離別
「お強くなられた。あんなに小さかったカイト様が…これほど大きく…」
「今も小さいとか言うなよ」
そういうとロッソはキョトンとした顔をした。
「ワハハ、気にしすぎですぞ。若はもう誰が見ても立派な魔族です。そりゃ、見た目が若いから侮られる事もあるでしょうがな。」
「そうかな?」
「自信を持ちなされ。今の私は恐らく全盛期より強いでしょう。その私にほぼ何もさせずに勝ったのです。十分以上に力が付いておりますよ」
「そう言ってくれるとうれしいが…自信は無い」
「その自信の無さは何処から来ておるのでしょうなあ?」
首を傾げるロッソ。
ちょいちょい言われる事だ。
たぶん前世があるからだな。
あんまり褒めてもらえる環境じゃなかったからか、俺は一々自信が無い。
こうやればああなるはずだ。というのは分かるし、街が良くなればみんなが喜んでくれるのも分かる。でも何か失敗しないか、やらかさないかといつも不安になる。
失敗を恐れず前へ進む、なんてメンタルは全く持ち合わせていないのだ。
その辺が不安定であるという自覚はある。
魔界でも随一の武将になった、というのは客観的に見れば分かる。
でもだからって何かやらかさないかというのはまた別で……
「まあいいだろ。俺にだって不安や悩みはあるって事さ」
「ふむ。若は私の誇りですぞ。良くここまで成長為された。先代には申し訳ないと思いますが、息子のように思っていました。」
「よせよ、照れくさいじゃないか」
「フフ…では、これを」
ロッソは斧についていた宝珠をはずした。
「本来なら斧も使ってほしい所ですが、まあそれはいいでしょう。この宝珠は引き寄せの宝珠として伝わっております。ですが本来は遠ざけも出来るようですな。私の魔力では戦いの合間に少し引き寄せて有利に動かすことが精一杯でした。若ならもっと有効に使えるでしょう」
「おう…」
宝珠を受け取る。
「ではおさらばです」
「このまま90層まで攻略しちゃうから待ってろよ」
「…言うか言うまいか悩みましたが。私はここまでのようです」
「…ん??」
「私は防人に選ばれたと言いましたな。ダンジョン内で縁者と会うことがあります。その者は二度と蘇ることはありません」
んー?
なんかおかしなこと言ってない?どういう意味?
「なんだって…?ゴメンもう一回」
「誰にも私を生き返らせることは不可能です。逆にいうと不可能だから番人に選ばれたのかもしれませぬ。そういう風に出来ているのですよ、このダンジョンは。私も死んでダンジョンに選ばれたことで解ったことですが」
つまりあれか、ロッソを生き返らせることは出来ない??ん??
ダメだ。頭が回んねえ。
「えーっと、もう…会えない…って事?」
「はい。この次75層に来ても通常の番人がいるだけでしょう。それより80層です。80層では恐らくですが…」
「もう会えないってのか!何でそんな…そんな…」
もうロッソに二度と会うことが出来ない。
なのに何故コイツはそんなに普通にしているのか。普通にいつも領地で話している時のように。
「もう会えないからこそです。悲しんで泣いているばかりでは何もできませぬ。若は80層を攻略し、アシュレイ様を取り戻すのです。そして魔界を平定し、人間界を…人間界を…?どうなさるので?」
言いはじめてから悩むロッソ。
まあ俺も実際どうしたいのか、どうすればいいのか分からない。
「まだ決めてない。と言うか良くわからない。とりあえず戦争は起こさないし起こさせたくもない。だが、どうしても駄目なら滅ぼすしかないとは思う」
不戦ですむならそうしたい。
駄目なら…駄目ならどうすればいい?俺は無関係の人を虐殺なんてしたくない。
でも降りかかる火の粉は振り払わねば。
攻めてくるやつが全員悪い奴かと言えばそうでも無いだろう。
だが、迫る戦火に対して何もしなければロッソのように親しい人を奪っていくのだ。
「…ふむ。やりたいようにやればよいでしょう。大義も有り、力もある。逆らう者がおかしいのです…もはや若はそういう存在になっておるのですよ。もっと自信を持って。若は私の自慢の…自慢の息子です。大きくなられましたな。」
「ロッソ…」
堪えきれずに涙を流す。
ロッソが優しく頭をヨシヨシしてくれている。
そう言えば大昔にはこんな時もあった。俺がまだカイトになる前だ。何故か急に思い出した。
不思議と懐かしい。ずっとこうして居たい。
「…そろそろ時間のようです。80層は…80層は恐らく御屋形様です。なに、今の若ならかつての御屋形様など楽勝ですな。ぶん殴ってやりなされ。ワッハッハ」
「親父…いや親父ぶっちゃけどっちでもいいわ。ハハ。それよりロッソ…」
親父と一緒にいた年月よりロッソやマークスと一緒にいる年月の方がはるかに長い。
親父には悪いけどぶっちゃけあの頃NPC的なイメージしかなかったし、あんまり…
「悲しんでいただいて申し訳ない。ヴェルケーロは無事でしたか?」
「ああ、お前が守ってくれたおかげで内壁の内側にはほとんど被害は出なかった。外壁と内壁の間は酷いモンだったが」
「あ奴らわざわざ果樹園の木を切って捨てておりましたからな…許せぬ蛮行にて」
「そんな事やってたのか…薪にするならまだしも。あのクソ共が!」
二人で悪口を言い合った。
あの戦いの後、俺は英雄に祭り上げられそうになっている事。師匠が作った酷い英雄譚みたいなのも教えた。俺は照れ臭かったがロッソは誇らしげだった。
「…そろそろ時間のようですな。」
「時間…?ロッソ、体が」
ロッソの巨体が少しづつ崩れている。
さらさらと端から零れ落ちているようだ。
「倒されてから、或いは負けを認めてからある程度すれば此の身は朽ち果てるでようになっています。砂にでもなって消えるのでしょうな。うんうん。」
「…そうか。制限時間か。まあそういうのもあるだろう…な」
「うむ。おさらばです。冥途の土産に良い話が聞けました。マークス殿にもよろしくお伝えください」
「…おう」
「アフェリス様にも…自信を持ってくださいと。ああ、カイト様とアフェリス様はよく似ておられる。良ければアシュレイ様とお二人とも娶られては如何かな」
「おい」
「ワハハ。それではおさらばです。最後に会えて光栄でした。ではまた、あの世でお会いしましょう。それまでおさらばです」
「ああ…またな」
ロッソはニヤッと微笑むと一気に砂になって消えた。
消えてしまった。
「…ああ…」
俺はノロノロとロッソだった砂を拾い集め、バッグに入れた。
そうすることしかできなかった。