冷害
珍しく2部構成です。分けようかと思ったけど前半があんまり短いので。
後半は伯母上こと、アシュレイ母ちゃん目線です
アーク歴1505年 什の月
ヴェルケーロ領
今年もなにごとも無く終わりそう。
レベルもそこそこ上がったし、内政はまあまあ順調にいっているんじゃないか。
ガラスも陶器も、出来上がってくるものを時々見せてもらうがドンドン質が上がっている。
この調子なら江戸切子みたいなガラス加工も色を入れたりも出来そうだし、ボーンチャイナだけじゃなく黒茶碗や緑釉の茶碗、あえて非対称にした茶碗みたいなのも作ってみたらいいんじゃないか。
俺の目標としては、今度こそ農閑期にダンジョンを攻略しなければ。
収穫前には冷夏になるかもなんて思ってたけど作付けをちょっと変えたりしたからウチは概ね順調だった。
ウチの領は概ね順調だったのだ。
少し肌寒かったのでやや米の出来が悪かったが、まあそのくらいだ。
夏は暑く、冬は寒いというアホみたいな気候のせいで夏野菜の採れる時期は短いが、そこは俺がフォローすることで割と何とかなったし、台風は山の向こうに来たようだけどこちらには直撃せずに普通の雨で…むしろ恵みの雨だった。
という訳で問題はその他の地域だ。
大魔王城とアークトゥルス魔王領、それにドレーヌ公爵領やリヒタール領あたりは問題ない。
ユグドラシル王国も問題なかった。
ここら辺は普段から行商人が何往復もしているから自然といろんな情報が流れたらしい。
具体的には俺が『冷夏が来るから備えろ』と言ったとかなんとか。
んできちんと備えをしたんだと。
『カイトがそういうならそうなのだろう』と言う良く解らん信頼があるようだ。なにそれ怖い。
安いうちに保存できる穀類を貯め、保存食を作り…蕎麦やカブのような寒い時にも育てられる作物の作付けを増やして。
…その寒い時に育てられるって作物の内容を聞いてみたら、普段ヴェルケーロで育ててるようなのばっかりだった時は何とも言えん気持ちになったが。
まあそんな訳で収穫は普段より少なかったが、まあ冬を越すのにそれほど問題はなさそうだと。
問題はここからだ。
リヒタールから見て、アークトゥルス魔王領の反対側にあるガクルックス魔王領は飢饉になった。
それともう一つ、ドレーヌ公爵領とユグドラシル王国の間にあるベラトリクス魔王領も…こちらはやや不作程度だったようでドレーヌ領から買い付けることでどうにかなるらしいが。
そして、人間界の方もダメダメだったみたい。
凶作に加え、台風の被害もあったようだ。
まあ俺もため込んでてもしょうがないから魔界側から食料出してねって言われれば提供はする。
無論タダはきつい。
別にボッタくる気はない。適正価格でおなしゃす。
アーク歴1505年 什の月
大魔王城
レーネライン・アークトゥルス
「それにしてもカイトの予言通りになってしまうとは。あ奴はどうなっているのか…痛たた」
「大丈夫ですか?薬湯をお持ちしましょう」
「すまないな、アークトゥルス女王殿」
「まあ、他人行儀な。昔のように呼んでもらっても良いのですよ」
「…そうだなレーネ。」
戯れに言うとマリラエール様はやや驚いたように、そして照れながら私を昔のように呼んだ。
かつて、若い頃は私もヤンチャだった。
妹と二人で生まれ育ったユグドラシルを家出同然で飛び出し、大魔王領に訪れてそこで出会った見知らぬ男たちと冒険に…今じゃ考えられないな。
そして彼らと冒険するうちに恋仲になったわけなのだけれど。
マリラエール様とはその冒険の最中に出会った。
彼女は一人、いつも孤高だった。
冒険も固定のパーティーなどはなく、ほとんどソロだった。
彼女に近寄る男性はほとんどがその地位に興味を持った者で…そういう男性の事が彼女は大嫌いだった。私たちとは同姓で年も近いという事もあってすぐに仲良くなったけど。
私も妹も王女という生まれだが、夫となったルークも妹と結婚したガンドルフも、ユグドラシル王国王女の結婚相手としては問題のない地位だった。
だがマリラエール様は違う。
大魔王様の直系、ご長男のただ一人残った血統だ。
彼女に釣り合うとなると、魔界でも有数の…まあうちの夫くらいなら丁度良かったかもしれないな。
その意味ではやや申し訳ないと思う。
「カイトはどうなのですか?」
「ん?元気にやっているのではないか?アシュレイを蘇らせるために励んではいるようだが…まだまだ奴の力では厳しいだろうな。立場が逆ならあっさりとアシュレイはカイトを蘇らせることが出来ただろうが。」
「娘は…私から見ても恐ろしいほどでしたから」
私の娘のアシュレイはハッキリ言って異常だった。
ギフトは10歳で3つ発言していた。所謂トリプルだ。
それだけで異常だと言っていい。
かつての大魔王様も幼い頃はそれほどではなかったようだ。
火が一番得意だったものの他の全ての属性の魔法を扱うことが出来たし、魔道工学の面でも新たな発明をしたなど、おかしい点を挙げればきりがない。
カイトもいい加減おかしいから気づかなかったのか。それとも上手く猫を被っていたからなのか、彼とは普通に友達としても仲が良かったようだが、大人の私たちから見た娘の感想は…明らかに異常。
天才と言うしかない。
私も自らの娘でなければ、夫に似た顔をしていなければ…恐れていただろう。
あの子はその辺りも感じ取っていたようだが…
「怖かったのか?」
「まあ多少は。ですが腹を痛めて産んだ我が子です。すくすくと育つ様は何より愛おしいもので…」
「そうか。良い事だ。」
「マリラエール様もいずれは。」
「…そうだな」
何やら物憂げだ。
やはり体調が悪いのだろう。ここは…
「ここは私がカイトの尻を叩きましょうか」
「ぶはっ!な、何を言う!」
「恋煩いに悩んでいるように見えました」
「あのなあ、カイトは友の子だぞ。言わば甥のようなものだ」
甥とは。
甥は私から見た所だろうに。
マリラエール様はどこに向かっているのか。
まったく、年を取ると素直になれないと言いますけどね。
「でも大魔王様のご遺言もあります。それに悪い気はしていないのでは?」
「それはその。しかしまだあ奴はガキだぞ」
「それはそうです」
どちらかというと父親に似たアシュレイとは違い、カイトはエルフの血が濃く出過ぎている。
成長は遅く、腕力はいつまでたっても強くならないだろう。
その辺は本人もいつも残念がっている。
父上もかつてはそうだったと爺やに聞いた。
枯れ枝のような腕に洗濯板のようなアバラ。
どう見ても立派な王族には見えなかったと…
そこは妹も同じだった。
妹は父に似て、カイトは母と祖父に似ている。
まあ…つまりは体の成長が遅く、肉付きは悪いのだ。仕方ない。
一方で私は母に似たのだろう。
殿方がいつも見てくるこの邪魔な胸も。
私はあの人以外に見てもらいたくなんてないのに…はぁ。
「それはそうですがね、マリラエール。好いた人は生きているうちに甘えておくものです」
「…む。すまん」
「謝らなくとも。まあ寿命の違いもあります。いずれは彼の方が先に死ぬとは思っていましたがね…」
「ああ。死は平等に訪れるとは言え…な。そういえばお前は久遠の塔に登らんのか?」
「夫の分ですか?アシュレイの分ですか?」
「両方だ。」
「登ってみましたが私の力では厳しいようです。全盛期も過ぎているようですし…」
「そうか。侭ならぬものだ」
私にももう少し力があれば。
カイト一人に全てを押し付けることなく、戦うだけの知恵と力があれば…この人のことも救えるのだろうに。
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