閑話 その頃人間界は
前話から2年ほど遡っています
アーク歴1506年 伍の月
エラキス教国領
スラサム・ガエル枢機卿
「なんだと!また負けただと!?負けましたで済むと思っているのか貴様ら!」
「申し訳ありませぬ」
「神の御名のもとに戦う我らが、ハイ負けましたで…」
プルプルと震えているのはベロンナ枢機卿。
金勘定ばかりして、神や信仰について真面目に語った事のないクソ野郎だ。
おっと、金を返せない者については神を語っているらしい。
『信仰心が無いから神は貴方方を見放したのです』だったかな。
その後、神に見放された借金者の娘を『この行為によって神の恩寵を得るのです』と言って手籠めにしているというのだから目も当てられぬ。
『儂が直々に神の寵愛を伝えてやったのだ』…だったかな?誇らしげに周囲に語っていたらしい。
このようなどうしようもない者が枢機卿の地位に居るのも平和だったからだ。
平和になり魔族共と戦う事も禁じられ、商売をするようになれば教会の権威も落ちると言うモノだ。
最近では聖騎士団すらも実力より実家の金とコネで…世も末だ。
「聖騎士団員もたるんでおると聞くが、貴公らの兵はどうなっているのか。下賤な魔族どもなどに敗れるとは我が教国に対する反逆とも…」
「もう良いでしょう」
私が思わずため息を吐いたところで教皇様も見てはおれんと思ったのか、口をはさんだ。
「教皇様、しかしこ奴らが」
「彼らに罪はありません。戦の勝敗の常は天が決められた物。この敗戦の苦労も何れは勝利の喜びになることでしょう」
「「おおお…」」
どよめく場内。
教皇様の寛大なるお言葉に兵の代表者や将たちは歓喜と安堵のため息を漏らす。
「ところで、それはそれとして…やはり責任を取る者が必要となります」
「はっ!?」
「此度の戦、色々と問題がありました。まず、時期が悪かったですね。凶作が無ければ本来はもう暫く先を予定していましたからね。」
それはその通りだ。
本来なら新兵器の完成を待って、それからの戦の予定であった。
教皇様主導で勧められているあの計画。あの恐ろしい兵器が完成すれば、我らが苦戦する要素は無い。
まだまだ失敗も多いようだがあれさえあれば…
「凶作の原因はメラク山脈のヴォトン火山でしたか。それと南大陸の火山も噴火したようですね。それらは仕方ないと思います。ですが…その後の対応が不味かった。」
その後の対応、とは何の事だろう。
教会では炊き出しをしている。
税として納められた小麦や雑穀、野菜などを餓えた民たちに分け与える。炊き出しは怪我の治療と並ぶ教会のメインの仕事だ。
「誰に言っているか分かりますね?ベロンナ枢機卿」
「はっ!?私でございますか?」
「貴方以外に誰がいますか。胸に手を当ててごらんなさい」
「そう言われましても、私といたしましては…」
ふう、と教皇様はため息をつかれた。
「ならば私が教えて差し上げましょう。貴方の教区の税、金銭で徴収した物も、物品で徴収された物も…どちらも不思議と少ないですね。食料については凶作ゆえ元から少なかったかと思いましたが、明らかにそれ以上に少ない。それに加えてこの王都の商人たちと悪さをしていたことも分かっています」
「ぜ、税でございますか?それでは徴税管が中抜きをしていたのかもしれません。至急、調べに…」
「その必要はありませんよ。彼らをここに」
ドサリ、と運ばれてくるのは手足を縛られ、猿轡をかまされた男たち。
「徴税管たちは随分素直に喋ってくださいました。彼らの手元には殆ど残っていなかったようです。それと…」
さらに連れて来られた男たち。
一応自分の足で歩いてはいるが、随分と痛々しい。手も足も包帯だらけである。
彼らを連れてきたものは拷問官だ。
…何があったかを皆が察する。
「この凶作の、食べ物が無い時に値を釣り上げている商人たちがいました。貴方の指示だったようですね…おかげで市内は混乱、出せる兵も減りました。と言う訳で責任を取っていただきましょう」
ガシリ、とベロンナ枢機卿を捕らえる護教挺身隊。
挺身隊は教皇様の親衛隊とも言える。
彼らは教会の持つ軍の中でも選りすぐりの軍人たちだ。強さも、教えの濃さも…
「連れて行きなさい。市民たちの前で処刑をしましょう」
「「ハッ!!!」」
こうして敗戦の責任を負わせ、一人の不良枢機卿が処刑になった。
実際に彼のせいで負けたかと言えば誰もそうは思わない。彼の責任が全く無い訳でもないが、少しの不正程度ならどの貴族もやっているだろう。
だが、ここで口をはさむと藪蛇になりかねぬ。
斯くしてベロンナ枢機卿は敗戦の席を一身に背負い、そのまま死刑となった。
刑場には彼を憎むものがあふれ、生きたままさんざんに石をぶつけられた後、縛り首になったのだった。
火刑、斬首、ギロチン、絞首刑など悩みましたがまだ一番穏便な刑に。…穏便か?