それぞれの戦後
アーク歴1506年 壱の月
ヴェルケーロ領
俺がアカとマークスを連れて空からヴェルケーロに帰ったらみんなお祭り騒ぎだった。
「何であいつらあんなにテンション上がってんの?」
「それはそうでしょう。カイト様の事を英雄だと思っているのですよ」
「英雄…?俺がか?」
「はい。ご立派になられましたな」
「止せよ、気色の悪い」
「これは失礼。ホッホッホ」
マークスのやつ、すごく嬉しそうにしている。
出来のいい孫を見ているみたいで…なんだか恥ずかしい。照れる。
そういう所も見透かしてるんだろなと思うとまた何とも言えないけれども。
「ふいー、疲れた」
「おれフロ行ってくるぞ」
「いってら~」
さっき上空でゲロをぶちまけた。
アカにはかかっていないと思うがかなり気にしているのだ。
アカは翼をチラチラ見ている。
悪い事したな…
「マークス、ちょっとお前も風呂行って来いよ。悪いけどアカのこと擦ってやってくれ」
「若は行かれないので?」
「おれは先に寝たい。もう限界だ」
「左様で…お休みなされませ」
「ああ。」
その日は風呂に入らずサッサと寝た。もう限界である。
朝、違和感を感じて起きるとマリアがすぐそこにいた。
「あー?おはよう」
「お目覚めですか。お風呂になさいますか?それともお食事に?」
「…風呂行ってくる。すまんが洗濯を頼む」
「勿論です」
着ていた服はいつの間にやら脱がされて、シャツとパンツだけになっていた。
でもまだ頭はごわごわしている感じがする。血と汗とが混じった、戦場のゴワゴワ頭だ。
たぶん臭いだろう。体はいつの間にか清められているが、頭はさすがに大量の水で洗う必要があるようで少しマシ程度である。早く洗ってこよう。
「カイト様、マリラエール様の事ですが」
「ん?ああ…体調がかなり悪そうだったかどうかな?」
風呂に入って頭を洗っていると外からマリアに話しかけられた。
外からっぽい。
今までならしれっと背中擦りながらとかになりそうだけど。少し遠慮を覚えたのか?
「アフェリス様が症状を抑えておられるようです。その…治癒魔法とはまた違うようなのですが…」
「ふーん?アフェリスがねえ…あいつ喋れるようになってたみたいだけど」
「暴走したカイト様をお二人で止めておられましたね」
「…ああ。あの時か。そんな感じがしたよ…俺には3人で止めてくれたように感じたけどね」
「アシュレイ様ですか…」
湯をザバーッと頭に流す。
石鹸を使って汚れを落としているが何回洗っても茶色い汁が出てくる気がする。汚ねえなあもう。
「…何回洗っても取れない」
「私が洗って差し上げましょう」
「いや自分で…おい!できるって」
「まあまあ。そう仰らずに」
言うが早いか、もうワシャワシャされている。何時の間に入って来たのか。
そしてやめろって言ってるのに…でも気持ちいい。ちくしょう。
「こういう時は石鹸だけではなく油も使ってですね」
「あぶらぁ?余計汚れないか?」
「いえいえ…こーやって…」
ワッシャワッシャするとものすごく茶色の液がいっぱい出て来た。きったねえマジで。
さっきまでこんなのだったの!?
「きたねえ…マリアもういいよ。お前に悪い」
「いえいえ。昨夜アカ殿もかなりドロドロだったとマークス殿も仰られました。激しく戦われたのですね。お疲れさまでした」
「あー?まあそうだろうなあ??」
汚いので申し訳ないような、気持ちいいようなで頭が回らん。
「お疲れさまでしたご領主様」
「ふあー?いいってことよお?」
気持ちよすぎて朝なのにもう眠い。
おやすみ~!
アーク歴1506年 壱の月
???
アークトゥルス女王暗殺は失敗したようだ。
奴め、任せろと言っておきながら腑甲斐の無い事だ。
問題はあの執事だ。
何なのだあいつは。
元々、ただの執事ではないと思っていた。
調べてみれば武闘会で優勝したこともあるとか…なぜそんな強者があのような小僧に仕えているのか。
そしてあの小僧は魔族を集めての宴会で魔界を統一すると言ったらしい。
成程、さすがは覇王の種の持ち主である。
その意気や良し、と感じる魔族も多いようだが、人族からすれば全く喜ばしい事態ではない。
魔族が魔王の種を、或いは覇王の種を芽吹かせ、花咲かせるようになれば人族の信じる神が滅びることにもなりかねん。だが…個人的な感想でいえば面白くなってきた。
これから祭りは本番になるのだ。
そう考えるといっそ暗殺は失敗で良かったかもしれんな。
折角の盛大な祭りにケチがついてしまう所だった。
出来るだけこの炎を高く上げてやろうではないか。
アーク歴1506年 壱の月
人間界
勇者グロード
敗走している軍が足元に見える。
昨日帝国領に入り、魔族どもはもう追っては来ていないようだ。
魔界とされている領域では追撃は厳しかったが、人間界に入るとピタリとやんだ。
よほどよく統制されているのだろう。
それと…領土欲が有ればこの際掠め取ろうとするはず。
今なら侵攻もそれほど難しくはないはずだ。
やはり奴の言うように俺たちこそが悪で、騙されているのだろうか。
だが俺は…俺は妻のためにも、子供たちのためにも。
未だ軍で働かなければならない。