白騎士
長かった内政パートもそろそろ終わり
また動乱の時間が近づいてきています
アーク歴1508年 伍の月
アークトゥルス領
季節は春から初夏になろうとしている。
作付けが終わり、野菜類は初夏の収穫が始まろうかという時期だ。
結局、エルトリッヒ方面は大してきな臭くはならなかった。
何だか余計心配になるな…なんて思っていたが、そうこうしている間にヴェルケーロと大魔王領を結ぶ路線が完成した。
いくら何でも工事のスピードが速すぎるのではないか。
幾ら元々ある道のすぐ近くを開拓しながら線路を敷くだけだから、と言っても限度がある。
鉄はガクルックス魔王領に建設した鉄工所が本格的に稼働し始めるとモリモリと生産された。
毎日レールを積んだ汽車がガクルックス領から大魔王城をガンガン往復し、そこでさらに建設中の路線へ荷運び用の車両に荷を積みかえて。
敷設してある限界まで行ったら荷物と人員を下ろしてUターン。これを何度も繰り返すという歴史に残りそうなピストン輸送を繰り返した。
地面の方も街道のすぐ脇を土魔法使いと巨人族の工兵を中心にドンドコドンドコと土を均し。
持ってきた石をまいて枕木を置いてレールを敷いて。
あっと言う間に鉄道の完成だ。
こんなスピーディーでいいのかってくらいの早さだった。
リニアは何年も何やってんだってくらい。
まあやっている事の複雑さも精度も全然違うからな。
こっちは適当感あふれてるから早いんだし…まあ蒸気機関車なんて大したスピードでないから適当でいいんだ。それに殆どなーんにもないところを通すから直線ばっかり。運転手が居眠りしないか心配なくらいだ。贅沢な路線だわ。
直線を引いていると街道が思ったより曲がっている事に皆が気が付いたのでついでに街道も適当感あふれる感じでいじることになった。言うて邪魔な木を切って道を均す程度だが、街道も拡張されているのでいろいろな方面から感謝されている。
だが、線路が完成すると行商人や小さな町からは逆に妬まれたりするかもしれない。
今まで何日もかけて運んでいた物が数時間で、1か月かけて運んでいた物が1日で運べるようになる。
所謂流通革命が起こるわけだが、そうするとノンビリ運んで値段の違いで儲けていた者や、旅人が宿として止まっていた宿が儲からなくなるのだ。
大都市や始発、終点になる駅はともかく。
間にある小さな町や街の宿は何らかの対策をしなければならないだろう。
「最寄りのダンジョンでもあれば儲かるんだけどな。あとは…何か各地域ごとに産業や名物を作るとか…それか工場でも誘致するか。うーむ。」
こういう時、マークスが近くに居たら相談もしやすい。
チョコチョコと提案もしてくれていたし。
相談相手が欲しいなあ。
「コホン、それでは私めが」
「マリアか。今おれは鉄道が完成した後のことを考えていたんだが」
「分かりますとも。すでにリヒタール―ガクルックス領間で同様の問題が起きています。えー、例を挙げていきますと…まずガクルックス領から鉱物を運んでいた者が仕事がなくなった事、それと彼らの宿泊していた宿の売り上げが下がった事、リヒタール産の小麦等が入りやすくなったことで食料品の値段が下がったことなどですね」
まあそうなるだろうな。
予想通りではある。
このルートについてはたぶんこういう問題が起こると思っていたので事前にガクルックス魔王には予想を話していた。ガクさんとしても大量の荷が早く運べるようになると、荷馬車を用いての行商は商売あがったりになるというのは分かりやすかったようだ。
それと行商の使う宿も使用頻度が下がって長期的には儲けが減るだろう。
その一方で他方から運んでいた物の値段は下がる。
まあ現代でも似たようなことは起こっていた。
交通網が発達すると地域の小さな店舗より少し町のほうの大きなお店やデパートに人が集まるようになる。そうすると田舎の小さな店がつぶれ、不便になるのでどんどん小さな村から人がいなくなる…のだ。
まだそこまで大胆な変化は起こらない。
価格についての変化は当然の流れだ。
長距離運ぶための金が殆どかからなくなるから、鉄道を使って商売する者は必要経費が下がった分モノを安く売れる。そうなると当然消費者は安い方を買うから…まあ成るべくしてなったことではある。
ここまではガクさんと最初に打ち合わせていた事なので問題は無い。
一応対策も考えてあるが…。
「食料品の値段が下がったことは悪いことではないがな…」
「そうですね。領民には好意的に受け入れられています。リヒタールでもガクルックス領で採れる塩が多く入ってきているようです」
「普通の領民には悪いことではないな。問題は行商人たちだ」
「そうですね。ガクルックス領から鉱物を荷馬車で運んでいたような行商人は皆が商売あがったりだと言っています。だからと言って急にほかのルートも無いと。」
「まあそうだよな…ガクさんとその辺どうしようかって打ち合わせていた事なんだけどな…。思ったけど行商人を鉄道に乗せて、新鮮な魚や野菜を売ればどうかなと思う」
「…なるほど」
マリアと話していると、考えが進む。
やはり誰かと会話をするといい刺激になっていろんなことを思い出したり思いついたりする。
日本ではその昔、オバちゃん達が魚が入った缶を担いで行商に行っていたらしい。
何のこっちゃと思うが、トラックで鮮魚を大量に輸送する以前は朝採った魚を電車に乗せて行商に行っていたらしいのだ。車内がものすごく生臭そうだが…まあそれはいいか。
当時からトラックで輸送もしていたとは思うが今ほどじゃなかったんだろう。その事を思い出してから気が付いたのだ。
こっちの世界でも仕事が無くなった行商人に、鉄道を用いた行商をさせればよいではないかと。
行商人用の割引切符、あるいは定期券を作ればいいのだ。
リヒタール領は大きな人界と魔界を隔てる巨大な湖、デネボラ湖がある。
おかげで水には困らないが塩や海水魚は採れない。
大魔王領も海からはだいぶ遠い。
ヴェルケーロ領なんて海を知らない住人しかいない。
彼らの所にカッチカチの干物ではなく、鮮魚を運ぶ。そうすれば食料はもっと困らなくなる。
困らなくなるどころか、ついに俺も刺身を食えるようになるのだ。
北海で採れた美味い魚をカニを貝を。
ガクさん所の行商人なんかは鉄道を使った鮮魚の行商をすれば良いと思う。
一斗缶のような缶か、なければ木箱でもいい。
氷を入れて低温に保つと1日や2日は何の問題も無いだろう。
客が入らなくなった宿は…あっちは山いっぱいで温泉くらいあるだろうから温泉宿に変えるとか?
大きな保養所のようなものを作り、傷病兵を集めるとか、病院を作ってもいい。
軽く考えるが改装はかなり大変だろうな。補助金か何かを出したりするべきかもしれん。
またガクさんの所と相談だ。
「と言う訳でガクルックス魔王の所とはそういう風に話をしていこうと思っている。それと、これからなんだがリヒタール産の野菜や小麦を魔界でも食料が不足している地域に分けたい。それから人間界も…敵対していないところには食糧支援をしてもいい。と言うか、した方が良いだろうな。」
「はい…その国が狙われるという事は?」
「狙われ、襲われれば我々が助ければいい。ホワイトナイトだな…ややマッチポンプなナイトだが。ふふっ。」
言ってて面白くなった。
自分で放火して自分で消す清浄なる騎士だ。意味が分からんわ。まあ良くあることか。
今回のサブタイは『お刺身三昧』とどちらがいいかで悩みました