決意
少し時間を巻き戻しての師匠視点です。
行軍には独特の高揚感がある。
幾度か“盗賊”を討伐したこともあるが、ダンジョンとはまた違った独特の高揚感だ。
今回は味方の救援ということもある。
リヒタール領は最前線の街だ。
敵に攻め込まれることも考えて防御はしっかりしている。しっかりしているはずだ。
だが、知らせが来てからすでにかなりの時間が経っている。
我々は知らせを聞いて諸侯の軍をまず送った。
諸侯軍の練度はバラバラだが、少なくとも侵攻に対して十分な数だったはずだ。
ところがそれらは全て敗北したとの知らせを先日受け取った。
人間たちの戦い方が変わったか、あるいは勇者がいたか。
…街はもはや蹂躙されているかもしれん。
自然、気持ちは焦る。足も速くなる。
リヒタールからほど近いアークトゥルス城を治めている、アークトゥルス女王と合流した。
彼女は城の防衛任務に就いていたが…まあこうなっては救援に向かう以外あるまい。
カイトは『冷静に、落ち着いて』などと我々に対して言っているが、傍目に見れば奴の方が全く落ち着きがない事をわかっているのだろうか。
それにしても先遣隊がこうも簡単にやられるとは…
「こら!落ち着かんかカイト!」
「ハッ!?」
いつの間にやら先頭までズンズンと進んだカイト。
慌ててそれを止めた。
そして顔を上げた時に目に入ったのは…城門からこちらに向けて構える敵軍と、城壁の上にある…
「あ奴ら何という事を!…おいカイト?」
城壁の上には子供の首が並べてあった。
そして城門の前にはニヤニヤとした敵兵の姿が。
いかに戦陣のならわしとは言え、あまりに惨い。
やはり人族、それも教会の手の者とは相容れることは無いのではないか。
どちらかが滅びるまでの殲滅戦を覚悟せねばならぬのではないか。
「カイト?しっかりしろ。おい!」
惨劇を見たカイトはうつろな顔をして何かを呟いている。
かと思えば、馬から降りて一人駆け出して行くではないか。
「おい、待て!誰ぞカイトを止め!きゃあっ!」
突然の爆風に馬が暴れ、棹立ちになる。
私はお爺様から受け継いだ愛馬を何とかなだめて馬から降りると周りには落馬した者ばかりだ。
そしてカイトの姿は見えない。
「お、おい、カイトはどうなった?」
「わ、分かりません。ですが…」
兵の指さす方向は城門があった。
いや、ドロドロに融けた城門らしきものがあった、だ。
そしてその中では敵兵と思われる混乱した声と悲鳴が。
あれは…あれはもしや。
お爺様に聞いたことがある。
昔、自分の力が暴走した時がある。
その時持っていた『力』が暴走し、お爺様の場合は氷と雷が辺りに渦巻いた。
その時には嘗ての仲間が止めてくれたと。
…最初の方は止めるのに苦労はしなかったが
―――後々は止める者は命を懸けることになったと。最後には自らの力で仲間を失ったと…
お爺様の話をふと思い出した。
そうか、今度は私の番なのだな。
私がお爺様のかつての仲間のように、体を張ってカイトを止めるのだ。
「ひ、姫様…あれは…カイトが?」
「アークトゥルス女王よ、私が奴を止めて見せる。が、もしやすると危ないかもしれん。後の指揮は頼んだ」
「姫様、それは!」
「問題は無い。恐らくまだ、私で止められると思う。奴の火はまだ借り物だし、水と樹は相性が良い。ハハ…。昔は水属性なんて地味で嫌だったが、今はこんなに良いと思ったことはない。まあ任せておけ」
そう宣言して私はカイトが見える所へと進んでいった。
カイトはすぐ見つかった。
カイトが暴れ出してからいくつも時が経っていないにもかかわらず、敵兵はもう奴には近寄れない。当然だ。名乗りを上げて来た武将も、恐らくは勇者と思しき若者も…カイトの前にあっさりと塵と化した。
あれは、『適合者』が命を張って止められるかどうかという、そういう物なのだ。
教会の者どもは我先にと逃げだしている。
奴のいるところには黒炎が蜷局を巻き。
樹が、樹木が燃えながら成長し…黒き炎の森を作っていた。
味方も敵も、誰一人奴には近寄れない。
嗚呼、本来の魔王とはかくも孤高なのだ―――
カイトは既に2つ目を持っている。
もしかすると今回で3つ目を獲得したかもしれない。そうなると最早止める方が危ない。
―――それでも。
それでも私は、奴を止めなければ。
世界の事などどうでも良いが、私の可愛い弟子のために。
弟子の愛した領地の皆のために。
私は炎の森へと足を踏み出した。
連休は自動更新で17時になると思います。