらニーベルンゲンの指輪か。手間をかけさせる」
「ですが、これで覇王の種は私の物になりました。ご苦労様でしたね、―――王よ」
「ぁ…」
―――そうして俺の意識は途絶えた。
突然の事だった。
<覇王の種の所持者であるカイト・リヒタールが死亡しました。種の継承権はヒエルナス・エル・ラ・アウラルアに移行します>
というわけで主人公死亡。
次回からはアシュレイ視点メインになります