遅めの新年
アーク歴1506年 壱の月 下旬
ヴェルケーロ領
「明けましておめでとうございます」
「「「おめでとうございます」」」
「おめでとう」
少し遅れたが新年の祝いをすることになった。
復興中の街を背に。戦勝の祝いも兼ねている。
お祝いに参加するのは領民と俺たちだけの予定だったが、客は多い。
俺は魔界でも有数の武将となった。らしいのだ。
リヒタール領、ヴェルケーロ領同時侵攻を防ぎ、八面六臂の活躍をした…魔界一の武将、らしい。
俺が魔界一?なんのこっちゃ?
誰だそんな噂流したの?マリアか?
と思ったが噂を流したのは師匠だった。
流石は大魔王様が指名した後継者。この椅子をいつでも譲り渡そう。
な~んて言ってるらしい。
まあ援護射撃は有り難いんだけどね。
そのおかげで新年のあいさつみたいな感じでヴェルケーロに来る人が一気に増えた。
何回目のおめでとうの挨拶かわからんくらい俺もお祝いと酒付きのお食事会ばっかりしている。
酒だ。
ベロザの工房は戦火に焼かれることは無かった。
というわけでちょっと若い酒まで大盤振る舞いである。
まあソレは良い事だ。来年の分もちゃんと仕込んであるらしいし…再来年の分は今から葡萄やら米やら小麦やら…全部植えなおしになるが。
それはそうと魔界は今、新たな英雄の出現にお祭り騒ぎらしい。
・侵攻を全く寄せ付けずに食い止め、痛打を与えた。
・領民にもほとんど被害がなかった。
・本来自分に与えられるはずだったリヒタール領に恐ろしい勇者が来たが、それも撃退した。
・2か所同時撃退の、そのどちらものキーマンとなった
なーんて事を背びれ尾ひれどころか鰓も牙も果てには触手に翼まで追加しそうな勢いで盛りに盛って噂が流れている。
だからって10mの身長で手足がいっぱいあって恐竜みたいな牙があって…ってバケモン像ではない。
噂によると俺は魔界一のイケメンで長身細マッチョでちょーお金持ちで!?
頭脳は勿論明晰極まりなく、魔力も筋力もすべてが高水準で!?
家臣や領民にも優しくて、身分や人種で差別しなくて!?
おまけに早くに亡くした婚約者に操をたててまだ童貞…ってやっかましいわ!誰だその噂流したの!
「一途だというのは女性には高ポイントらしいですぞ」
「あー、まあ浮気しまくりよりは良いかもな」
「本当の事ではありませぬか」
「…だから嫌なんだよ。後半はともかく前半はどうなんだ?」
「概ね…合っておりますな…?」
マークスは、『ウチのご主人様は顔はいいがチビでガリだ。金は…まあ領主だから無くはないか?しかし頭脳明晰(笑)魔力筋力…うーん…』って顔をしている。
「全部顔に出てるぞ!」
「これは失礼。嘘をつけない素直なところが私めの良い所でございます」
「やっかましいわ!」
マークスの良い所なんて…いっぱいあるな。
見た目は良い。スラッとした長身に甘いマスク、奇麗な白髪にダンディな髭。
おまけに稀に見る忠臣だ。
そして武力も高いし事務処理能力も高い。
内政だってほぼコイツまかせで俺は大まかになーんとなく指示をしているだけ。
○○をしよう!っていうとそれだけで段取りを整えてくれる。
うーん、めちゃ優秀なんじゃないか。
「お褒め頂き光栄でございます」
「まだ何も褒めてないぞ!?」
「坊ちゃんも顔に全部出ておりますぞ。嘘をつけない素直なよい子でございますな」
「褒められた気がせんな…」
馬鹿にされた気しかしない。
でもまあ、コイツに感謝してもしきれないことは確かだ。
「マークス、感謝している。いつもすまんな」
「いえいえ。今のお言葉、末代までの家宝になりまする」
「ふん。こんなもので良ければいつでもくれてやる。…お前も、あっさり死んだりするなよ。危ないと思ったら素直に下がるのだ…良いな!」
「ハハッ!」
最後の方はマークスも真面目な顔だった。
頼むからロッソのように街を守って死んだりするな。
危なくなればサッサと逃げていいから…ああ、でもそうなれば住民たちが犠牲になるのか。
ロッソだってそう思って戦ったんだろうな…
「若の考えておられることは分かります」
「…そうか」
「いざとなれば我々を囮にでも何でも使いなされ。若だけは何があっても逃げ延びられますよう」
「俺がそんなことすると思うか?」
「しなさい」
「うぐ…」
珍しく命令口調だ。顔も厳しい顔つきである。
まあ分かる。言いたいことは分かるんだけどさ。
「もし、もしそのような状況になれば、の話です。若を守るためなら我が命など幾らでもくれてやりましょう。冥途の土産に何人でも連れて参りますがの。ホッホッホ」
「そのまま敵将を討ち獲って呉れても構わんからな。ハハッ」
「ホッホッホ」
そんな時が来ないでほしい。
でも、たぶん何時かそんな時が来る。
俺を守るために誰かが死ぬ、そんな時が。
その時俺はきちんと逃げることが出来るだろうか…
分かってる。
マークスだって、ロッソだって、俺が身代わりになって死んでも全く喜ばないだろう。
だからって、こいつらを見捨てて逃げる。
そんな事が俺に出来るのだろうか。
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