硝子工房
アーク歴1505年 陸の月
ヴェルケーロ領
「やっぱり天気悪いなあ」
「そうですな。どうもいま一つ気温が上がりませんな」
コタツがしまえない日々が続く。
もう6月だよ?
じゃない、この世界は10か月しかないから…えーと、ああもう7月くらいか。
なのに朝夕は寒く、コタツが必要だ。
春に一度ダンジョンに行った。
だが水龍の野郎にはどうにもならなかった。
いや、正しくは前回と比べてベラさんたちの領地が増えたし、道中何やかんやでレベルも上がったしで善戦できたとは思う。…前回に比べて。
で、帰ってきたら陸の月である。
6月だから梅雨…じゃない、コッチの感覚だともう初夏も過ぎて盛夏と言う時期なのだが、日中はそこそこ暖かいが、朝夕は冷え込む。
こんな気温じゃオクラは発芽しない。
あいつら高温じゃないと芽が出ない悪い子たちだからな…
おかげで俺も日本にいた時適当に蒔いた種が発芽しなくてえらい目に合った事がある。
早く蒔いた方がいっぱい採れると思って欲張るとこれだよ。
まあこの世界は、というか俺は強制的に芽を出すことが出来るから、畑だけ整えといてもらってえいやー!って魔力送って無理やり芽を出させた。
芽を出した作物は寒いうちは不織布とかで気温が逃げないようにしたり、マルチを敷いたりするんだけどまあビニールマルチは無いから藁で。
不織布も白い奇麗なのなんてある訳ないから紙で無理やりドームを作って夜間は作物の保温に勤めている。でもこれじゃ光があんまり入らないんだよな…透明のビニールが欲しいぜ。
あとは火魔法の使い手にちょっと温めてもらうとか。いろいろ工夫はしているが効果のほどは分からん。土中に配管埋めてお湯流すとかの方が良いかも知らん。
確実なのはハウス栽培だけどビニールは勿論ガラスが…
「ガラスか。ふむ。」
そう言えばこの世界でまともにガラスを作ったことがない。
いや、正確にはあるのはあるし工房も出来ているが…って感じだ。
一度本格的に作ってみよっかなと思ったけど、バタバタしてす~~~っかり忘れていたのだ。
ガラスを思い出したことでもう一つ思い出した。焼き物だ。
焼き物もすっかり忘れてた。
日本における歴史シミュレーションゲームの代名詞、信長〇野望では武器以外にも茶器をご褒美にしたりしていた。
忠誠度が上がるのもあるし、作品によれば土地あげずに茶器だけあげるなんてのも。
家臣もそれで満足するし…お茶流行らせて一儲けするのも悪くない。
詫び寂び萌えとか適当に言ってりゃ儲かるかもしれん。
萌え掛け軸とか掛けて、黒いお椀で泡だらけの麦茶を…混沌の茶会だな。
そのうち貴族連中や勇者も萌え軸とか萌え扇子を必死になって集めるような平和な世界が…
「アホか俺は」
まあそんな未来は来なくてもいい。
とりあえず思いついたものを形にしないと。
「…マークス、ガラス職人ってどうなってんの?」
「ガラスは何とか形になってまいりましたが、まだまだ分厚うございますな」
そう言えばいつの間にやら領主館の窓は窓ガラスが填められている。
うーん、こんな所に気が付かないとは。
「吹きガラス?だよね?」
「フキ?でございますか?」
ん???もしかして吹きガラスを知らんのか?
そう言えば薄いガラス製の食器を見た覚えがない。
「ちょっとガラス工房に行こう」
「ハッ」
ついでに陶器の方も視察しよう。
こっちに来てから食事に出てくるのは木椀や木皿など木製の物が多い。
陶器はツボやら大きなものが多い。
茶碗はあんまり見ない。
というか魔族は米を食べなかったから茶碗があんまり使われなかったのか?
汁物はよく食べるから木椀はあるんだけど、陶器の茶碗っぽいモノはあるけどまだまだ分厚い。
分厚くて唇のあたりは悪いのだ。もっと薄く、洗練されたデザインで…いや、いっそ厚くてもいいのか。
分厚くしたり薄くしたり、あるいは織部好みみたいにわざと歪ませたり…いや、この世界でゆがみの美学はまだ早いだろう。
まだ奇麗なすっぱりした形が好まれるのではないか。うーむ、後は売り先だ。モノを作ってもそれを買う人がどれだけ出すかで…
「おっと」
考えていたらガラス工房に着いた。
相変わらずすごい熱気だ。この熱気を畑に分けてやってくんないかな。
「おいすー」
「こ、これはご領主様!」
「ちょっと見学に来たよ」
「こんな汚い所へ…申し訳ありませぬ!」
「いや、そんな風に言わなくても。」
マークスによると、ガラス工房を取り仕切っているのはゴンゾの弟子だったガッラという男だ。
彼はこっちに移住してからゴンゾの弟子になり、鍛冶をメインに色々やっていたがマークス様の鶴の一声で硝子担当大臣になった。
まあ第一号のガラス屋さんになったという事だ。
ガラス製造についてはゴンゾもかる~く知識があったらしい。
珪砂・ソーダ灰・石灰を混ぜ合わせて高温で焼成して…って所までは知ってたんだと。
問題は材料だが、普通にガラス製品は時々そこらで見かける。
商人をしているマリアの部下なんかに聞きつつ、集めて燃やしたらそれっぽいのが出来たからもうこれでいいかと…
つまり俺がやろうとしていたガラスチートはほぼダメだったというわけだ。
何てこった。
でもまだ逆転の目があった。彼らは熱したガラスを流し込んだり叩いたりして成型している。
つまりガラス吹きを知らないのだ。
「ふx、勝った」
「何がですかな?」
「いや…細い鉄のパイプを作らせよう。ゴンゾの所へ行くぞ」
「ハッ」
「ではガッラ、また今度来る。励め」
「ありがとうございます!」
適当に挨拶してゴンゾの所へ。
こいつらが俺が呟いたヒントを元にうっかり思いつく前に、パイプと吹きガラスを披露してやろう。
『領主様ぱない!めっちゃすごい!』ってなるに違いない。
どややややや!