試食
「待たせたな」
「あ、師匠。どうもすみません寝ちゃってたみたいで…?」
飯を食っていると師匠が来た。
俺はなんだか体調もバッチリで元気いっぱいだが、師匠は何だか元気がない。
今も特に何でもなさそうに装っているが、長年師匠を見続けてきた俺の目は騙されない。
「体調悪いんですか?」
「ン…ふむ、やはりバレたぞ」
「申し訳ありませんお嬢様」
「お嬢様はやめろと言ったのに…」
どこの家も使用人は言う事を聞かないものだ。
ウチにもやめろと何回いっても坊ちゃん呼ばわりをして来る連中がいっぱいいて困る。
「怪我なら治しますよ?」
「構わん。大したことではない。マティアも治癒魔法が使えるしな。」
「そうですか…?」
ふむ?
何やら良く分からんが師匠はかなり重い怪我でもしているような雰囲気だ。
でも、メイドさんも周りの人もそれについて何かを言おうとしているわけではない。
俺が寝ている間に何かがあったのだとは思うが、もう訳が分からん。
「とりあえず何か食べます?これウチの領の特産品で売り出そうと思ってる『缶詰』です。中身はまだまだ試行錯誤中ですけどまあまあおいしいです。良ければ温めますよ」
「そうか、なら一つ頼もう」
「はいはいっと。」
カバンから缶詰を取り出し、キコキコと開ける。
缶切りはまだ作ってないので俺のと同様にナイフで開ける。
蓋を開けたら手に持ち、沸騰させないように注意を払いながら火魔法で加熱。
「そろそろいいと思いますけど」
「うむ、頂こうか」
途中、ちゃんとかき混ぜたりもしたから問題ないと思う。
食堂の机は昔は名品だったと思うが、今は焼けて煤けてるしまあ缶を直置きでいいだろ。
「ほう、美味い物だ。トマトとこれは豚肉か?」
「はい。わが領の特産品です。魔物肉や獣肉の場合もありますが、師匠は当たりを引いたようですね」
残念ながら領内の食すべてを賄えるほど豚さんは増えてない。
スタートが少なかったのだ。
途中で買い足しもしたし、豚算的に半年で数倍ペースで増えたが…消費もあるから残念ながらそこまで一気に増えるわけではない。
とは言え、今や領内には千を超える豚がいて、次回の繁殖では5千を超える見通しだ。
そろそろ本格的にパクパクしてしまってもよいのではないか。
牛と馬はその点なかなか増えない。
そりゃそうだ。牛も馬も通常一度の出産で1頭ずつ生まれる。
大凡の妊娠期間は馬が11か月、牛は10か月弱だ。
仔馬や仔牛が成長して、出産できるようになるまでの期間も長い。
そして当然だがちゃんと育たないのもいる。
まあそりゃ豚と比べてはるかに増える数も速度も劣るとしか言えない。
高いのもしょうがないね。
師匠は時折顔を顰めながらだが、概ね美味そうに食っている。
そんなにおかしな料理だろうか?と思ったがそうではない。どこかを痛めているのだ。
「師匠、やはりお怪我をされているのではありませんか?良ければ俺が治癒魔法をかけますが」
「よい。我の所にも治癒魔法の使い手くらいは居る。じきに治るから気にするな」
「そうですか?ところで俺はよく覚えていないのですが、ここはリヒタール領の領主館ですよね?敵は、人族はどうなったのですか?」
ディープに乗ってアークトゥルス城へ行った。
そして伯母さんたちと一緒に進んで…んで、城門が見えるかって所までは進んだ記憶がある。なのにそこからは何一つ記憶に残っていない。アシュレイが夢の中に出て来て…どうなったんだっけ?
とにかく、起きたら俺の部屋で、ロッソが隣で…寝てたら怖いな。
部屋のすぐ外で番してたって感じか。
「馬に乗って城門付近まで来たところは覚えてるんですけどね。そこからが記憶が曖昧で…そう言えば伯母さんは…じゃない。えーっと、アークトゥルス女王様はどこに?」
「女王様は外で兵の指揮をとっておられますぞ。目下、追撃の準備中ですな」
「追撃?ああ、敵兵のか。人族の軍はどうなったのだ?」
「それは…」
チラチラっと師匠の方を見るロッソ。
ああ、なるほど。
「なるほど。師匠が蹴散らしたのですね。それで調子に乗り過ぎて不覚を取ったと。うんうん。」
「いや、―――まあそうだ。」
「さすが師匠。あれ?じゃあ何で俺は寝てたんだろ?」
「疲れが溜まっているようだったからな。もうその事は良いではないか。リヒタール領は取り戻せたのだ。今は被害の確認をして、町の修復中だ。」
「はい」
まあ師匠が良いと言うならいいか。
きっと敵にも強い奴がいて師匠も傷を負ってしまったのだ。
まあ戦争なのだからそういうことはある。
鍛え抜いた武将も銃弾や流れ矢に当たって死んでしまうのが戦場だ。
まあこの世界は即死以外の外傷ならほとんど治癒魔法で治ってしまうから、足に矢が当たってそこから腐って死んでいくなんてことは無いと思うが。
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