顛末①
アーク歴1500年 漆の月
ドレーヌ公爵領
ドレーヌ公爵領奪還のための遠征は無事に終わった。
道中、師匠が機嫌が良かったり急に不機嫌だったりしていたのが気になった。
大魔王様が死んでから後継者に祭り上げられそうになり、いろいろな方面で苦労しているのだろう。
苦労というか心労がたまっているのだろうな。
軽い躁鬱状態になってしまっているのかもしれん。
こういう時はどうするんだっけ?『頑張れ!超頑張れ!』って声援送るんだっけ?
んなワケないよな。
うーん。たぶんだけどうちの領に来て野菜を作ってノンビリすればいいんじゃないかな。
いわゆる晴耕雨読の生活だ。
ちゃんと日に当たって、体力を使う仕事をして。
んでご飯を沢山食べて、疲れた体を風呂で暖めて、良く寝れば大体の精神的な病気は改善する。
まあ、野良仕事も良し悪しあって…台風や洪水が連発して凶作にでもなれば鬱まっしぐらだけども。
ドレーヌ公爵の弟であるザン・チ・ウ・ドレーヌ男爵は無事捕らえられ、処刑になった。
これはさすがに仕方ない。
何せドレーヌの奥さんたちは3人が、子供たちは10人以上、それに家臣とその家族も50人近く殺されてしまったらしいのだ。
こういう無茶苦茶なことする奴を生かしておくメリットは特にないし更生を待つ時間もアホらしい。ってのが中世なので…まあ火刑になった。
さすがに火炙りになる所は見たくない。
趣味が悪いにもほどがあるなと思ったくらいだ。
だがまあ、それは当事者じゃないからそう思うだけだろう。
実際に身内を何人も殺されたら、出来るだけ惨い方法で報復したくなるのは当然なのではないか。
楽に犯人を死なせてやるなんて思えない。
…俺もアシュレイを殺した、アークトゥルス魔王家を簒奪しようとした者たちは許せない。
とりあえず事件は解決したが…
まだ本当の黒幕にまでは届いていない。そんな感じはする。
何年かかってでも、黒幕たちを炙り出し…どうしようか。
出来るだけチビチビと苦しめるか?それとも毒や火炙りで一気に殺すか?
うーむ。悩むな。
だが、それはそれとして。
親父と伯父さんを毒殺した黒幕については殺してもまだ足りないが、アシュレイに直接手を下すことになってしまった騎士についてはあまり何とも思っていない。
そもそもあれは俺を狙った攻撃だったし、事故のようなものだ。
風の噂では、彼はいまだにその事を悔いて悩んでいるらしい。まだ騎士に復帰も出来ていないと。
裁判の結果で俺が無罪だったと知った時も後悔は酷くなり…それこそ鬱になったらしいのだ。
一度だけ、気にするなと手紙を送ったが返事は無い。
まあ何とも言えんな。
思うところが全くないでもないし。
「おい、何を悩んでいるのだ?」
「えーっと、ドレーヌ公爵の今後について悩んでおりました。」
「そうか…かなり気落ちしていたからな」
「…はい」
ドレーヌ公爵は跡継ぎにと決めていた長男のギランも殺されたらしい。
まあ、立場を簒奪しようとしたものからすれば跡継ぎなんて厄介なだけだからな。まあ分かる。
だからその分ちゃんと弟のザン男爵の家族は皆殺しになった。
つい先日までは兄弟であり、おじちゃんおばちゃんであったり、あるいは従兄弟であったりした者同士が殺し合うのだ。
そう考えたら俺一人っ子で良かったわ…
もちろんドレーヌのオッサンも気落ちはすごい。
可愛い甥っ子や姪っ子まで殺す羽目になったし、有能で忠実な家臣たちは軒並み殺された。
公爵領を維持するだけでも大変なのだ。
これから戦火は広がる一方だろうし…こうなっては引退してラーメン屋など夢のまた夢だ。
「…公爵ラーメンの完成は遠そうだな」
「そうですね。当分無理でしょうね…師匠も姫ラーメンの研究でもしてみては?」
「悪くはないがな…私にも時間が無いのだ」
ドレーヌ公爵はこっちに来た当初は豚骨ラーメンにドハマリしていたが、次第にあっさりした鳥ガラベースに目覚めていった。そして2種類以上のスープを混ぜ合わせることを教えたことでさらに深淵に近づき…戻れなくなった。
公爵領には海もあるはずなので、海産物を使用したスープもたまらんだろう。
その場合スープの配合は…濃度は…かえしは…とラーメン屋のアッサムと夢を語り合っていたが、どう考えてもそれどころじゃない。
ラーメン屋家業とはお別れだな。
とても今後はそれどころじゃあない。
今後と言えばウチの領内と、俺の今後だ。
一応戦後の賠償にという事で公爵領の一部を貰うことになった。
人口200人ほどの村を5個、合わせて1000人ほどになるか。
ただまあ、公爵領の端っこの方だから、遠隔地なんだよな。
リヒタール時代からついてきてくれている騎士で、ロッソの部下たちを5人それぞれの村長に。
そしてベテラン農家の皆さんたちを10人づつくらい移住してもらい、こっち方式を広めていく…んだけど上手くいくだろうか。
まともな戦争になったのは初めての事だが、大した被害はなかった…と言えば怪我人や死人の家族には非常に申し訳ない事になる。
だが、数の上でいうと大したことはない。治る怪我が100人程度、軽傷と重傷の比率は8:2って所だ。
そして、死者は5人ほど出た。
この5人については遺族に篤く報いることしかできない。
とは言え、どんな顔をすればいいのやら分からないと言った所が本当だ。
貴重な働き手を、大事な子供を、そして大好きな父を奪ってしまったのだ。
「はぁ。」
「悩むな…いや、悩んだ方がよいのかな?為政者とはそんなものだ。戦が起これば必ずこうなる。これほど圧勝しても全体の笑顔に隠れているが、なかには少数の沈んだ顔があるのだ。」
「でも、こんな戦いが無ければ」
「そうだが、戦わなければお前やマークスやマリア辺りは殺されていただろうな。それに町で中心になっている者たちも怪しい。技術さえ継承させれば消すかもしれん…ドレーヌ公爵はそこまでせんと思うが、ザン男爵はそのような事をしかねん男だった」
「そうですね、そうなんですけどね」
ユグドラシルでお爺様にも同じような事を言われた気がする。
兵一人一人の命や人生について考えるのはよせ、だったかな。
結局俺が甘いんだろうな。
師匠の言う事にも一理あると思う。
結局師匠と一緒に魔王城を出て、それから道中でいろんな貴族が参陣した。
万に迫ろうかという味方の軍に対し、最後までザン・ドレーヌ男爵に味方したのは100名程だった。
そして最後の最後にはその100名にすら裏切られ、捕らえられて我々の前に連れて来られたのだ。
行軍で一番苦労したのは輜重兵だった、ってくらい楽な戦いだった。
あんまりあっさり連れて来られたから、実は縄がスルっとほどけて襲い掛かってくるんじゃないかと警戒したほどだった。勿論しっかり鎖で縛られていて、縛られた部分の鬱血が酷い位だった。
彼らが言うには、ザン男爵に心から忠誠を誓っていたわけではない。
誓わなければ家族がどんな目に合うか分からないので忠誠を誓った振りをしていただけだと…。
それを聞いて俺は何とも言えない気分になったものだ。
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